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Chapter-33

 グラッパさんが小口の樽に入れて持ってきてくれた、この世界製醤油の味を試す。

 焼き魚に垂らして、口の中に運ぶ。

 ただの塩とは違う、芳醇なしょっぱさ。

「旨いぃ」

 色が日本の醤油より少し薄い気がしたけど、味はまさしく醤油。

 こちらの世界では“ソル・アル”と呼ばれているらしい。

 ああ、後はこれで米の飯があったらなぁ……

 米に関しては、キャメリアの酒麹仕入れで、地球のジャポニカ種に近い米があることが判明! したんだけど……

 所謂、陸稲(おかぼ)なんだよね……

 陸稲ってのは、水田ではなく畑で栽培した米のこと。

 日本じゃ味が落ちると言われている。

 多少は仕入れたものの、やっぱり炊いて食べるにはなんかクセがある感じがして、それっきり。

 でも、せっかく醤油が来たんだし、また仕入れるかな……

 それともいっそここで栽培するか。

 しかしイネって元々南方が原産だから寒さに弱いはずなんだよな。ここの気候で育ってくれるかどうか。

 と言っても、地理的にはここより北方に位置するノルアルトに米が存在しているわけだから、寒冷地に強い種も存在しているかもしれない。

 人工交配による品種改良は、中世ヨーロッパじゃどうだったかわからないが、日本じゃ江戸時代に入った頃にはもう始まってたはずだ。

 陛下やトゥートゥーン伯爵に相談してみるか……


「確かに、同じ立場にあるという意識はありませんでしたね……」

 醤油──“ソル・アル”の仕込みの準備をしながら、グラッパさんが俺の問いかけに答える。

「ただ、こっちとしても別に人里に害を及ぼすようでなければという感じでした」

「害意はなかったと?」

「おそらく、男爵閣下が仰られているのはヘーゼルバーン伯爵の奴隷狩りのことでしょう?」

「お気づきでしたか」

 俺が言うと、グラッパさんはため息をついた。

「正直アレには参っとるソプラントの人間も多いと思います。王様が全く黙認なのをいいことに、自分の領地の外にまで奴隷狩りの場を広げていましたから」

「そうだったのですか……」

「実際、私達の住んでいたスプリングバンク男爵領に踏み込んできたことも、一度や二度ではありませんでしたから。特に最近はひどかった。正直、ジュピリーがノルアルトの貴族になったっていうのは渡りに船のところもあったのです」

