Chapter-06
結局、なんのかんの言って割と広大な農地が出来上がってしまった。
20kgのタワラヨーデルの種芋だが、最初は石灰などの病気よけの薬物がなく、種芋1つごとに植え付けて、複数生えた芽は間引きするしかないと思っていた。
けど、よくよく考えたらエルフ種がいるわけで、植物の病気避けの魔法ぐらいはなんとかなることがわかった。
そこで、大きな芽ごとに種芋を分割し、植え付けることにした。
今まで、プラスチックのケースごと川の水に漬け込んでいたので、水耕栽培の要領で芽が伸び、根も生えてきていた。植え付けるときに、その根に腐葉土を充分まぶしてやる。
ジャガイモにはダークエルフの促成栽培の魔法は使わなかった。というのも、種芋で増える芋っていうのは、一種のクローン種だから、エドラがアルトロ豆に対して言ったことが事実だとすると、それをやると早い時期に全ての芋が死滅してしまう。
ジャガイモは、乾燥には強いが、強い風には弱い。が低い位置なら森の木々がある程度遮ってくれるし、伸びてきたら支柱を立てて支えればなんとかなるだろう。
そしてジャガイモ畑を取り囲むように、アルトロ豆の木を植え付けた。元々この地の低木なので、成長すればある程度は風防の役割を果たしてくれると思ったからだ。
それと、翼人族が採取してきた、結節根が食べられるという植物。クセがあって、葉や茎も食用できるが、香辛料に近い使われ方もする、という。
…………ミョウガじゃないか。見た目からして。
かじってもみたが、まず間違いない。
地球のミョウガと違うのは、ミョウガが浅いところを這うように根を伸ばしていくのに対して、いま手に入ったのはまずほぼ垂直に根を伸ばしてから発達すると言う。これも、この地に適応するための変化なんだろう。
ミョウガ・アスパラ・ミントと言えば三大“農作物という名の雑草”だ。ほっといてもガンガン増える。下手すると害が出る。
これも小規模に畑を作ってやり、そこに植え付けた。
「いや……思ったより立派な畑ができて、ひとまずは良かったよ」
「はい、そうですね」
俺が感慨深そうに言うと、レアもそんな感じでそう言った。
ダークエルフたちはこれまでの作業を一旦中断して、住居になるログハウスを建てている。
今までは崖下の川べりにあったが、そっちは今後、作業小屋として使うことになった。
今度のログハウスも、ほとんど木のはめ込みだけで造るものだが、なんと俺専用の部屋ができると言う。
別に俺自身は、特別待遇は不要だったけど、なにせ今は女性ばかりの所帯だから、いい加減俺がその雑魚寝の中に交じるってのも問題だとは思っていた。だから、有り難い。
獣人族は、堀に溜まった水を、ダークエルフのつくった桶で畑に散水。
翼人族は、引き続き採取・狩猟とあたりの警備。
「でも、こうなると、早く、風車をなんとかしたいな」
「そうですね」
なにせ今は総木製。軸受からなにから全て木製だから、ダークエルフの木材加工技術で最低限にしてあるとは言っても、回転の抵抗も大きい。
最初に水を汲み上げてくれた時は、力強く感じたものだけど、こう畑が広いと、チョロチョロと弱々しいように見えてくる。レアにも、問題に感じられているようだった。
早いとこ金属を使って、風車もより強い力に耐えられるようにして、軸受も金属製にして、もっと力強く揚水できるようにしたい……!!
