Chapter-05
今回の話に合わせまして、「Introduction」を別の形に書き換えました。
「農地を開墾する前にあたっていっておきたい」
数十人に増えたみんなを前にして、俺はそう切り出した。
「俺は神の御使いと言われてきたけど、確かに実際にこの世界の人間とは少し異なる。けど、実際には紛れもない人間なんだ」
そう、俺は今まで、敢えて“神の御使い”という呼び方を否定しないできた。
その理由は、ここにいる脱走奴隷の殆どが女性であることと関係していた。
この世界の人間はロクでもない。
それが人間全般なのか、ヘーゼルバーン伯爵とその部下だけの問題なのかはわからない。
だが、現実問題として、ヘーゼルバーン伯は近隣の他種族の居住地域を襲い、鉱山奴隷として自由を奪った。
女しかいないのは、彼女らの種族の男たちが、人間の軍勢と勇敢に戦って壊滅したことと、生き残りも叛乱を防ぐために処刑したことが原因だ。
だから、人間であることを明言すれば、俺自身が拒絶されるのではないか……そういう危惧があったから、今まで“神の御使い”と言われることに違和感を覚えつつも、敢えて否定はしなかった。
だが、この先、この大所帯になった集団を、実際には人間である俺が、“神の御使い”を騙ったまま率いていていいものか、考えるところがあった。
だから、風車による貯水池ができたこのタイミングで、カミングアウトすることにした。
ところが。
「えーと……だから、なんでしょう?」
真っ先にそう言ったのは、レアだった。
「神の御使様……いえ、これからはナオタキ様、と呼んだ方がよろしいのでしょうか?」
レアは苦笑交じりの表情で行ってくる。相変わらず謙譲している感じではあるが、今までよりフレンドリーになった感じだ。
「いや……できれば“様”もなしにしてくれるとありがたいんだけどな」
俺も思わず苦笑して、そう答えた。
「たとえナオタキ様が人間だとしても、ヘーゼルバーン伯の追手から私達を助けていただいたのは事実なんです。私達が貴方に従うのは当然ではないでしょうか?」
そうだ……レア達がヘーゼルバーン伯の追跡部隊に追われていた時、それを俺がふんじゃぶしたのが、この世界での俺のファースト・インパクトだった。
「そうだにゃあ、私達も別にナオタキ様自身にはなんの恨みもないです。逆に感謝するところはありますけどね」
ペロネールズが言うと、獣人族もダークエルフ同様、俺に対し好意的な態度を見せてくれた。
「あ、ただ、それなら」
獣人族のプルトニーが言った。獣人班のNo.2でペロネールズの補佐役ポジションだ。
「ナオタキ様の事をナオ様って呼んでもよろしいでしょうか?」
結構フランクな口調で言ってきた。うん、こっちの方が俺も落ち着く。
「別に大丈夫だよ。ダークエルフや翼人族もそう呼んで構わないよ」
「あ、いえ、それは畏れ多いです」
そう言ったのは、翼人族のリーダーであるボウモアだった。
「そう? 俺としては“様”をつけられるのも恥ずかしいくらいなんだけどなぁ」
苦笑しながらそんなんことをいう。
レアは以前にもちょっと説明したけど、ダークエルフの中ではフレンドリーな性格をしている。俺がアイデアを出したり脳内記録を使ったりすると、それを積極的に受け入れで協力してくれるし、態度も明るい。最初のうちはレアの性格にだいぶ救われた。
まぁ、ダークエルフ全般的に、エルフ種としてのお堅いイメージとも、ダークエルフに対する前世の記憶から来るイメージともちょっと異なる。とは言え、基本は真面目な者が多い。
獣人族は全般的にフランク・フレンドリーなイメージで、敬語こそ使ってくるものの基本的に気安く話しかけてくる。俺としても別に不快なわけではなく、むしろ他種族より付き合いやすい感じだ。
で、そのリーダー格のペロネールズはその中でも特に来やすい感じはするものの、俺としては今まで“神の御使い”として、意識して一線を引かれてたほうが寂しかった。
プルトニーは逆に獣人族の中では割と真面目さんだったけど、ダークエルフや翼人族に比べるとやっぱり気安く話せる。
ちなみに、時折語尾に「にゃあ」とつくのは、獣人族の女性共通のものらしい。プルトニーでもたまにやる。
一番の堅物が翼人族で、リーダーのボウモアを始め、俺を“神の御使い”として崇めるような態度が多い。俺としては、他の種族と馴染んでくれるのも含めてもう少し柔らかくなってくれたらなぁと思う。
ただ、ボウモアは早い時期から防具と武器を要求してきた。採取のための探索活動ついでに、周囲の警備にあたってくれようとしたらしい。
武器は柄の部分を木製とした槍を新しく作り、防具も獣革や木材で作ったものに、胸や翼の付け根など重要部分だけを金属で防御するものを、ダークエルフに製作してもらった。
