39 記憶。 酒場~勝者と敗者
「「ご馳走様でした」」
「あ、そだ。食べに行くって言ったけど、何時行く?昼?夜?」
「どっちでもいいわ」
「昼な!絶対昼な!」
「別に夜でもかわまないけど……」
「それも[危機察知]が反応しないから?反応しなくても気をつけた方がいいよ。何があるかわからないし」
危機察知は直後の危機のみに反応する訳ではない。今日なんかやばいな、だとか、嫌な予感がする、なんてのも[危機察知]が反応しているという可能性もある。
より近くより強い危機にはより強い警鐘を。
より遠くより小さな危機には弱い警告を。
これが危機を察知するという事だ。
「そうかもだけど、悪い人はそんな事言わないよ?」
「そうやって油断を誘う奴もいるんだよ……自分以外の人間なんて、信用したら駄目だぞ。とにかく、昼な。11時くらいにここで待ち合わせよう。それまで散歩でもしてくる」
"人を信用してはいけないよ"
"人は、裏切る生き物だから。合理ではなく、我欲の為に他人を犠牲にするからさ"
"人を信じてはいけないよ"
"人を頼ってはいけないよ"
"人に委ねてはいけないよ"
"彼等は必ず、君を裏切るから"
どこかの誰かが、いつかどこかでおれに言った。
"貴方は信じていいの?"
"この言葉だって信じてはいけないよ"
"私は、人間。必ず君を裏切るだろう"
"そして君も。からなず誰かを裏切り、必ず誰かに苦しみをもたらすだろう"
"それでも、今、この言葉だけは信じなさい。『1人で生きていけるようになりなさい』"
それで、俺はこう言ったんだ。『それは、悲しい生き方だね』と。
"確実な生き方さ"
本当に自分の記憶か疑いたくなるほどに、見た事も聞いた事も、心に描いたことすらない場所で、姿も顔も覚えていないから、ぼんやりしたシルエットが語りかける。
まあ、記憶の一つや二つ消えていたことが分かったところで、今更驚きようがない。
きっとこれも、覚えていないだけで確かに俺の記憶なんだろう。
なにせおれは、この世界に来ることになった経緯──よくある小説では、教室に現れた魔法陣だとか、神の手違いで殺されたとか──を、何一つ覚えていないのだから。
高校1年半ばあたりで記憶が薄れ、高校を卒業したのか、何歳まで生きたのか……それ以降のことは、何一つわからない。
"汚いよ、人間は"
"卑怯で、狡猾で、盲信的で盲目的で残虐な"
"利己的で享楽的で……うん?人と、接するとき?"
"1人で生きていくのがベストだけれど"
"1人では力及ばないこともあるだろう"
"人と接する。そんな時はね"
"その人の『1番』になりなさい"
"その人自身の命より大切なモノになりなさい"
"そうなれたなら、その人のことを信用してあげなさい。君の為に命さえ捨てる肉人形を"
"彼等を自分と同じに見てはいけないよ"
"決して自分の『1番』を、他人にしてはいけないよ"
"誰かのために犠牲を払おうとしてはいけないよ"
"彼らにそんな価値など、無いのだから"
「そんなかちなど、ないのだから……」
「そんな価値、ですか……?」
「ああ、ごめん。独り言」
おれは今、何を思い出している……?
この記憶は?
"その人の『1番』にしてもらうためにはね"
"愛してあげなさい"
"そう見えるよう、振舞ってあげなさい"
"本当の愛を与えてはいけないよ"
"それは君の弱点になるからね"
"それがまず、第1歩"
"本当は、そんな状況に陥らないのが望ましいけどね"
"……人を愛する方法?"
