1 転生
深く深く、何処までも.......
奈落の底へ沈んでいくような感覚。
それは目を開けて、石造りの通路の中で、ごく自然に呟いた。
「キュルルル゛」
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NO NAME
リトルリザード
Lv.2
HP3/3
MP0/0
skills
=normal:
=rare:鑑定 収納
=legend:
魔法適性:無
称号:転生者
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リザード。蜥蜴。身体を見ようと下に目をやるが、地面しか見えない。どうやら床に転がっているようだ。
.....起き上がれない。それに、変な....感覚がある。頭でも胴体でも手足でもない、そんな何かが地面に触れている感覚。確認しようとして、腹ばいのまま少し回る。視界の端を細い何かが逃げてゆく。回る。回る。回る。
頭でも胴体でも手足でもない、そんな、何か。例えば尻尾とか。
数分間体を確認して分かった。
なんか、蜥蜴になっちゃった。
脳を移植されたとか?憑依?転生?
あ、転生者って書いてあったわ。
おれ、異世界(?)で蜥蜴に転生しました。
とにかく、少し移動しよう。背後の壁の穴に、おれが通ってきたと思わしき穴が空いている。少し見て回ったら戻って来るとして。
「キュルル゛ル゛ルル゛r!!!」
「グギャギャ、グギガググ!」
迂闊だった。早く戻らないと。
2、3分ほど歩いた時、緑の変なのに出会った。で、攻撃された。今も殺意満々で追いかけてくる。
(そうだ...鑑定!)
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NO NAME
ゴブリン HP9/9
称号:ダンジョンモンスター
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鑑定で見られるステータスには制限があるようだ。名前と種族、HPと称号か。
ゴブリンはおれの3倍の体力を持っている。勝ち目は薄い。
そもそも殺気を振りまいて襲ってくる敵がいきなり飛び出してきたとして、普通の日本人は対応できない。
今回のケースなら尚更だ。
何故ならそいつが自分より遥かに巨大くて、3倍の体力を持っているから。
人間の体で同じくらいの大きさがあればワンチャンあっただろうけども。剣道やってたし。
ようやく穴が見えてきた。ゴブリンでは手が入るかどうかと言った狭さだ。
あれ?手のひらサイズの蜥蜴の3倍程度って、もしかしなくてもゴブリン超弱くね?
穴に入ってしばらくすると、ゴブリンは諦めたのか帰って行った。
とはいえ穴の場所も知られたし、ある程度の知能が有るなら外で待ち伏せされる可能性が高い。
今は自分に何が出来るのかを知る必要がある。
鑑定は相手のHPの最大値と損耗具合を知ることが出来るのだろう。称号から能力を推測する事も出来るかもしれない。魔法適性はないしMP0なので今は無視。
つまり現状戦力になる可能性があるのは、レアスキルの収納だけ。
使い方は何となくわかるので使ってみる。
(収納!)
体の横に落ちていた小石が消えた。頭の中に収納品のリストが浮かび、小石を出そうと念じれば、手元に小石が現れる。
これは使えるかもしれない。まずは収納量の限界と収納可能なものの重さや体積による制限の有無の調査だ。
周りに何もいないことを確認して、穴からはいでる。何かあればすぐ戻ってこられる範囲で落ちているものを収納していく。穴の入口付近に密集して落ちている石やまばらに生える草、先程のゴブリンの頭ほどある岩を手当り次第に収納する。
収納できた。それより大きいものは近くにはない。
一旦戻ろうか。
収納についての大体の考察は終わったので、鑑定をもう一度試してみよう。
ゴブリンには使えたが、他の物にはどうなのか。
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石
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ヒポラノ草
体力小回復
HP回復ポーション(下級)の主原料
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雑草
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ダンジョンの内壁
魔力がこもっており非常に硬い
自動修復効果
【迷宮】の意思により若干の変形は可能
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迷宮
魔物の1種。
最下層の迷宮核を破壊、もしくは奪取するまで際限なく成長する
自身が作成したアイテムや装備を各所に配置し、それを餌に人間を釣る
迷宮で手に入るアイテムは希少性が高いものが多く、挑戦者は一攫千金を狙って迷宮に潜る
当然深層ほど高価で希少なアイテム、装備が手に入るが、出現するモンスターも強力になる
有史以前から存在する迷宮など、高齢のものの討伐はほぼ不可能
挑戦者が少なくなると、ダンジョンモンスターが外部に出て人を襲う
とはいえ、ダンジョン外でいくら殺しても成長できないため、強すぎる魔物は出さない
それを阻止するための挑戦者が迷宮を成長させる
浅層で挑戦者を育成し、強くなった所を深層で倒す
取り込む生物は、強い程成長率が高い
時折浅層で強めのモンスターを生み出し、甚大な被害を出す
狡賢い魔物には違いないが、手に入るアイテムの希少性や経済効果を踏まえると、一応“共生”という形になる
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リトルリザード
蜥蜴の魔物。体長約10センチ
食性:肉食
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センチという単位が異世界で出てくることは驚きだが、今は置いておこう。
鑑定はスキルや称号には行使できないようだ。さて…武器になりそうなものといえば収納だけか。
ゴブリンから逃げながら石を出して、躓いたところを攻撃する.....
