Chapter-03
神様からの“詫び特典”でエンジンの脳内記録を選んでしまい、思いっきり後悔していた俺だが、どうやら熱機関だけではなく、原動機と称されるものの全般のそれを得たらしい事に気がついた。
つまり。水車や風車も原動機の一種として、脳内記録の中に含まれていた。
そこで俺は、レアたちに揚水用の風車を作ってもらうことにした。
なぜ風車にしたのか?
まず第一に、このあたりは『魔の風』という極端に乾いた風が常に吹く気候だからだ。この乾いた強い風のせいで、すばやく深く根を張ることに特化したこのあたり特有の植物以外は育ちにくいのだが、風車を使うにはもってこいの風だ。
もう一つ、揚程がそこそこ大きいので、水車で揚水しようとするとかなり巨大な水車を造ることになる。
ある程度までの大きさなら、ダークエルフの木材加工の技術と魔法を使えば、はめ込みだけでも作れないことはないだろうが、大きなものになると、金属の釘や留め具が使えない現状、短期間で分解する可能性が高い。
それは風車でも同じだが、巨大な水車だと、持って数時間、ということもありうる。
いずれ作り直すにしても、今はとりあえず木製の風車で凌ぐことにした。
決して、水車を異世界に持ち込んだ話を、前世で読んだ覚えがあるからとかじゃないぞ、うん……多分。
……が、ここである重大なことに気がついた。
俺の脳内記録は、あくまで原動機に関するものだけなのだ。
つまり、肝心のポンプの知識がないのだ。
結局、それについては、直感で造ることにした。
まず、根本が逆漏斗型になっている揚水塔を木材で作る。
次に、逆漏斗形の先の広がっている部分に、プロペラ型のスクリューを何枚か重ねたものを設置して、これを風車で回す。所謂タービンポンプだ。
ここで問題になるのが、風車の回転の方向を垂直に変える歯車だ。木材しかない現状、木製の輪に棒が生えたような、原始的なやつでひとまず我慢するしかないと思っていたのだが、基本的な構造をレアたちに伝えると、木材で見事な傘歯車を作って見せてくれた。
エルフ種すげぇ。
「っていうか、これじゃどっちが神の御使いなんだか、ホントにわからないな」
農耕具づくりの方を手伝っていた俺は、「できました!」とドヤ顔でベベルギアを持ってきたレアに、思わずそう言った。
「そんな事はありません。私達では、まさか『魔の風』をこんなふうに利用することができるなんて、思いも付きませんでしたでしょうから」
レアは、ほとんどお世辞ではない様子でそう言ってくれた。
そう言えば、かのエジソンも、「発明とは、99%の努力と1%のひらめきだ」って言ってたな。
あれ、日本じゃ「努力しないと成功しないよ」って意味が重視されてるけど、同時に、「1%のひらめきができないと99%の努力も無駄だよ」って意味も含まれてるんだよね。
なるほど、そういう意味ではたしかに、俺がもたらしたのは“神の叡智”か。
さて、ダークエルフのイメージ通り、レア達の一行には肉感的で魅力的な肢体の女性が多い。
バストなんかFカップが最低限なんじゃないかって思うくらいだ。
が、そんな中にあって何故かレアのバストだけは少し控えめだ。
決して貧乳ってわけではない……俺の感覚ではだけど。Cカップはある……と思うし、全体的に見れば、別に幼児体型ってわけではない。ただ、身長も一行で一番低い。
「わっ、私は発展途上なだけです! これからですこれから!」
その事を指摘したら、レアは顔を赤くしながら、そう言ってプンスカし始めた。
けど、その前に、本人が、レアは301歳で、一行の中じゃ一番の年上で、それでリーダーを努めてるって言ってたんだよね。
エルフ種の寿命は1000歳くらいって言うから、人間に換算すると30歳くらいってことだろ? もう成長は望めないんじゃないの?