"あるよ。一つだけ"
"それはね──"
次から次へと、連鎖的に湧き出る記憶が、そこで止まった。
(くそっ……)
こいつは誰だ。
こいつと会話してるおれは誰だ。
分かるのは、コイツが人間に心底絶望しているという事だけだ。
「あれ」
通りに並ぶ店を覗き込んだり冷やかしたりするうちに、いつの間にか冒険者ギルドの前にいた。
うん、帰ろう。
……いや、酒というものを飲んでみるか。
覚えている限りでは飲んだことがないから、チャレンジしたい。
なぜ冒険者ギルドのすぐ横に酒場があるのか。
きっとギルドの金儲けのためだろう。
外からも入れるが、ギルドの中からも入れるようになっている。
そして、その大きさはギルド本館よりでかい。
大学のデカい食堂やフードコート位の広さだ。
当然、店……というか、注文する場所も沢山ある。
「1杯くれ」
酒の名前を言わなければ、エールを注文したという事だ。
地球のエールはイギリス産のビールの一種だから、缶ビールみたいなものだろう。
おじいちゃん家に行った時、からのビール瓶がよく転がってたので、匂いだけは知っている。
「はいよ…大銅貨5枚」
「ほいよ」
チップを払った方がよかっただろうか。
他の人が注文する時に見ておこう。
入った瞬間から酒臭かったが、ジョッキを持ち上げるとさらに酒臭い。
酒の入った酒瓶が酒臭いのは当たり前だ。
急性アルコール中毒になりたくはないので少しずつ呑むとしよう。
「おいおい、せっかくの酒がお前、そんなちびちび飲んでんじゃねえよ」
「そうだぜぇ、せっかくの楽しみだ。一気にいけや」
当然酒場には酔っ払いが沢山いるわけで。
赤ら顔のおっさん共が絡んでくる。
悪意がないから厄介だ。金を寄越せなんて言ってくれればボコしてノせば静かになる上、ちょっとお願いすれば奢ってくれるだろうに。
「馬っ鹿オマエ、せっかくの楽しみだからこそチビチビいってんだろーが」
「ははは!違ぇねぇ!」
違いあるわ。テキトーなこと言うんじゃねぇ。
「だがなー。男がいちいち財布の事気にしてちゃいけねぇや。今楽しければイイんだよ」
「1ヶ月コップ洗いさせられてもか?」
「ありゃあ参ったぜ……なにせ、依頼受けて稼いでくるっつってもダメだもんなぁ」
「いや、何しに来たんだあんたら」
「おれはあわよくば奢ってもらおうとだな」
「おまぇ、どっかで見たことあると思ったらカグヤちゃんとこ行ってる野郎じゃねぇか!」
「なにィ、じゃあ昨日白金貨がどうとか言ってたヤツじゃねえか!4重に見えるから気付かなかったぜ」
「なにィ、じゃあ奢ってくれよー」
「なにィ、じゃあ奢ってくれるのか!?」
「……なんか変なの来ちゃったな……」
帰るかボコすか……
ボコす場合、これは冒険者同士の争いごとになるのだろうか……なるな、多分。
「おごってくれよぅ…」
「俺も!」
「儂も!」
「うっせー!帰れ!」
「なんでだよ!奢ってください!奢ってください!」
「帰れ帰れ!なんで集まってくるんだ!帰れ!」
よし、もうおれが帰ろう。
「待てよ。変な服のガキ」
「あ゛?」
お、っと、殺気を漏らすところだった。
声をかけてきたのは………………ん?
座っている俺と同じ目線の……ドワーフか。
「儂と勝負しろ……!」
「……え。なんで。」
「儂は酒が大好きなんだ。毎日毎日、全財産の8割7分3厘までは酒を飲むという決めている……!」
「そんな飲むなら残りの1割2分7厘も飲めよ!微妙すぎるわ!!」
「うっさいわい!お前のような小童に何がわかる!これは儂が20年かけて見極めた、『仕事は2日に1回に抑えた上で、最低限の生活水準を満たしつつ飲めるギリギリ限界』なんじゃ!」
「じゃー1人で飲めや!」
「それがなー。まあ聞いてくれぃ。今日は、でかい仕事を終わらせて意気揚々と酒場に入ったんじゃ。1回家に帰ってからな。で、ウキウキしながら戻ってきたワケ……。ところがどすこいですね、金を忘れてきてしまったんじゃ。でも入っちゃったもんはしょうがねぇのぅと思ってそんで1文無しなのに酒飲んでるってえわけじゃ」
「……そうか」
「この後どうしようとか、まだ捕まりたくはないなとか考えていた矢先に」
「矢先に?」
ドワーフのおっさんは、フッ、分かるじゃろ……?