「最近は、特に……?」

「いくら我々がソプラントで育った人間と言っても、ドワーフの子供が泣き叫ぶのを容赦なく斬り捨てる様をまざまざと見せつけられて、平然としていられますか」

 グラッパさんはそう言うが、ソプラント人の価値観なら平気な者も多いのかもしれない。だがグラッパさんは孫が混血児だ。単純なものの見方はできないだろう。

「では、本当に我が領に定住なさるおつもりで?」

「ええ、ジュピリーが“ソル・アル”を造ることができる技術があれば絶対に優遇されるからと。それに川漁も得意ですし。こちらの王様が認めてくれるならと」

 人が故郷を捨てる決断をするなんて尋常なことじゃないぞ。

 特に最近は酷い、とはおそらくノルト鉄鉱山の爆発事故が原因だろう。あれで大量の労働力を失ったからな。

「しかし……失礼ですが、ソプラント王はそんなにも昏い方なのですか?」

 ソプラント王、グレン・トバモリー・キャメロンブリッジ。俺は名前ぐらいしか知らない。ジュピリーに詳しく聞き出そうとしたこともなかった。

「若い頃は聡明なお方でした……しかし、お歳を召されるに連れてだんだんとヘーゼルバーン伯の言いなりになるようになってきてしまい、それからは……」

 そう言って、グラッパさんは首を横に振った。

 要するに、“犬公家”状態ってことか。

 それじゃ国民の士気も下がるわな。

 ヘーゼルバーン伯は薄々、自分が悪政を敷いていると気付いているんだろう、だからノルアルトに俺達の件で全面戦争を仄めかされて焦ったんだ。

『ノルアルトがなんで怒ってんのかわからないけど今は怒りを鎮める方向に向かうしかない』

 ソプラントの指導層の考え方はこんなところか。

 もっとも、ノルアルトを軍事優先で民衆から搾取してる国、なんて教え込んでいる手前、これじゃ民心はどんどん離れていくだろう。

 つまり戦争の心配なんぞまずない。勝手に自滅する状態に陥ってるからな。

 ノルアルトは逆に、現王は民衆に慕われているし、女王も領主もノブレス・オブ・リージュを地で行く人が多いから国は発展している。そこへ持ってきて俺達の登場だ。

 風車の技術はすでに伝えた。エンジンや電気はまだ時期尚早だが、金属器は青銅から鋼へと代わる第一歩をすでに踏み出している。

 鋼の加工はドワーフ種やエルフ種が必要だが、特定の種を蔑視する慣習がないから報酬を払って雇うことになる。

 これじゃ戦争にならない。軍事力を支えるバックボーンの差が違いすぎる。

 ただ、一か八かの逆転に打って出る可能性だけは捨てちゃならないけどな。


「エンジンかけるよー」

「はいよー」

 ふと声のした方を見ると、ペンデリンとペロネールズ、シモス領の頭脳という名のイタズラ娘コンビがポンプ用のエンジンを始動させようとしている。

「はっ」

 ミーツ式の小型2気筒エンジンのクランクを軽く2・3回、勢いをつけるようにして回すと、バスンバスンと音を立てて回り始める。それをペロネールズがちょいちょい、とガバナーを調整して、ポンポン……と軽快な音を建てて回るようにしてしまう。

「何をやってるんだ?」

 俺が聞くと、

「あのね! 発電用エンジンの温水で、酪農場予定地の雪を溶かせないかって話になって、やってみようってことになったの」

 嫁にしてから、ペロネールズも砕けた口調で俺と話すようになった。

「なるほど、消雪装置か」

「ナオ様は知ってたのかにゃ?」

「ああ、俺の世界でも雪が多い地域ではよく使われてた」

「なんだ、それなら早く言ってくれればよかったのに」

「すっかり忘れてたんだよ。コタツで脳味噌やられちゃって」

「むっ、それは私のせいだと言いたいんですかにゃ」

 だいたいそのとおり。

「おーい、ペロネールズ、まだエンジンダメなのかー?」

 消雪用に仮設しただろう散水パイプの具合を見ながら、ペンデリンが言う。

「お前と違ってオレは寒いのあんまり強くないんだから……」

「ごめんごめん」

 本当は、コタツの魔力に取り憑かれているペンデリンが、不満げに言う。

 すでにポンプ用エンジンの冷却水ポンプは回っている。

「ちょうどいい塩梅だにゃ……」

 ペロネールズはそう言いながら、焼玉を炙っていたトーチの炎を消しつつ、

「じゃ、行くよー」

「おうよ」

 ペロネールズがクラッチを繋ぐと、発電用のエンジンから回収してきただろう温水が入ったタンクから、ポンプに吸い上げられて、散水パイプから酪農予定地に向かって撒かれる。

 それほどの熱湯ではないが、気温が低い中で、雪の上に撒かれるために派手な湯気を上げた。

 最初は暖簾に腕押し……にも見えたが、徐々に雪が溶けて、地表が露わになっていく。

「おお」

 かと思った矢先、台車の上のタンクが空になってしまい、ポンプが空回りを始めた。ペロネールズが慌ててクラッチを切る。

「やっぱり失敗か……」

「トホホ……でもナオ様のところにはあるって言ってたんだけど、今……」

 ペンデリンの物言いに、ペロネールズはトホホ……といった顔つきになって、そう言う。

「うーん、俺の元の世界だと、温泉とかを使ってたのかなぁ」

「あ、やっぱりそう言う感じだったのか」

 ペンデリンが、ほら見たことか、と言う表情でそういった。

「まぁまぁ、ペロネールズの着想は悪くないと思うぞ」

「まぁ、オレも話に乗ったわけだし……」

 ペンデリンは言いすぎたかな、というような様子になった。

「失礼」

 と、アイドリング状態のエンジンの前にやってきたグラッパさんが、俺達に声をかけてくる。

「これが……ジュピリーの言っていた力の機械ですかな?」

「焼玉エンジンです。油を燃やしてそれを力に変えます」

「ほうほう」

 グラッパさんは、興味深そうにエンジンを見ている。

「これを仕込み樽をかき混ぜるのに使えれば、だいぶ苦労がなくなりますなぁ」

 あ、そうか。

 醤油の仕込みの段階では、発酵した大豆・小麦と塩を合流させた後、何度も撹拌を繰り返しながら発酵させる。

 それがまた結構な力仕事だったはずだ。

「そう言うことであれば……ペンデリン、なんとかならないか?」

 と、俺は愛しの妻にしてこの世界の天才技術者たるペンデリンに振ってみたが、ペンデリンは、苦い顔をしていた。

「いやぁ……それは、難しいんじゃないか?」


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