12 死ぬのって実はあんまり怖くない
(はァーーーーーーーッ!!!!ふぅぅぅーーー..........っしゃァ!!!倒した!!)
死ぬかと思った。というか死んだ。
スケープゴートも今日はもう使えない。
今日は、もう帰って寝よう。次の死は本当の死だ。消える前に収納したゴブリンの腕がある。
臭そうだが、食べられるだろう。
そんなことを考えながら、レイジは休憩所へ向かっていった。
死。
一応初めての体験である。
暖かくて、何処か冷たい底無しの沼。
ああ、そうか。
死とは無なんだ。
恐れることなど何も無い。
恐れなければいけないのは、そう。
それはきっと、残されたものの方だ。
親しい人の中の自分。
それが死んだ時の彼等の悲哀。
或いは、世に残された"何も残されなかった"という"結果"を。
人は死と向き合う時、それらを畏れなければならないのだ。
人は、自らに死をもたらす何かを畏るが。
それが不治の病、異形の怪物、醜い他人の心だろうと、真に畏るべきものでは無い。
死ねば全て、消えるのだから。
ならば、消えないモノの行先を案じる他無いだろう。
だから今日の"死"は、少し良い体験だった。
そう思うおれの心は壊れているのだろうか?
アレンの記憶の影響かもしれない。
彼は死を畏れなかった。
死への過程となりうる痛苦を畏れはしたが、真に畏れたのは『誰かが哀しむ事』だった。
父を奪った魔獣を、邪職持ちを邪と決めつける悪を。
それを心から憎む気持ちは、レイジの思想と混ざり合い、新たな思想を作り上げた。
その事に、若干は感づいていた。
(.....あの時、初めてゴブリンを殺して......何も感じなかった。殺して当然、それがこの世界の考え方だけど………)
果たして異世界モノの漫画を読み、アニメを見ただけで唯の日本人が"殺し"を許容するだろうか。
それも、地球にいたどの生物より人間に近い生き物を。
日本人の八神レイジには、妹が1人居た。
母はレイジが10歳の頃に癌で他界した。
(だから、あのオカマはアレンを選んだのかな……?ほんの少し、境遇が似ているかも)
家族で、ヨーロッパに旅行へ行った時だった。
楽しい時間だった。テロが起こるまでは。
そこは、有名な観光スポットだった。
爆発音と煙。落ちてきた岩が、妹の頭に当たった。
ちょうど、おれが落とした岩がゴブリンの頭に当たった時のように。
妹は、もうピクリとも動かなかった。
『お、おい?起き――――――』
呆然と、名を呼ぼうとした時。
押し寄せる人波に流されて、妹は直ぐに見えなくなった。
『零時!!掴め!!』
父親が伸ばした手を掴んだ。
『父さん!!春香が!!!』
父は何も言わなかった。恐慌に駆られて走り狂う人達の流れに逆らって戻ることも出来ず、走り続けた。
ズン.......ドォン......
腹に響くような音が、数箇所で発生する。
同時多発テロだった。
何故春香が死ななければならなかった?
晴香を殺したのは、"悪"だ。
悪とはなんだ?
(悪とは………悪とは……、悪とは?悪は、皆殺し......)
家事ができない父は、親戚の家に俺を預けた。
(悪人を裁くための殺しは、悪ではない........?よね?功罪あい半ばして最低でも帳消しになるべきだ)
死刑という、法が在る。
(悪人を罰することは悪ではない……)
刑罰という制裁がある。
犯罪者から1部の法益を奪う応報であり、犯罪への抑止力である。
ならば。
犯罪者相手なら、その罪の重さに応じて、どのような事をしてもいいのでは無いだろうか?
殺すだけでは物足りない。死なせるだけでは生温い。
当然の事だろう。
例えば、2人を殺した強盗がいるとしよう。
殺した人2人の命と自身の命。2つと1つ、それも穢れたもの1つで釣り合うはずがない。
究極の痛苦に泣き叫び、許しを乞うて罪を悔やむ。
そうすることで、そうさせることで誠意を示すと共に、その死に複数人の命の価値が付与される。
殺すのは当然。
(だって、生かしておけば、また違う場所で違う人を泣かすだろう....?)
死に至るまでの拷問の様を閲覧注意で配信し、二度と同等の犯罪が起こらないよう、その死をもって罪の深さを示すのだ。
それが正しい正義じゃないか?
