37 宿屋
「カーグヤさーん。薬草採取してきたので査定お願いします」
「おかえりなさい。自重という言葉をお知りになったようですね。ヒポクテ草34株ですので銀貨3枚と大銅貨4枚ですね。それと、解体と査定が終わりました。ご確認ください。白金貨1枚と金貨15枚
銀貨62枚です」
「白金貨!?なんでまたそんな高額に?」
「死体の状態が異常によかったのと、傷が異常に少なかったから、らしいです」
「へぇー。あ、そうだ、ヒポクテ草とドクダミン、満月草、その他諸々合わせて1000株ほどあるんだった」
「……売却で?」
「うーん……」
「売却ですね」
「じゃあ自分で食べるから解体だけお願いしていい?」
「薬草の何を解体するんですか!?」
何って……蕾とかだろうか。
「え、なんですか?」
「なんですかじゃないですよ!レイジさんが『解体だけお願いします』って言うから!」
「……解体だけ?薬草を?しっかりしてくださいよ」
「レイジさんが……ッ、やっぱりいいです。はい、お金!」
「レイジ?また何か問題起こしたの?」
「やあロザリア。またカグヤさんに絡まれてるんだ。助けてくれ」
「ロザリアさん、助けてください!もうこの人何言ってるかわかりません」
「ほら。ちょっと弄ったら永遠に根に持つんだ」
「レイジが悪いのはわかったから、カグヤも落ち着いて……」
「うわぁー、そういう感じかぁ。ロザリアもそういうこと言っちゃうんだ」
「そういえばレイジは今日この街に来たんでしょ?もう宿はとったの?」
「ああ。ナントカっていう繁盛してないところに……」
「え、もしかして宵闇亭に宿取ったんですか?」
「そうそう。それだ。宵闇亭」
「本当ですか!?宿泊客第3号ですね、」
「流石に過疎り過ぎじゃないですか?」
ねぇねぇ宵闇亭ってどこよ教えなさいよと喚くロザリアを無視してはしゃぎ気味のカグヤに、例の宿について教えてもらう。
というか今日あったばかりの女性と友達に近い関係になれるとは、我がコミュ力ながら恐るべしだ。
地球の頃の八神零時は男友達ばかりと遊んでいたから、女性との接し方がよく分からなかったが……
男も女も、筋肉の付き方、身体のいくつかの部位、考え方や選り好みの傾向が少し違うだけで同じ言葉を話し、同じ様な飯を喰う、同じ人間なんだ。
汗の匂いが苦手な男もいれば、ショッピング好きな男や料理好きな男もいる。
批判する気は無いが男が好きな男もいれば女が好きな女もいる。もちろん異性(?)として、性的な意味で、という事だ。
男だから、女だからと言うだけで苦手意識を持つなんて馬鹿馬鹿しい。
男同士でも、互いに必要以上のトラブルを避けるよう、避けるべき話題は避け、怒らせるような行動は起こさず、互いに譲れない所では仕方ないので喧嘩をする。
男でも女でも、そいつの性格や好みを知り、その上で自分と合わないと思えば、その時初めて苦手になればいい。
とはいえ、性差というものはやはり無視はできない。
二人共魅力的すぎるので面と向かって話せば少しくらい緊張する。
「レイジ、聞いてる?」
「ん?聞いてる聞いてる」
「今度一緒に依頼受けましょうって言ったの」
「聞いてるって……ん?依頼?」
「ほら、聞いてなかったじゃない。今度Sランククエストを一緒に受けましょう?」
「え、嫌だよ面倒臭い」
「じゃあお礼に……」
「あの店はもう1人で行けるし……金もある。付け入る隙はもう無いぞ」
「む……じゃあ、私みたいな美女とお近付きになれるチャンス……」
「はいはい。往生際が悪いよー」
「むぅぅぅう……気に食わない!」
「あのー、ここで喧嘩しないでくれます?」
「「どうせ誰も来ないんだからいいじゃん」」
「……息ピッタリですね!?いいですよもう!私が上がります!どうせ誰も来ないし!」
