Chapter-07
ガロロロロっ、ガリッ、バンッ……
「最初は油、もう少し控えないとダメか?」
ペンデリンがそう言って、調速機のレバーを調整する。
バンッ、バンッ、バンバン……ドッ、ドッドッドッドッドッドッ……
「よっしゃあ、動いたぞ!」
ペンデリンと一緒に、俺も飛び跳ねるようにはしゃぐ。
それを見守っていた他のメンバーからも、感嘆の声が上がる。
この日、試験運転とは言え、ついに、今の今まで単なる飾りと化していた焼玉エンジンが動いたのである!
話は少し遡る。
ザアザア……と水の流れる音がする。
骨組みや固定具、軸受や歯車に鉄が使えるようになり、風車は今までより高速に回り、タービンポンプでどんどん水を汲み上げている。
水中までそうしてしまうわけには行かなかったが、風車自身の軸受とベベルギアを金属化し、獣脂をグリスとして塗ったただけで大違いだ。
さらにポンプのブレードも、木製から鉄製に変わった。
いや、最初は蝶番を作って、往復ポンプを作れないか、とデミ・ドワーフ達に提案したんだ。
ところが、当のペンデリンが、タービンポンプにやたら興味を示し、
「オレがもっと効率のいいのを作ってやる」
と、確保でき始めたばかりの鉄で、新しいブレードを作ってしまったのである。
ちなみに製鉄は、意外に近代的だった。
石炭がないので木炭を使うが、細い煙突を持つ石造りの高炉に大きなふいごを使って空気を送り込み、高温にして銑鉄を得る。
この銑鉄自体は、日本の現代製鉄のコークス高炉のそれより質が悪いが、今度はそれを、空気を送り込みながら、やはりふいごで高温にした木炭で熱しつつかき回して鋼にする。
こうして得られた鋼は、俺の知っている現代製鉄のものに比べれば劣るものの、むしろ日本の変態技術と比べるほうが間違っているだろう。産業革命レベルは充分に満たしている……と思う。
ドワーフ種すげぇ! …………のだが、
「この製鉄法は本来、ドワーフ種の門外不出なんだ。この国の人間が使ってる鉄は、もっと脆いよ」
とはペンデリンの言。そう言えばダークエルフも、ヘーゼルバーン伯爵の鉄を再加工する際、ただ切り取って打ち直すだけではなく、その前に石窯に入れて溶かして加熱していた。あれは、そういうことだったのか。
この事もあって、残っていた戦利品の鉄も、粗鉄として製鉄の材料にしてしまった。デミ・ドワーフ鋼なら、俺の知っている鋼とそれほど遜色ないわけだから、それが妥当だろう。
ペンデリンは、この手間がかかる木炭高炉を、風車の力を使って送風や転炉の撹拌を自動化することで、効率化させることを考えているらしく、他のデミ・ドワーフたちと連日話しあったり、俺のところに風車の構造を聞きに来たりした。
もちろん、俺に異論はない。
それどころか、デミ・ドワーフ鋼を標準化したほうが、万一、ヘーゼルバーン伯やそれ以外の人間の有力者に狙われた時、対抗するのに有利だ。
ちなみにペンデリンは鍛冶屋のイメージでバトルハンマー使いなのかと思ったら、武器は幅広のナイフの二刀流の方が好みらしく、早速作っていた。まぁ、許可したわけだから文句は言わない。周辺警備の翼人族たちや護衛の獣人族も、軽くて頑丈なデミ・ドワーフ鋼の武具が手に入って喜んでたし。
唯一微妙な顔をしていたのがジュピリーだった。彼女は官製品とはいえ武具に愛着を持っていたらしい。が、デミ・ドワーフ達が意匠を真似てデミ・ドワーフ鋼で同じものを作ったので、とりあえず納得してくれた。
そんなペンデリンだから、ただ飾っておいてある焼玉エンジンにもすぐに興味を示した。
「これ、動くだろ?」
ペンデリンは、なんの予備知識もなく、これが原動機だと言い当ててみせた。
「動くことは動くんだが、燃料がない。油が必要なんだ」
「ああ、それであんなにアルトロ豆を植えてるのか、それも、ダークエルフに促成栽培の魔法までかけさせて」
ペンデリンは、なるほど理解がいった、って感じだ。
「アルコールじゃ動かないか?」
「アルコール? 酒か?」
「いや、このあたりの鉄の鉱床を掘りだすと、そこから湧き出してくるんだ」
