32 冒険者登録
「はぁ……まさか負けるとは……さっきの紙をだしな」
「さっきの?これか」
「戦闘能力……申し分無し、と。備考……負けちゃった、でいいか……あと……」
収納していた紙を、袂に手を突っ込みながら出現させる。
これで収納していたとはバレないだろう。
「よし!これをさっきと同じ受付嬢のところへ持っていけ!また並ぶことになるがな!ははは!」
「いや、多分並ばないだろうな」
「うん?どういうことだ?」
「さっきも誰も並んでいなかった。他の受付は列が出来てたのにな」
「……一応聞いとくが……そいつは黒猫の獣人か?」
「ああ。黒目黒髪で、黒い猫耳が生えてる日焼けした健康的な印象の子だ」
「あちゃぁ~……ヤベーな。どうしたもんか」
筋肉エルフが顔を顰めて目をつぶり、中指でこめかみをトントン……いや、ドンドン叩く。
「なにか不味いのか?」
「あーっとな、ある冒険者がその受付嬢に何回も求婚しては振られてるんだ。嫉妬深い奴でな、周りの冒険者にそいつの受付を使わせないように…まあ、脅してるわけだ」
「へぇ。ランクは?」
「困ったことにSなんだよ」
「オッサンとどっちが強い?」
「うーん……ほぼ互角だな。つまりこのギルドでは最強格だって事だ」
「へー。あそう。じゃあ」
筋肉すごいし、エルフの癖に強面だし。
なんか怖い人だったな。
しかし、ここの最強があいつか。やっぱり人間の強さってあんまり大したことなくないか?
これは素材を売却する時の強すぎる魔物の素材を出すと厄介なことになるか……?
「まったく……凄い新人もいたもんだ」
ギルドマスター。つまりこの冒険者ギルドに所属する荒くれ者共をまとめる、否まとめられる立場にある私に勝つとは。
それも、私が得意とする格闘戦で。
訓練場に入って来た瞬間から見ていた。
筋肉のつき方、重心の位置、何を見て何を見ていないか。無意識に庇っている部位。その身に秘めた魔力。
何時だって、何と戦う時だって考えてきた。
その見た目から何も考えずに猪突猛進する脳筋だと思われがちだが、事前の情報収集も接敵後の観察も怠ったことは無い。1人前になってからは、だが。
見た目の筋量と実際の腕力が必ずしも比例する訳では無いことも分かっている。
それでも、彼の細身が纏うしなやかだが決して分厚いとは言えない筋肉から繰り出される無造作なパンチを受け止めた手がビリビリ痺れた時には驚いた。
力強すぎだろ、と。
試合が始まるやいなや、1歩踏み出す間に10メートルはあった間合いを潰された。
本気ではないとはいえ、身体強化を使った連打を強化無しで捌かれた。
距離をとろうとすれば、ぬるっとした動きで、一瞬で距離を詰められる。
その上最後に本気の目潰しを……
ああ怖い。
怖い人だったな。
「よっ、おわったぜ」
「はい。では、先程お渡しした紙を……え?」
「試験ってのは、これで終わりか?」
「は、はい。簡単な戦闘能力テストだけですので……それで、えっと」
「ん?」
「負けた、と書かれているのですが……」
「んー、まあ、参ったとは言ってたな」
「ぇー…」
「ん、あれ勝っちゃダメなやつだったか?」
「いえ、そんな事はありませんが……」
困惑しつつも、慣れた手つきで書類をまとめる。
凄い。目視で確認してないのに手が動いてる。
「はい。では、竜人のレイジ様、Eランク冒険者として登録を行います。登録料の大銀貨1枚をご用意下さい。カード作成には少々お時間がかかりますので、こちら、冒険者ギルドのご利用規約を纏めたものですので読んでおいてください」
そのまま書類を持って、奥の部屋へ入る。3分ほどだった頃戻ってきた彼女の手には、金属製の1枚のカードがあった。
「どうぞ。これで登録作業は完了ですので──」
「今持ち合わせがないんだが」
「でしたらツケ払いも可能ですが」
「ああ、それで頼む。それと、素材を売りたいんだが」