「でも例のストーカーは来るかもしれないんだろ?」
Sランクの、カグヤに気がある嫉妬深いヤツ。名前も顔も知らないがどんなやつなのだろうか。
「……はぁ~、(辞めてくださいよその事は……私も困ってるんです)」
「お、おう。(なんで小声?)」
「(そいつ貴族の息子だから、色々持ってるわけ。だから取り巻きっていうか、甘い汁吸ってる連中も居るのよ……この場にもね)」
「(そうですよ。貴族だから無下にできないし……ホント面倒臭いです。今はかなり長い依頼を受けてて半月は帰ってこないみたいですけど)」
「(大変だな……まぁ、なんかあったら力になるから)」
「(私もなるわよ)」
「まあ、喧嘩は他所でやるとして、勝手に上がっていいのか?」
「良くないけどいいんです。どうせレイジさんも今日はもう終わりでしょう?」
「それはそうだが……せめて上の許可は貰ってから上がれよ?」
「分かってますよ!私は2年以上受付嬢やってるんですから」
「じゃーな」
「レイジ、今から暇なら模擬戦でもしない?」
「しない」
もう日は暮れかけているが、多少は訓練所に残っている冒険者が居るだろう。
Sランクと模擬戦なんてしたら注目の的だ。
今朝のギルマスとの戦いは、人間基準の強さがよく分からなかったためのミスだ。
チヤホヤされるのは悪くないが、今はまだ一市民として人間の街を堪能したい。
「ただいまぁ〜」
「おう、レイジ。飯は?……ん、おまえ武器変えたのか」
「うん。教えて貰った店で買った」
「前のはどうしたんだ?」
「あるよ?ほら」
「ちょっと……見せてもらっていいか?」
「うん。ご飯は食べたよ。屋台の串焼き」
「ありがとう。もう十分だ……なら、今日の仕事はもう無いな。風呂とトイレは部屋に着いてる。使い方はわかるな?布団は押し入れの中だ」
早く靴を仕舞って部屋に上がりたいのに…
「なんで、泣くの?」
「これ、は……どこで?」
「これって、刀?森だけど」
「森……。なぁ、時間があるなら、詳しく教えてくれないか?」
「いいけど……。これは、いつだったか……1年半くらい前?もっとかな?西の森で見つけた……と、いうか奪い取った」
ピクリと主人……ヒュウガの眉が動いた。
「持っていたのはアンデッド。スケルトンウォリアーだったと思う。骨格からして、多分女性。左右の腕の大きさが違ってた。それがどうかしたの?」
「そうか……ありがとう。この刀は、8年前、俺がA級で妻がB級の冒険者だった時、妻が使っていた刀だ」
「奥さんも刀を?珍しいね。同郷だったのかな?」
ヒュウガが胡座をかいて話し始める。中に上げてはもらえないようなので、仕方なく靴を履いたまま式台に腰掛ける…………下駄が高すぎて座りにくい。
「違う。彼女は俺の父親が拾ってきた子だった。父は探検家でな。ヒモト──俺の故郷だ──から離れて、何ヶ月、時には一年以上手紙もよこさず、ある日ふらりと帰ってくるような人だった。ふらっと帰ってきてこう言ったんだ……『初恋の子に似てたからつれて帰った』ってな。」
「ええ……海の向こうにわざわざ誘拐?」
「そうだ。そういう人だったしな……まあ、孤児だったから…まだセーフだろ。俺は成人の歳になったら世界を見て回ろうと思ってた…拾った子…シュリを連れてな。問題は彼女が着いて来てくれるかどうかだったが……幸いなことに彼女も快く了承してくれた。まあ、前々から『世界見て回ろっかなー』なんてわざとらしく煽ってたのが功を奏したんだろうな。一緒に国を出て大陸へ渡ろうなんていきなり言われても返事出来ないもんな」
「いや、知らないよその辺のことは。それで?どうなったの?」
「死んだ」
繋がりが見えてきた。この刀と森と、ヒュウガの奥さん。推測があたりかハズレかは、話が進めばわかるだろう。