エルフ種の木材加工技術だけあって、下手な金属より頑丈なのだが、やはり金属、分けても鉄の不足の解消はなんとかしたいものだ。実は獣人族は脱走するときに鉄製品を持ち出していたり、ヘーゼルバーン兵を返り討ちにしたりして金気のものを確保していたりしたのだが、まだ全然足りない。
閑話休題。
「元々このあたりは、農耕に向かない不毛の地として誰の領地にもなっていないでしょ、しかも、北方山脈を越えると国境と来てる」
以前にもレアに言われたことだったが、今回言い出したのはペロネールズだ。やや東のノルト山の鉄鉱山だけはヘーゼルバーン伯爵の所有だが、別に領地というわけではない。
「だったら、もしここを開墾してうまく発展させることができたら、王家に直訴して、ナオ様がここの領主になってしまったらいいと思うんですよ」
「領主!? 俺が!?」
ペロネールズの提案に、俺は思わず驚いてしまった。
「そう、そうすれば私達はナオ様の領民って言うことになって、ヘーゼルバーン伯爵も手出しができなくなるでしょ?」
「なるほど、それはいい考えですね!」
最初に乗ってきたのはレアだ。が、翼人族の態度も満更でもなさそうだ。
「でも、そのヘーゼルバーン伯爵をいいようにさせているのがこの国の王族だろ? そんなにすんなり行くかなぁ」
俺はそう言って、腕を組んで考え込んでしまった。
そうすると、今度はボウモアが提案してきた。
「先ほどペロネールズさんがおっしゃった通り、このすぐ北方は国境なんです」
「! そうか!」
この国の王が認めなければ、北側の国と交渉するぞと脅せばいい。
脅迫は褒められた行為じゃないと思うけど、最後の手段として考えてもいいだろう。別に俺はこの国の王族にはなんの義理もないわけだし。それでもこの国が動かなければ本当に交渉したっていい。
なんか話のスケールがだいぶでかくなってきたが、先行きが見えてきたのはいいことだ。
翌日。
「ナオタキ様、ご覧に入れたいものがあります!」
本格的な畑の開墾が始まったその日、どこかはしゃいだようにそう言って俺のもとに来たのは、意外にもボウモアだった。
案内された場所に行くと、そこには小さな木の苗がずらりと並んでいた。
「これは?」
「エルフ種がアルトロ豆と呼んでいるこのあたりの低木から、すでに実をつけるようになっていた木の枝を採取して、ダークエルフに苗にしてもらったものです」
ボウモアは、ドヤ顔でそう言った。
「アルトロ豆?」
「豆とは名前がついてますが、それは他所の豆の種の近似種だからで、アルトロ自体は実際にはこぶし大の身をつけます。果肉は食用可能でそこそこの味ですが、果肉自体は余り肉厚じゃありません」
「え、じゃあ、なんでわざわざ……」
「大きめの種から、油を搾ることができます」
「!」
なるほど、そういうことか。
「ありがたい、早く油を取りたかったんだ」
俺は、心が弾むのを抑えきれずにそう言った。
「そう言うと思いまして、ダークエルフに植物の促成の魔法をかけてもらいました!」
それをやったのはダークエルフだろうに、なぜボウモアがドヤ顔をしている?
「2週間から3週間ぐらいで最初の収穫ができると思います」
と、背後から声をかけられて、振り返ると、そこにダークエルフがいた。エドラという、風車完成前は農耕具制作班のチームリーダーをしていたダークエルフだ。レアやプリマスに比べると、少しおっとりした雰囲気をしている。
「そこまでやると、木の寿命が短くなってしまいますし、それでなくても挿し木苗ですから、あまりやらない方がいいんですけどね」
エドラがそう言うと、さっきまでドヤ顔をしていたボウモアが、見た目にしょぼくれてうなだれていた。
「とにかくありがたいよ、早く植え付けたいな。有難う、エドラ、それにボウモアも! これでかなり助かる!」
俺がそう言うと、
「いえいえ、お役に建てたようでなによりです!」
と、ボウモアは一瞬で立ち直って、俺の両手まで握って来た。
畑の開墾は意外に早く進んだ。ダークエルフ達が木材を得るために木を採取してしまった空間があったために、そこを耕すことができたからだ。
ダークエルフたちはエルフ種の魔法で木の根を痩せさせ、切り株を残さずに木材にしたため、そのまま平地になっていた。
と、これを使えばイビルソルトグラスも簡単に採取できたんじゃないの? と思われるかもしれないが、それだと、肝心の塩をためている根を痩せさせてしまうので意味がない。
というわけで、今回こそレア達ダークエルフの面目躍如だった。
まず、風車が汲み上げた水を最初は、岸壁に近い場所に溜池を作って、岸壁側を崩れないよう石材加工の魔法で固めてそこだけにためていたのだが、予想より早く畑ができそうだったので、区画ごとに小さな堀を作り、そこに樋を延長してきて、そこにも水が貯まるようにした。
そしていよいよ……作付けだ!