「素材?ですか?一体どこに……」
「まあそんなに大したものでは無いが」
「素材でしたらこちらのカウンターの上にどうぞ」
なるほど、カウンターがやけに広いと思ったが、この為か。
シングルベッド程度の広さはあるが……
「量があるからここには出しきれんぞ」
「?そんなにですか……?でしたらこちらの札を持って、裏の解体所に……いえ、どうせ誰も来ないので案内しますね」
「だれもこないのか」
「はい………」
「あの札は、番号が書かれた受付の、前から2番目に割り込める権利みたいなものです。もちろん1度使えば返却は必須です。色違いで専属受付用の札もありますが、こちらは返却は不要です」
「つまり、誰も並んでないから要らないってことか」
「むぅ……まあ、そうなんですけど。はい。じゃあここで出しちゃってください。解体屋呼んできますね」
「了解だ」
さて、2年分あるのだが、どうしたものか。
迷宮で倒したモンスターと違い、アイテム化……と言っていいのかわからないが、角や肉、魔石などの部位だけが残る訳では無いので、死体が丸ごと入っている……2年分。
まあとりあえずは……低ランクのものを沢山出すか。
ドサドサドサドサッ!
「ひゃ!」
……ドサドサッ!
「よし、こんなもんでいいか……」
「まだあるんですか!?」
「まあ、あるっちゃあるけど……あ、間違えた」
「今の、オーガでしたよね!しかも普通のじゃないですよね!赤黒いし角も多いし体もでかかったように見えましたが!」
「いやいや、間違えたって言ったじゃん。売らないよ」
「売らないじゃないですよ!なんなんですかこれは!見たことないですよ!あなたきっとSランクになれるよとか言うレベルじゃないです!ギルマスも倒すし、もうSランク並に強いんじゃないですか?」
「いや、占いとかSランクになるでしょうとか何言ってるんですか」
「売・ら・な・いじゃないですよ!って言ったんです。え、ていうかいまの、マジックバックじゃないですよね。アイテムボックス持ちですか?え?」
「まあそんな感じかもしれないな」
「昇格しましょう。さっさと昇格しましょう。このままではランク詐欺です」
「ランク昇格は試験が必須なんだろう?受けなければいい話だな」
「いや、ランクの目安のひとつに、"一つ下のランクの魔物を単身で討伐可能"って言うのがあったでしょう!?」
「まあ、あくまで目安だし……それは強すぎる冒険者が低ランクに紛れることとその逆を阻止するためのものでしょ?」
「そうですよ!?だから、今まさにランク詐欺が起ころうとしているじゃないですか!」
「あ、ちがった。コレは拾ったんだった。落ちてたから」
「嘘つかないでください!?」
「ゴホン、いいかな、この量だとさすがに1人では解体できない。血抜きもまだみたいだから、肉が売れるモンは一刻を争う…が、今いるやつ全員かき集めても時間がかかる。兄ちゃんのアイテムボックス、時間遅行機能が着いてんだろ?今日のところはこの半分くらいにしてくれ。特に肉が食えるやつを仕舞ってくれ……ここで解体を待つよりアイテムボックスの中の方が保存状態はいいはずだ」
「そうか。分かった」
「それと、半分でもかなり時間がかかる。金額査定が後回しになっちまうが、いいか?」
「よくない。いま無一文なんでな」
「そうか。じゃあ……金貨50枚。低ランクとはいえこんだけ集まりゃ最低でも100はいく。先に金貨で50枚払い、残りは査定後に払う。これでどうだ?」
「それならいい。ただし、金貨ばっかりじゃあ使いづらいから、適当に崩してくれ」
「ああ。俺の長年の感が告げてるぜ。兄ちゃんはとんでもないもんを解体させれくれるってなぁ」
「ほう。どのくらいのやつを解体したいんだ?」
「解体屋の夢といえば竜!こいつがダントツだぜ!でもまあ、高ランクかレアモンなら自慢の種だぜ」
