Chapter-25
「留め具、外しますよー」
「おうよー」
翼人族のモーアが、合図をしてから、風車の留め具を外した。
「おおっ」
観衆のどよめきとともに、ゆっくりと風車が回りだす。
王都に最初に立てられた風車塔が稼働を始めた瞬間だ。
こっちでは、往復形ポンプを使ってる。
ペンデリンは乗り気じゃなかったが、俺達の領地ほど常に強い風が期待できない以上、こっちの方が確実なんだよね。
で、ポンプが何を汲み上げてるのかって言うと、実は、下水。
下水道そのものっていうのは、結構古くからあって、中世どころか古代にはあったんじゃないかな。
ただ、その下水道っていうのは、あくまで下水を排水するためのもので、処理施設ができたのは、本来なら産業革命が起きてから。
でも、俺達は陛下の要望で、王都にまず下水処理施設を作ることになった。
ノルアルト王都アルリカルトにも、やっぱり下水道自体はあった。
でも、流した下水は、結局低所に溜まって、自然分解を待つだけなんだよね。
当然、その周辺の地価は下がって、スラム街と化し、治安は悪くなるし、風紀は乱れるし、衛生上も良くない。
実際、風俗街と化していた。それも、あまりタチのよろしくない。
その一部を王令で撤去させてまで、マデレーヌ陛下は下水処理施設を作るように命じてきた。
マッキントッシュ村では川が作る浅い谷の落差が使えたけど、王都ではそうも行かない。
でも、焼玉エンジンを持ってきても恒常的に燃油を供給できない。
「直接エンジンを設置できないなら、電気にしてここから送るにゃあ!」
とかペロネールズが言い出したけど、流石にまだ早すぎると却下。交流だからやろうと思えばできないこともなさそうだけどね、特高圧送電。単相だから電線も1本でいいし。
というわけで、王都初の下水処理施設の動力は、必然的に風車。
まず、下水貯水池に流れ込んでくる汚水を、エルフ種が防腐処理した木の網で大雑把に濾す。
それを風車で汲み上げて、櫓の上の木製の大きな水槽に上げる。
これは結構大きいものになった。風車がウチらのとこほど、常に安定して動いてくれるとは限らなかったから。
そこからはウチらのとこと同じ。木樋で薪の灰ガラを詰めた浄化槽に散水する。最後に砂と砕石の濾過槽を通って、放流。
ホントは最後に薬物なり光学なりで殺菌ができればいいんだけど、そこまでは行ってない。
「これはなかなか面白い仕掛けだねぇ」
そう言ったのは、娼館街のリーダー格だったっていう、グレンロセスって言う女性。
風車のポンプが汲み上げた水が、樋を通って浄化槽に散水されるのを、興味深そうに見てた。
他に、マフィアみたいな、この街の元締め達がいたんだけど、娼館街の一部を取り壊すってんで抵抗して、
「余の王都で主を振る舞うものなど許さぬ、ましてそれが民のための事業を妨害するとなれば尚更だ!!」
とまぁ、逆に激昂したマデレーヌ陛下の命で軍に制圧されて、組織は壊滅、本人達は、運が良くてブタ箱行き。悪けりゃ……言うまでもないね。
うーん、素敵に専制君主制ですな。
さて、浄化槽はマッキントッシュ村でもここでも、臭いを抑えるために屋根が付いてる。と言っても、完全な壁まではないんだけど。空気が入らないと、生物濾過が進まないし。
だから薄暗いけど、光は差し込んでいて、視界が効かないわけじゃない。
「でも、こんなのでホントに水が綺麗になるのかい?」
「最初は少し時間がかかりますが、安定してくれば、確実に」
実際には少し処理能力が不足気味な気がするけど、ないよりはかなりマシだ。それに、この第1号の設計を元にして、今後は王都の大工や医師・薬師を集めて、第2・第3の処理施設も造られる。
しかも、この世界が中世ヨーロッパと違う点として、石鹸の普及率が高いんだよな。
石鹸自体は古代からあるんだけど、工業的な大量生産が始まるまでは高級品だったはず。それが、この世界では植物油が豊富に取れるおかげで、都市部の庶民どころか奴隷階級でも石鹸を使うのは当たり前、トゥートゥーン伯爵の話だと結構な地方農村まで石鹸が流通してる。
あ、ちなみに伯爵見に来てるぞー。自領にも処理場を作りたいそうだ。今ここにいないだけで。