と、呟いた。
分からない。
「もう言葉は不要……!」
「……」
「……さあ!勝負だ!飲み比べだ!代金は負けたヤツ持ちな」
「……(おーい、これだったら何杯くらいまでいける?)」
【100くらいでしょうか。それ以上飲めば酔います】
(そんなに胃袋に入らんぞ)
【大丈夫です。胃袋とかないんで】
(ん?……ん!?なんだ!?)
【大丈夫です。ここは異世界ですので】
「……のったァ!」
「助かったァ!」
ん?助かった?
すごい自信じゃないか。
「おいおい、マジかよ……あいつ新人か?あ、いや新人だなあいつ。昨日ギルドに居ったわ」
「あいつ……誰か言ってやれよ」
「いやいや、もうおせーよ」
「酒樽ジンだもんなァ」
「おーい、エールをどんどん持ってこい!会計は後で、まとめて払う!」
「お、おい……やめた方がいいぞ。アイツはやべぇ」
「お、ギルリ……いや、ガルラだったかな……」
「ギリルだ!」
「オッサン、何がやばいって?」
「アイツはエールなら50杯60杯平気で飲むバケモンだ……悪いことは言わん、勝負を降りろ」
「余計なお世話だ。あとずっと思ってたけど、顔が怖いんだよバカ。体もごついしもうちょっと笑え」
「む、やはり口が悪い……が、それでも心無しか和らいだ気もするな。笑う……こうか?」
ニタァ
「……ないわー」
「よっし、飲み比べといこうぜ!俺はジン。お前は?」
「レイジ」
「よぉっし!まずは1杯!すぐに潰れてくれるなよ……?」
「ジンに金貨2枚!」
「俺もジンに金貨5枚!」
「なら俺は大穴狙いで新人に銅貨1枚!」
「狙いは大穴でも金がしょぼいわ!」
どいつもこいつもジンとかいうドワーフが勝つと確信してやがる。
どうでもいいけどちょっと腹立つな。
「おい、自分に賭けるぜ。白金貨1枚」
『おぉーっとぉ!チャレンジャー:レイジが自分に賭けたぁ!しかもその額は……なななんと!白金貨一枚ィ!これを受けてギャラリー共も賭け金をつり上げるぅ!当然、全員ジンに賭けてるぜぇ!』
いつの間にか元締めと酒樽の上で拡声の魔道具を手にした解説者っぽいのが現れた。
チャレンジャーというフレーズが気に入らないが。
………………
…………
……
「なんとゆーーー事でしょーうっ!両者50杯目!レイジ選手食い下がる!いや、果たして食い下がっているのはどちらなのか!先に限界を迎えるのはどちらなのか!想像もつきませぇぇぇんッ!」
「中々やるじゃねえか……ヒック、若ぇの」
「オッサンもそろそろ諦めた方がいいぞ。支払額が膨れ上がるだけだからな」
「余裕だな……だがァ!」
顔を赤く染めるたドワーフのオッサンと裏腹に、おれには未だ、酔いの兆候はない。
50杯……1杯600ミリリットルとしてやく30リットル飲んだ訳だが、腹の張りも吐き気も一切ない。
「これで、終わりだァァァ!」
注文を受けて運ばれてきたのは……
「酒樽?……小さいな」
「酒樽として見れば小さいかもしれんが……ジョッキとして見ればどうじゃ?大ジョッキ10杯は下るまい」
『待ってましたァ!これぞ漢の酒の飲み方ァ!内容物が最安価のエールとはいえ、体積にして約5、6、いや7、ひょっとしたら8、9、10リットルゥゥゥ!常人なら素面でも飲み干せないぞぉ!』
どんどんつり上がっていく小樽の体積よ。
「恐らく、儂もこへを飲めばただではすまん……じゃが!それはお前とて同じはずッ!こへを飲み干し、意地でも、儂は意識を保っはまま……ココを出るんひゃ。初めは金のためひゃった……だが今はろうら!お前と飲み比べるのが楽しくてしかたがない!」
「負けるとしてもか?」
「たとへ負けたとひてもだ……らが、レイジよ」
「御託はいいから──」
「君に、勝ちたいな」
「……おう」
ゴキュゴキュゴキュゴキュッ!