「元捕虜が俺に会いたいだって?」
そんな話が持ち込まれたのは、レアと風車強化の策を練っていた矢先の話だった。
風車の揚水塔を建設する直前に、ヘーゼルバーン兵の捕虜は釈放した。もちろん彼らには俺がタダの人間だということは話さず、たぁっぷり恐怖感を煽っておいて。
「はい、ぜひにとのことです」
話を持ってきたのはボウモアだ。まぁ、警備担当だから来訪者にすぐ気づいたんだろう。
「よし……会おう」
俺は即決した。
「いいんですか?」
レアが、そんな驚いた声を出した。
「ヘーゼルバーン伯の刺客ということも考えられますよ!?」
「それはあるかもしれないけど、いきなり殺されるってことはないと思うにゃあ」
ログハウスの中に入ってくるなり、レアの言葉を否定するように行ったのは、ペロネールズだった。
「とにかく、会ってみるというのが得策だと思います」
「ああ、そうしよう」
ペロネールズにも促されて、俺はその彼女に会った。
そう、相手は女性だった。が、紛れもなくヘーゼルバーン伯爵の兵士だった。
「お初……ではありませんね。二度目になります……ナオタキ様」
女性はおずおずといい、槍を携えたボウモアともう1人の翼人族が目を光らせる中、傘のような鉄兜を脱いでみせた。
「あっ」
思わず声を出してしまった。いや、彼女の耳が見えたのだが、それが尖っていたからだ。
しかし、レアたち程鋭くはない。
とすると、もしかして……
「ひょっとして、君は……」
「はい、ハーフエルフです」
なるほど、これで謎が解けた。いや、おかしいとは思っていたんだ。この『魔の谷の森』の中で、エルフ種であるレアたちを、人間の軍勢がどうやって追跡できていたのか。
「名乗るのが遅れてしまいました。私はジュピリー・アルトパロマと申します」
彼女はその場に傅いて、自分の名を名乗った。
「でも、なんだってヘーゼルバーン伯爵の軍から脱走して、俺のところに?」
「実は、あの水を汲み上げる塔の完成を見張らせていただいたのです」
俺が問いただすと、ジュピリーは、解放後も近くにいて、風車塔が完成するのを見ていたと、すんなり白状した。
「それで、伯爵よりもナオタキ様にお仕えする方が、得策だと思った次第です」
そういうことか。
「伯爵には報告はしました。未知の力で水を数mも、常に汲み上げ続ける力があると」
あ、こいつ。
脱走ついでに、伯爵がおいそれと俺に手出ししないようにしやがったな。
レアやボウモアは、ジュピリーの意図に気づかなかったのか、表情を険しくしたが、俺はため息をつくしかなかった。
「まぁ、歓迎するよ。来る者は拒まずの精神で行きたいからね」
俺は立ち上がり、握手を求めるつもりで、ジュピリーに手を差し出した。
「あ、有難うございます!」
ジュピリーは、膝を折った姿勢のまま、俺の手を両手で握ってきた。
「ナオタキ様、甘すぎます」
「そうです、ペロネールズの言う通り、すぐに殺害の意図はなかったとしても、スパイという可能性もあります!」
まずレアが言い、ボウモアがそれに続いた。
「その時はその時だよ。それに、そうなったら、レアやボウモア達が守ってくれるだろ?」
俺は、苦笑して、2人を安心させるようにそう言った。
「そっ……それは……そうですが……」
レアは、そう言って顔を真赤にしてしまう。ボウモアも言葉でこそ反応しなかったものの、似たような感じだ。
「ナオタキ様の信用を得られますよう、手土産……と、ナオタキ様はこのような表現は嫌うでしょうが、その者達を、お連れしました」
ジュピリーがそう言うと、
「外に出てみればわかります」
と、ペロネールズが、俺に促してきた。
そこにいたのは、例によって鉱山奴隷。ジュピリーの手引きで、一緒に脱走してきた者達らしい。
その中の大半を締めたのが、デミ・ドワーフ。
ドワーフだが髭が生えたりすることが稀で、エルフ種の少年少女のような姿をしている。実際、エルフ種とドワーフってのは近縁って話はよくあるし、実際エルフ種のレアたちは石材や鉄材の加工ができる。
「不思議な力を持っている男が、奴隷扱いされない村を作ろうとしてるって、ジュピリー様に聞いてついてきたんだ。力になるぜ」
ペンデリンというリーダー格が、俺にそう言ってきた。少年のような容姿と話し方だが、これでも大人の女性らしい。
「歓迎するよ」
「さしあたって、鉄が不足してるって聞いたから、力になれると思ってさ。仲間と一緒にここにやってきたんだ」
なんですと!
「鉄が確保できるのか?」
握手を交わしながら、俺は聞いた。
「ああ。ノルト山に鉄鉱山があるのは知ってるんだろ」
「うん、確か君たちはそこの鉱山奴隷として働かされてたんだろ」
俺は、ペンデリンの言葉に、一瞬顔をしかめてしまう。
「ナオタキ様は、奴隷なんか必要としていないのは知ってるから、そんな話はどうでもいいよ。それより、このノルトの鉄鉱山の鉱床自体は北方山脈の麓まで広がってきていてね、掘り返せば鉄鉱石が採れる場所があるんだ」
ペンデリンはそう言った。
ボウモアにこのあたりの地図を用意させて、再度ペンデリンが、ノルト鉄鉱山の鉱床の広がり具合を説明する。
「でも、それを穿り返したら、ヘーゼルバーン伯爵が黙ってないんじゃ?」
心配そうに言う俺に、ペンデリンは笑って答える。
「麓の鉱床は、大規模な採掘ができるほどじゃないんだ。だから、鉄鉱山として保有領域を広げても、採算が取れないんだよ」
なるほど。
だが、こちらは採算度外視でも、今は鉄が欲しい。
「もちろん、護衛はつけてもらいたいし、オレ達自身も自衛の武装は許してもらえないと困るけどな」
「ああ。ただ、できればその武装の為の武具の製作もお願いしたいんだけど……」
「そんなこと、オレ達は金属のプロだぜ、任せとけ!」
ドン、と胸を叩くペンデリンに、俺達は頼もしさを感じた。