……で、都市で石鹸を大量消費すると、当然の結果として有機廃水の問題になる。それも全部、今まではここに押し付けられてたってわけだ。
「それなら有り難いねぇ」
グレンロセスさんが笑顔で言うその言葉に、俺はちょっと驚いた。
「娼館街が半分になってしまったのにですか?」
「建物なんざ、また建てればいいよ」
そりゃま、確かに。
「今までは不潔すぎて、人がバタバタ死ぬことがよくあったからねぇ、教会の連中は神に背く連中の自業自得だなんて言ってたけど、今の女王になってから石灰をまいたり砂に水を吸わせたり、いろいろやってたのさ」
「そうだったんですか」
驚いた。技術に造詣のある人だと思ってたが、伝染病を概念的にとはいえ捉えていたとは。
「うちらの客って、ほら、そういう人たちも多いからねぇ」
貴族とか官僚か。ま、そうだろうな。
「だからうちらとしても、疫病なんかが流行らない環境になってくれれば、逆に商売のためになるんだよ」
……ここの文明レベルだと風俗ってのは下劣な商売だ。だから下位に見られていたし、奴隷に近い階級の仕事だった。でも、本当なら一番衛生に気を払う必要のある分野だ。
それを、あの女王は見抜いてたのか。凄いな。
目立つ設備より、真っ先に下水処理施設の建設を選んだ時点で、かなり達観した人だなとは思ってたけど……
後で知った話だけど、植物油による石鹸の大量生産に手を付けたのも陛下だった。と言っても、それ自体は前より強化した、程度だったけど。
一方の我がマッキントッシュ村。
“力の館”こと発電エンジン小屋の配電盤に、あるものが取り付けられた。
そのあるものとは……
漏電遮断器。
マジかよ。20世紀も後半の発明品だぞ。
その分動作機構はひどく原始的なものらしいが、多分原理は同じなんだと思う。
「これでもっと安心して電気が使えるよ」
鉄とエンジンに関してはペンデリンが天才だと思ってたけど、電気におけるペロネールズはそれ以上の気がしてきた。
まぁ、きっかけをつくったのは例によって俺らしいんだが。
「雨季に電気は欲しいが、少し不安もあるな」
「なんで?」
「雨は電気を通すんだよ。だから、電気が漏れ出す事故になりうるんだ」
というわけで、例によってペンデリンやピーテッドと協力してつくってしまったらしい。
これからはペロネールズの前では迂闊な発言をしないほうがいいのかも知れない。特にテレビとかラジオとか言い出されたら困る。
ちなみにまだスイッチ型の高速度遮断器というものはなくて、限流断流器をつけている。
やっぱこれは最低限の安全設備だからな。最初にアーク灯を点灯させたときからつけているぞ。
これをつくったのは流石に、俺がペンデリンにリクツを説明してつくってもらった。
ところが、俺とペンデリンが王都に下水処理施設を作りに行っている間に、ヒューズが。毎日のように、ブチブチ立て続けに切れたことがあったあったらしい。
それで、ペロネールズが発電機や周波数計を1つずつ分解整備したとの事。
けど、そっちには問題らしい問題は見つからなかった。
「私の工作ではやはり稚拙だったのでしょうか……」
途中で予備が尽きてしまい、ペンデリンの設計を元にしてピーテッドが代理で製作したものをかましたのだが、それで切れたのかとピーテッドが自己嫌悪していた。
が、実際、帰ってきて調べたけど、若干ペンデリンのそれより溶断部がでかくなってしまっているが、問題があるようには見えなかった。
第一、今かましてあるそのピーテッド製のヒューズで、今は問題なく電気が使えているのだ。
「ピーテッドのせいじゃないと思うぞ」
ペンデリンもそう言って、ピーテッドを慰めていた。
そろそろ雨季の雨が、雪になり始めたので、それが原因だったのじゃないかという推論に落ち着いた。
「それだったら、落ちるのは漏電遮断器の方だと思うんだけどなぁ」
と、言う話をしたら、ペロネールズが漏電遮断器をかました頃から、ヒューズが切れなくなったとのこと。
別に、そのかわりに漏電遮断器がやたら作動したというわけでもない。
一体、なんなんだろうなぁ。