……って、本人に実際に言ってしまった。
そうしたら真っ赤になったすっごい顔で睨まれた。本当ならボコボコにしたいところだが、相手が“神の御使い”なので、我慢していると言った様子だ。
ボコボコにされたほうが、気が楽だったかもしれない。暫くの間むくれっぱなしのレアの態度、他のダークエルフはヒソヒソ話をして笑ってるわ、まぁ数日の間居心地が悪かった。
その状況が変わったのは、スカウト班が、山の中で狩猟生活をしていた、脱走奴隷を連れ帰ってきてくれたからだ。
ダークエルフを連れ帰ってくるのかと思いきや、連れ帰ってきたのは獣人族と、翼人族の数人の、女性の集団だった。
獣人族はその名の通り、イヌ科だかネコ科だかっぽい耳が生えている人間と言った感じ。髪の毛はボリューミーな者が多いが、体毛が生えているとか、特別毛深いとかいうわけではないようだ。
翼人族は、背中に翼が生えている種族だが、腕にも羽根が生えている。天使とかセイレーンのイメージと、ハーピーのそれとを足して1.5くらいで割った感じ。
実際には背中の翼ではあまり羽ばたけず、思い通りに飛翔するには腕の羽根をどれだけ器用に使えるかによるらしい。動力付グライダーみたいな感じか。
獣人族は肉体、特に手足が頑丈で、別に爪が鋭いとか、獣っぽい形をしているとかいうわけでもないのに、素手で畑を耕してしまうほどだった。おかげで、ジャガイモの中で早々に植え付けたほうが良さそうな個体を植え付ける畑ができた。
ちなみに肥料だが、これは意外にも困らなかった。土地自体は痩せていないのだ。この地に特化した樹木が生えているから、その根本を掘り返せば腐葉土がいくらでも手に入った。ジャガイモなら、これで充分だ。やりすぎるとダメなぐらいだからな。
しかし困った、ジャガイモは比較的短期間で子芋をつけて収穫できるが、それでも3ヶ月ぐらいかかる。最初はダークエルフ十数人だったから、20kgもの種芋から採れる芋だけで、充分カロリーを確保できると思っていた。
しかし、この調子で住民が増えると、そうも行かなくなってくる。
…………待てよ、一応、食用に足る植物が採れるんだよな、この森。
「レア、この森に生えている草で、食べられる実をつけるものの種を回収できないかな」
「この森の植物で、ですか」
俺がレアに聞くと、少しの間考えていたものの、
「人間が食べるには、味にクセがあるものが多いですが、栽培できそうなものはいくらかありそうですね」
と、答えてくれた。
「それじゃあ、そう言ったものの種を集めて、そういう植物の畑も造るんだ」
俺がそう提案すると、
「え、どうしてですか?」
と、レアは不思議そうに聞き返してくる。
「今のペースでメンバーが増えると、俺が持ってきた紫芋の種芋だけじゃ、足りなくなるかもしれない。それに、育つのに3ヶ月はかかる」
「なるほど、それでは、数週間で採取が可能なものか、繰り返し採れるものがいいわけですね」
「そうだね。なんとかなりそう?」
「はい。私達だけでは時間がかかったでしょうが、翼人族が加わってくれましたので」
そうか、空を飛べる彼女らなら、探索範囲をかなり広げることができる。
俺は心強さを感じた。それと同時に、あることを思いついた。
「それじゃあ、油が取れるものも挙げてくれないかな」
「油、ですか」
そう、焼玉エンジンだ。
本来の燃料は灯油、軽油、重油など、揮発性の高くない石油系燃料だが、一般的なガソリンエンジンやディーゼルエンジンと違って、植物油でもカロリーがあれば動く。
「こっちはできれば、多年草か、成長の早い樹木がいいな」
「わかりました。それでは私達で検討して、探してもらいましょう」
よし、なかなかに順調だ。当面の問題は────
風車ポンプが、うまく動いてくれるか、だ。