そんな事を思っていたとしても、殺しへの忌避感は当然、あった。
中二病の妄想系男子の脳内で展開される、学校に襲撃してきたテロリストを華麗に倒し銃を奪い仲間を撃ち殺しみごと学校を救うという殺人劇とは訳が違う。
(確実に精神に影響与えてるよね、あの記憶)
「キュロロロ」
休憩所に戻り、ゴブリンの腕を出す。
迷宮に吸収されるまでに食べて、収納し直さなければ。
(臭!!くっさ!!!!オエェェェェェェエエェエ!!!!)
ゴブリンの体に乗る時は息をとめていたので、正直そこまでダメージがあった訳では無い。
しかし、食べるとなると匂いくらい確かめておきたくなる。
(ん?お、こっちのは比較的匂いがマシだな………)
ポップしたのが最近だったのだろうか。
1番臭くないものを選んで、マジックハンドで千切り、握り潰す。
牙も生えていない口では、とてもじゃないが食べられないからだ。
挽肉を口に入れると、肉の臭みと臭い血と臭い脂肪が酷いハーモニー、というか不協和音を奏でる。
マイナスにマイナスを掛ければプラスになるが、マイナスにマイナスを足せばもっとマイナスだ。
酷い味だ。一生食べたくない。
せめて適切な下処理を施してから食べたいものだ。
特にこういう、汚そうなものは加熱処理とかを...........
(あ!!やっば!!)
ウイルス、細菌、寄生虫、毒。異世界だから呪いなども警戒するべきだった。
【疫病Lv.1に感染しました】
うげえ。
疫病レベルとは、感染力や致死率、完治に必要なポーションの等級などから算出される数字である。
Lv.1ならば下級の状態異常回復ポーションで治るが、家族間で感染し続ける事も稀に見られるため、かなりの散財になる事もある。
回復魔法で治すことも出来るが、回復魔法での治療費は総じて高い。
無論それは家族間のみの問題では無く、都市や国で大流行することもある。
この世界の疫病は、水疱瘡やらおたふく風邪とは違って1度かかればもうかからないようなものでは無い。
免疫.......[疫病耐性]は、獲得出来ても熟練度が足りなかったり、そもそも獲得できなかったりと言う人が、2度、3度と感染し病原菌の温床となり、さらなる感染を促すのだ。
疫病の大流行を止めるには、国や都市等、流行した全ての地域の住民全員に治療を施す必要がある。
まあ、そのような事態はめったに起こらないが。
状態異常回復ポーションは持っていない。原料になる様な薬草も持っていないし、回復魔法も使えない。
(どうしよう………)
とりあえず身体強化を発動しておく。
身体強化とは、身体能力を強化する技、つまり筋力や頑強さに補正をかけるものだと思われている。
しかし、『記憶』では、身体強化を使った人の擦り傷や切り傷等、ほんの小さなものであれば解除する頃には治っている、という場面があった。
おそれく、身体強化が、言うなれば"再生力"、つまり傷を治すための細胞分裂等を促進させたのだろう。
それなら、免疫力やその他の機能も強化されるかも知れないと思ったのだ。
人間なら、Lv.1の疫病程度では、余程体が弱いか運が悪い者以外死ぬことはない。
だが、HPがそこらの村人と比べて高いとはいえ、今のトカゲの体がどの程度耐えられるか分からない。
(病原菌を殺すには...........)
回復魔法とは癒しの力を持つ魔力を巡らせ、再生の促進、そして邪を祓う力。
邪とはすなわち病原体や呪いの事であり、それらは癒しの魔力で簡単に消える。
つまり瘴気のようなものであればは魔力で消せるのだ。
そもそも、魔力に全く干渉されないものは無い。
そして、寄生虫は、豊富な魔力を持つ宿主に寄生すると、その魔力に当てられて死ぬ。
1部の病原体となる微生物やウイルスは、魔力に耐性を持つものも居るようだが、基本的に強い魔力で殺菌できる。
やってみるか。
経口感染だから、多分まだ胃から出ていないだろう。
胃の中を探る。
肉塊と胃酸。
肉塊の中に居るのか?胃酸に浸れば死ぬタイプの病原菌であることを期待しよう。
意識を集中させて........
(む....むむむ.....)
挽肉に潜む細菌、ウイルス、寄生虫等を探る。
(お、お、おおお.........)
ひとしきり唸ったあと。
(ダメだ。わからん!)
わからなかった。まあいいや。
寝よう。
スケープゴートが回復するまでもてば死んでも生き返る。
更に、状態異常回復の効果で疫病は治る。
▽
疫病はそのままだった。
(とりあえず、出口を探しに行くか………)
出会うゴブリンはマジックスピアで倒し、脳内マッピングをしながら通路を徘徊する。
「グギャオ」
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NO NAME
ホブゴブリン HP27/27
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(え゛!?)