「今度は端折りすぎだろ……その経緯を詳しく……ある程度詳しく、短くまとめて」
「俺達はパーティを組んで冒険者やってたんだが……ある時、俺は重要な用事で、というかシュリの誕生日プレゼントを内緒で買いに行った……その日、シュリは1人で依頼を受けて…………帰らなかった」
「それが、西の森?」
「そうだ。いくら待っても帰ってこないんで、不審に思ってギルドに行った。何か依頼を受けているんだろうということは察したが……長期に渡る依頼を受けたはずが無い。シュリの身に何かが起こったのかもしれないと思って捜索に行った。夜中だったから、森に行くのは止められて……夜通しギルドで待ち尽くした。娘に、大人しくしておくよう言って、朝飯を…作り置きして、夜明けとともに……森に、行った。何時間も、何時間も……日が落ちるまで、探した。見つかったのは、左腕だけだった。直ぐに分かった。見間違えるはずもねぇ指輪が、血塗れだったが……薬指にはまってたからな」
「結婚指輪か」
日本文化に酷似した文化が根付くヒモト。日本という字は、読み方を変えればヒモトとも読める。
左手薬指に結婚指輪をはめるのも帝国の風習ではないが、ヒモトにはそういった風習があるのだろう。
「そうだ。愛し合って、結婚して、子供が産まれて……俺が誕生日プレゼントを買いに行った間に、渡すはずだった人は死んだんだ」
「で、その人が持ってたのが……」
「その刀だ」
「遺骨もあるぞ。確か……これだったかな。ほら、左右の腕の大きさが違うだろう。無くして、他の奴から取った証拠だ。首のこれは……すまん、俺が斬った。手刀で」
怒られるか?いや、アンデッドだったし大丈夫だろう。本当は魔石だけ取れば動かなくなるけど……
「いや。妻を成仏させれくれたんだ……ありがとう」
「……この骨と刀は、あげるよ」
「む……何だかクエストの成果を横取りするみたいで気が引けるな。刀ももうお前のだし……」
「じゃあいいや。刀と骨はここに捨てる。そろそろ捨てようと思ってたんだ。左腕は記念に貰っておこう」
「……こんな所に妻の遺骨と遺品が。持って帰ろう。………ありがとう。本当に……」
「じゃあおれは部屋に上がるから」
前方宙返りで空中に下駄を置き去りにし、華麗に板の間に着地。
僅かに遅れて落ちてきた下駄を見て、ヒュウガが口を開く。
「おま、それ買ったのな……」
「銅貨3枚で売ってくれた。こっちの刀は無料」
「むりょ、お前、その刀どう見たって白金貨数枚はするぞ!?」
「なんか素振りしたら貰えた」
「俺も今度素振りしに行くか……しかし」
「あと、友達に飯おごってもらった」
「そうか」
「元皇室専属なんちゃらのオカマの店」
「それも大金貨数枚はするだろ!?俺もふた月に1回くらい行くよ!娘に内緒でな!」
「じゃあ。今日の晩御飯は食べたから要らない。明日の朝は欲しいけど……何時に起きればいい?」
「客いないから何時でもいいぞ」
「分かった。じゃあご飯は6時半くらいに頼める?」
「分かった。……今日は、ありがとう。本当に」
「和室なのに鍵がついてるってのも変な感じだな」
「お礼に、この店で永遠にタダ飯を食わせてやろう」
「おお!……いや、実は料理がゲロ不味いという線も」
「上手いからそこそこ期待してろ」
「分かったよ」
世界は広いようで狭い。人口が少ないということもあるだろうが、知人と知人(?)の意外な関係を知るとやはり驚きが初めに出てくる。
学校の先輩と小学校の同級生が交際してた、とか。
布団で寝るのも久しぶりだ……硬い地面や木の枝の上は心地いいとはいえないし、栄養だけの不味い飯や寝床に忍び込んでくる蜘蛛や百足にはうんざりだ。
ようやく、『人間』らしく生きられる。文明人らしく、様々な道具に囲まれて。