「へぇ。竜ね。今度墜として持ってくるわ」
「ははっ!楽しみにしてるぜ!」
「あのですね。竜なんて出たら都市存亡の危機ですよ。」
なかなかノリのいいオッサンじゃないか。横では受付嬢さんが頭に手を当てて、悩んでいますアピール。
「本来は査定後に、ギルドカードへ振り込み、受付で引き出してもらうことになるんだが……受付嬢さんよ、面倒臭いからヨロシク」
「はぁ……」
依頼完了の報酬は受付で、素材売却金は解体所でカードに振り込まれる。
何百人も何千人もいる冒険者を捌くには、たった8個の受付と体育館ほどの広さとはいえ倉庫幾つかではまるで足りないように思えるが、そもそも依頼なんて日に何百件も来るようなものでは無いし、冒険者が受ける依頼は、大抵はが常時依頼の薬草採取とゴブリン討伐で薬草や討伐証明部位の提出、査定、支払いだけなのであまり時間は取られないらしい。
薬草は状態を調べるマニュアルがあり、ゴブリンは討伐数に比例した報酬を渡すだけ。
因みに、ゴブリンの討伐証明部位は角。唯一素材として扱われる部位でもある。
「レイジさん。今から常時依頼のゴブリン討伐をお受けになりますか?受けた後にこちらを提出された、という風に処理することも可能ですが」
「んー、そうだな、受けるか」
全ての冒険者が毎日依頼を受ける訳でもないし、迷宮に潜る冒険者の対応はドロップアイテムの鑑定、査定、支払いとこれまたシンプルな作業となるので、実際のところ解体所はむしろ大きすぎるぐらいだ、とのことだ。
ここの金を円換算するとどうなるだろう。
たとえば、牛肉の串焼きが銀貨1枚。
焼肉屋が祭りに出す屋台に似たようなものがあったはず。1本500〜1000円と言ったところだろう。
パン類が大銅貨2、3枚で売られていた。幻のパン職人が作ったとかでなければ一つ200~500円といったとこのか。
よって、銅貨一枚を日本円にして10円と仮定。
銅貨、大銅貨、銀貨、大銀貨、金貨、大金貨、白金貨と続き、それぞれが一つ下10枚と両替出来るので、金貨50枚と言えば500万だ。1000体以上出した甲斐があるってもんだ。
「はぁ……依頼を受領しました。査定が終わればゴブリン討伐数が判明するので、明日またお越しください。このように査定に時間がかかる場合には、どなたの持ち込んだモンスターかをギルドカードに記録致します。受け取り時にカードが無ければ受け取れません。ギルドにお金を預ける場合も同様で、カードを紛失されましたら、引き出すことはできません。が、他人がカードを使うことは出来ませんのでご安心ください」
「はーい。あと、おれこの街初めてなんだけど、おすすめの宿とかある?」
「……それでしたら、宵闇亭という宿が……地図お描きしますね。気に入らなければ、ココの黄金の雌鳥亭が、意外にも人気ですのでそちらはどうぞ」
意外にもってなんだろう。
「宵闇亭と、黄金の雌鳥亭ね」
「はい。本日はご登録おめでとうございます」
「ありがとう……えとっ、受付嬢さん名前は?」
「カグヤと申します」
「はーい、カグヤさん、ありがとうございましたー」
冒険者なのに意外にも礼儀正しいんですね。という声が背中に……意外にもってなんだよ。
さて、まずは日用品を揃えて、武器を見に行って……串焼きの露店にも寄っていこう。
金は大丈夫だろう。金貨50枚から登録料を引いた分、日本円に換算すれば約499万円の貨幣が収納の中で眠っている。
それから宿と……図書館かな。
情報を得る必要があるというのもそうだけど、読書は好きだ。
気になっている事もあるし。
先程から耳をはいってくる地名、有力な貴族の家名、国名。
何一つとして記憶にない。
ここは本当に、アレンが生まれ育ち、理不尽に晒された場所だろうか。
────世界?国?時代?
きっとそのうち、どれかが違う。
「あの馬鹿女神(♂)、またなんか間違いやがったな」




