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Chapter-34

「いやぁ……それは、難しいんじゃないか?」

「どうしてだよ、エンジン使って撹拌するのなんて簡単だろ?」

「樽の高さを考えろよ」

「あっ……」

 ひとまずは用意できるだけ、ということでキャメリアが使う酒樽の1/4ほどのサイズだが、それでもペンデリンたちの背丈ほどにはなる。

「それより高い場所にエンジン据え付ける櫓組んでエンジンおいて……ってだけでも、結構な騒ぎになっちまうぜ?」

「確かに……」

 それは考えてなかったな……

「それに、回転方向を変えるのに傘歯車(ベベルギア)使うとして、食いもんだから潤滑脂(グリス)のシーリングも重要になるってことだろ? オレでも組み立てた最初のうちはよくてもずっとその状態を維持しろって言ったら結構難しいぜ? そのたんびにエンジン降ろしたり載せたりすれば可能っちゃ可能だけど、結構な騒ぎになるし」

 だったら最初から人力を使え……って話になっちまうのか。

「うまく、行かないようですかね」

「すみません、妙案だと思ったんですが……」

 俺達の会話を、理解出来ないまでも、ペンデリンが俺に対して困難だと説明していることは、グラッパさんにも理解できてしまったらしい。

「ふっふっふ」

 と、そこへ割って入ってくる、不敵な声。

「なにか忘れちゃいませんですかにゃ」

 ペロネールズが、何故か思いっきりドヤ顔をして、腰に手を当てたポーズで言う。

「そうか! 電気モーターならエンジン()()()遥かに軽いし、軸が水平である必要もないのか!」

 ペンデリンが、はっと思いついたように言った。

「そうだにゃ。移動式のハンガーかなんかに吊っておいて、使うときだけ樽の上に移動させればいいんだよ」

「それなら、分解整備するときに油こぼす心配もないな!」

「そうそう」

 うーん。

 最初は神様仏様、ペンデリン様焼玉エンジン様ってなディーゼルパンクな世界になりかけてたのに、最近は電気様バンザイのエレクトリックパンクな世界に片足つっこみかけてるぞ……

 とはいえ、発電の動力源は今のところ、焼玉エンジンしかないわけなんだが。

 風車も使えるっちゃ使えるが、半導体も真空管もないから、一定の交流100V/30Hzを得ようとしたら、いったん直流で発電してバッテリーに充電しておいて、その後電動発電機(MG)で変換するしかない。それこそどれだけ効率悪いのよ、って話だ。もっともカーバッテリーなんかに使われてる鉛蓄電池なら、材料さえあればペンデリンかペロネールズが作れちまうだろうな。

 ただ、できれば鉛と水銀はできるだけ使いたくないんだよな~。公害になるってわかってるからな。

 ここで小規模に使う分ならまだしも、王都や他の領地にも出ていく可能性を考えるとやっぱり……って思う。

 そう言えば、中世ヨーロッパでは水銀が万能薬だと信じられてたって言うけど、ノルアルトではどうなんだろう。気になるな。後で調べて、乱用されているようなら陛下に進言するか。

 ────閑話休題。

「うまく、行きそうですかな?」

「急ぎではないんだよな?」

 と、聞き返した声はペンデリン。

「……ええ、もちろん」

 グラッパさんは答えた。この前は塩で漬け込むと言ったけど、実際には最初に大豆と麦だけで発酵させる期間が必要なはずだ。

「それなら暇を見つけて図面を引いてみるよ。それでいいよな、ペロネールズ?」

「うん、お任せくださいです」

 笑顔のペンデリンが同意を求めると、ペロネールズが胸を張るようにした答えた。

「こちらの娘はデミ・ドワーフですか?」

「あれっ、デミ・ドワーフを見るのは初めて?」

 グラッパさんは俺に問いかけたが、反射的にペンデリンが声を出した。

「ええ、ドワーフの集落は私らの近所に……ありましたが」

 過去形、なんだよな。それがあるからか、グラッパさんは少し言い澱んだ。

「ああ、だいぶ見た目違うからねー」

 ペンデリンは気にした様子もなく、そう言った。

「改めて紹介します。こっちが、このシモス領の機械工作班長のペンデリン。で、獣人族の方が、農耕班長のペロネールズです」

「ほう……」

 紹介されて、ペンデリンは鼻の下を指でこすり、ペロネールズは満面の笑みを浮かべた。

「ペンデリンは鉄とエンジンのエキスパート、私が言うのもなんですがこれ以上の人材はいないでしょう。ペロネールズは農耕の他に、電気……雷の力を利用可能にしたものですが……そちらに関しても精通しています」