『いったァーー!!さあ、勝負の行く末は……!!!?』
「フーーッ!」
「ぷはぁーやっぱり冷やした方が絶対美味いわ」
『両者、飲み終えました!さあ、先に崩れ落ちるのはどちらなのか!それとも、彼等が酔うにはまだまだ酒が足りないのかッ!』
「おれはまだまだいけるぜ?」
「く……ゥ…ッ、」
『倒れたのは……?倒れたのは、なんとジン選手ゥゥゥッ!酒樽、蟒蛇、酒神……数々の異名は全て酒関連ッ!そして、苛烈な闘いを息抜き、"鉄槌の小人"を打ち「いや、鉄槌の小人酒関連でもなんでもねぇじゃねぇか」破ったのは……無名、レイジィィィィイ!目撃情報によると、彼は昨日街に来たばかりの新人だそうです。最初の二つ名は酒関連で決定か!?称号に刻みつけろよ大酒飲みィィィイ!さぁて、配当金の受け取りは……────』
野次馬と解説者の声がうるさすぎてツッコミ、届かず。
「や、やるひゃねぇか……」
「オッサン意識あったのか」
「へ……もうまろもねたえなぇ、あらまもいれぇひはひへほふふ……ひふほ……」
「何言ってるかわかんねぇ……水?ほらよ」
無限水袋に魔力を込めて顔目がけてドパドパ垂らす。
「ほひ、へひはいっは!はなひもはひった!なにふんらてめぇ、鼻の奥がツーンってするじゃねぇか!」
「いきなり戻ったなおい!ほんとに酔ってたのか?」
「酔ってたわい……吐き気に頭痛、頭もふわふわして記憶も曖昧で呼吸も脈も早くなって……やはり、ただでは済まなかったのぅ」
「だからやめとけって……」
「2つの意味で、タダでは済まなかったのぅ」
「いらないこと言わないでいいんですよ!?あれか、負けたら全額負担ってやつか?」
「すまなかったね」
「いやいや」
「3つの意味で、すまなかったね」
「なんですかそれは。さっきの2つとゴメンなさいで1つ?余計なこと言わないでいいからさっさとコップ洗いにいけよ」
長い事飲みすぎた。
因みに賭け金は白金貨4枚と金貨57枚に化けていた。
まぁ、ギャラリーは数百人いたし、おれに賭けたのは俺も含めて数人だったらしいから妥当なところか。
円換算で、約4570万円だ。
数百もの冒険者が注目したのは、ジンとかいうドワーフが大酒飲みで有名だからだろう。
それと、おれが白金貨を賭けたことによってジンに賭けてジンが買った場合の配当が増えたからだろう。
皆が皆ジンが勝つと疑っていなかったようだし。
「中位のジョッキ100杯と小樽二つ……大体100と2、30杯か……1杯大銅貨5枚だから……大銅貨600枚。大銀貨6枚か……良かったわい。龍殺しとかにしないで良かったわあ。しかし……それでもコップ洗いで返すとなるとかなり高いのう……」
まあ、これに懲りたら金を持って飲みにくるんだな。
コップ洗いのバイトも、時給1000円なら2日半位ぶっ通しで洗えばすむだろう。
洗う数でいえば1000や2000はかるく超えるだろうけど。