いや、成功するかは分からないが…試してみるか。
蜥蜴なら、岩壁は登れるはずだ。
穴を出て、壁をちょこちょこ登っていく。天井は無理か....ヤモリじゃないもんな。
途中で壁に生えてる草や苔を毟って収納しながら数分間、迷わないように右の壁を伝って移動すると、遂に標的を発見した。
短剣を持って徘徊するゴブリンだ。
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NO NAME
ゴブリン HP11/11
称号:ダンジョンモンスター
緑色の小さな鬼。体長約100センチ。数にものを言わせ他種族のメスを攫い繁殖を繰り返す。
1個体の戦闘能力は極めて低いが、魔物ならではの成長率を持ち、上位種や変異種は侮れない。
同ランクのモンスターと比較すれば、知能はかなり高い。
食性:雑食/腐食(※この個体はダンジョンモンスターなので、ダンジョン内に限り食事、排泄を行う必要が無い)
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先程のやつよりもHPが高い。装備も上等だが…兜はしていない。
壁の上で息を殺してチャンスをうかがう。
先程は急いでいて読んでいる暇がなかったが、こんなことを書いていたのか。
知る必要のない部分は消そうと思えば消せるようだ。
―5分前―
穴の天井、尻尾を垂らせば地面に着く程度の高さで、石を出す。
石は右手の横に出現し、落下した。
収納の性能確認の続きだ。
試行錯誤の末、分かったことは
①出現場所は、ある程度操作出来るが、距離に制限がある。
②運動エネルギーは保存しない。収納した物体は静止状態で出現する。
③ラノベにありがちな時間停止効果や温度維持効果は不明
④非常に便利
これなら、ゴブリンを倒すことも出来るか....?
闘うのは俺では無く、位置エネルギーmgh(石の質量をm、重力加速度をg、ゴブの頭とおれの右手の高度差をhとする。尚空気抵抗は考えない)だ。
行ってみよう。ダメだったら……その時はその時。
―――
.....チャンスはなかなか来ない。
体感時間的にはもう2、3時間だ。
ゴブリンは通路の真ん中を歩き続け、欠伸をしたと思ったら短剣を置いて寝始めた。近付くと手をピクピク動かすので近寄り難い。
少し離れてほかのゴブリンを探しに行ったものの、見つけたやつは5人パーティでゴブゴブフガフガ言いながら笑いあっていた。
次に見つけた1匹のやつは石を出そうとした瞬間、”ゴブッ!?”みたいな声を上げたから怖くやってやめた。
一時退却だ。
穴に戻ると、お腹がすいてきた。
ゴブリン以外の生物は見なかったし、ゴブリンの食料が何かはわからないが、忍び込んで食うのは危険だし…
穴の奥を目指して歩いていくと、破れた羽が落ちていた。蝶...いや、蛾か。
何が起こるか予想はついた。喜べばいいのか悲しめばいいのかはともかく進むしか無いだろう。
2メートル程進むと、石を数個使ったバリケードと、その先には、蛾の大群と胴体のない羽が数枚。
....一応、食料確保かな...?
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NO NAME
リトルクレイモスHP1/1
称号:ダンジョンモンスター 最弱
蛾。体長約3センチ。弱い。石の割れ目など狭い空間に巣を作る
食性:蜜(この個体はd...
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たった1しかないHPは、腹部に噛み付いただけで消滅した。
緑の体液が零れて鱗に掛かる。
【リトルクレイモスの討伐を確認しました。経験値を1取得しました】
【称号〈転生者〉の効果により更に経験値を1取得しました】
「キュルォ!?」
【レジェンドスキル〈世界の声〉を取得しました】
これ知ってる!ゲーム画面に表示されるヤツだ!
わくわく。
蛾の死骸を見て現実に引き戻される。食うのか、これを。
ダンジョンモンスターではない俺は食事をしなければならない。食うしかないよな。
地球にも昆虫食をする地域はあるし、昆虫は栄養価がとても高い.....が、彼にとっては所詮"異文化"。
即ち、受け入れ難いだけのモノである。
(....味、分かんね)
腹を満たし、石を元の場所に戻して蛾の群れを閉じ込め直す。
やはり間違いない。
このモンスターには、おれが宿る前から――知性があった。
収納も使いこなしていた事だろう。
「グギャ?」
穴の入口から、何かが突き入れられた。