「電気、というと、昨夜紹介された“アーク灯”や“電気コタツ”などがそれですな」

 グラッパさんは、感心したようにペンデリンとペロネールズを見つつ、言った。

「はい、アーク灯はナオ様の知恵を元にペンデリンと協力して作りました。電気を起こす発電機は私がつくり、それを動かすエンジンはペンデリンがつくっています」

「コタツやトイレのヒーターの電気発熱体もこいつの仕事だぜ」

 ペロネールズの言葉に、ペンデリンが付け加えるように言った。

「やはりこの領地は特別ということですかな?」

 グラッパさんが、恐る恐る、といった感じで、俺を見た。

 言いたいことはなんとなく解ってしまった。

「はい。かなりノルアルトの中でも我が領は特殊です。……ただ」

「ただ?」

「ノルアルトでは人間以外の種族でも貴族に取り立てることがあるくらい、種族間の垣根は低いです。私の知り合いに天翼族で准男爵となった者もいます」

「なるほど……それで、ジュピリーも騎士爵に」

 あ、そうだった。

「ジュピリー・アルトパロマはドラゴン退治の戦功から、1代限りの爵位を与えられました」

「ドラゴン退治ですと!?」

 グラッパさんが仰天して目を白黒させる。

 ありゃ、ジュピリー、このことを伝えてなかったのかよ。

「はい。この地に現れた下位種のドラゴンを、ここにいる皆で協力して退治しました。特にジュピリーはドラゴンにとどめを刺すという戦功を上げています」

 実際にはプルトニーと共同でだが、少なくともウソじゃない。

「そ、そうだったのですか、あのジュピリーが……いやしかし、元ソプラント人がノルアルトで貴族に取り上げられたとなると、それくらいのことはしたからでしょうな」

 絶句しかけていたグラッパさんだが、途中で納得したようにそうつぶやいた。

「話を戻しますが」

 俺はそう言って、説明を続ける。

「ノルアルトに奴隷階級がないわけではありません。しかし、種族によってそれを決めつける慣習はないのです」

「どうも……娘の手紙にも書いてありました。ソプラントで言われている様とはかなり違う、ノルアルトは威厳ある女王の下、気のいい貴族の統治で豊かなところだと……」

 かなりカルチャーショックだろうな。

 実際のところ、この領地に住んでいる者のほとんどがソプラント出身なんだよね。例外は元グランマリア隊、現ルッカ・アーデナム隊。彼女らはノルアルトの正規軍としてこの地に駐留している身分だから、当然ノルアルト出身者。

 でも、人間社会で教育を受けているか否かでは……かなり違うだろう。実際、今まででは、ペンデリンやペロネールズ達よりも、ジュピリーが最もカルチャーショックを受けていた。逆に長命で、もともと見識の広いレアやカンノコ達なんかは、あまりショックを受けてない。

 王都だけが豊かという可能性もあったが、トゥートゥーン伯爵達領主連中の話を聞いたり、グランマリア領を見たりしてる限りじゃ、地方は地方でそれなりに上手くやってる。

「昨日入浴したときも、地方領にしてはやけに上質な石鹸がおいてあったので、驚いておりました」

 グラッパさんが言う。そうか、それもあったか。

「ソプラントで石鹸と言えば、大方は匂いのきついものだったのですが、ノルアルトでは高級品の石鹸が地方にも置かれているのかと……」

 低質な、本当に最低限の加工をしただけの原始的な石鹸。実物を見せてもらったけど、クセのある匂いがある。ノルアルトでは奴隷階級が使うために廉価版として流通しているものだ。普及版の価格レンジだと、もう香料が入ってる。

「マデレーヌ陛下は、国内の衛生の向上に特に腐心されているのです」

「ううん、それで庶民の生活まで改善されているというわけですか……」

 グラッパさんは複雑そうな顔をする。たしかに、“犬公家”状態の今のソプラントじゃ、庶民生活の水準の向上なんて気にもかけてないだろうな。

「いずれ、一度王都にもご案内しましょう」

 ひょっとしたら陛下に謁見できるかもしれないしな。爵位を持つ当人の親族なんだから、それぐらいはあり得るだろう。それに、()()陛下だし。

「どうも、本当にお世話になります」

「いいえ、こちらこそ、我が領に来ていただいて、本当に感謝しております」

 だって、醤油つくってくれるんだもん。

 トゥートゥーン伯爵あたり巻き込んで、いずれは大量生産を……

「ナオはさ、“ソル・アル”の造り手を本当に探してたんだよ」

 こら、ペンデリン、いくら嫁でも俺の心を読むな。

「そこまで歓迎していただけると、造り手として冥利に尽きますな」

 あれっ、印象は悪くない模様?

 ……ってまぁ、それはそれで、確かにありっちゃありか。


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