実際、エタノール溶液が滲み出すらしい。ただ、不純物が多いので飲用には適さない。
どうやら鉄鉱床の下にエタンガス田が存在していて、その間に水脈があるため、圧力でエタノールになって湧き出してくるらしい。
川まで吹き出してしまえば、流石に大した量じゃないんだけど、鉄鉱石を掘り出すために坑道を掘ると、そこに気化したエタノールが結構シャレにならないくらい溜まるらしい。
そのため、ペンデリンたちは定期的に坑道に散水したり、換気したりして対処している。
このあたりで小さな鉄鉱山の採算が取れないのも、これが原因の1つだとも言う。
…………ご都合主義なのはともかく、今、いやーなフラグが立った気がしたんだけど、気のせいであってほしいなぁ。
ともあれ。
「アルコールでも動くけど、潤滑能力がないとダメなんだ」
「ああ、なるほどね」
ペンデリンは、簡単に納得してくれた。さすがドワーフ種、このあたりには強いか。
「ん、でも補助的は使えるんじゃないか?」
「まぁ、それならなんとかなるかな?」
クランクやシリンダーを潤滑してくれる油脂分が確保できれば、熱量はガスで補った例もある。
「よし、動かそう!」
ペンデリンは、いきなり俺にそう提案した。
「え、でも油が……」
「とりあえずは、今森の中に成っているアルトロ豆とか、それ以外の実から油を採ればいいだろ? 試運転程度ならできるはず」
「ま、まぁ、それなら……」
「よし、決まり!」
一度決めたペンデリンは、俺の人に説明するには向かない脳内記録を元に、元の焼玉エンジンに改造まで加えた。
っていうのも、焼玉エンジンってのは、灼熱化した燃焼室内の“焼玉”に燃料を浴びせて気化させ続け、そこへ圧縮をかけることで燃焼、爆発させて動力を得る。
で、このクラスの焼玉エンジンは、焼玉を加熱するのに炭などの外部熱源を使うことが多くて、実際俺が持ってきたのもそういう形式だった。
ところがペンデリンは、それを、燃料タンクからの油で、布芯を使ったトーチで加熱できるようにしてしまったのだ。
ドワーフ種すげぇ!
いや、ペンデリンが天才なのか?
この際、どっちでもいいや!
燃料タンクには、植物油と、獣脂を湧出エタノールで溶かしたものを混ぜて補充。
本来なら軽油か灯油、重油を使うものだからか、さすがのペンデリンも苦労していたが、なんとか始動に成功。
しかもペンデリン、この焼玉エンジンで回すタービンポンプまで試作してあった。
トットットットッ……という音とともに、畑に散水するペンデリンの得意そうなことと言ったら……
そのせいで、今日はレア達、デミ・ドワーフ以外の種族の班が機嫌の悪かったこと。
いや、特にレア達はレア達ですごいもの作ってるんだよ?
なんと言っても下水処理施設。まさかファンタジー世界で、水洗トイレが使えるとは思わなかったぜ。
散水ろ床方式というやつで、濾過材の上に下水を散水して、生物濾過する方式。濾過材には薪の木の灰ガラを使った。で、一定期間たった濾過材は加熱殺菌して、肥料にする。
こういう手のものはやっぱりエルフ種の方に一日の長がある。
もちろん他の種族だって、各々の特徴を生かして日々、活躍してるんだ。
だから、そんなに不機嫌にならなくてもいいと、思うんだけどなぁ。
と、思ったら、その不機嫌の理由がわかった。
「えへへへへ……よろしく頼むぜ」
今夜、興奮も冷めやらぬままに自室に入った俺を、ペンデリンが待っていた。
…………下着姿で。
そういうことだったのだ。
この前、俺が“人間宣言”をしてから、女性ばっかりの場所で、俺を狙った駆け引きが起きていたらしい。つうか、実際起きてた。
で、あの焼玉エンジンを動かせたら、そいつが俺の相手の一番乗りをすると。
近しいのは油を採れるダークエルフのレアか、翼人族のボウモアと思われていたのが、まんまと新参者のペンデリンが出し抜きに性交……もとい成功したというわけである。
「まぁ、人間の成人から見たらガキっぽくて、その気にならないかもしれないけど……添い寝だけでも、いいからよ」
ちょっと頬を紅らめてそんな事を言うペンデリン。
すみません、美味しくいただきました。