Chapter-01
あの日────
「うわぁっ!」
俺は気がついたらそこに投げ出されていた。
その前に神様かなんかと会話した記憶があるが、その記憶はおぼろげだった。
「な、なんだこいつは!?」
どうやら、誰かの真上に落ちてしまったらしい。
俺は半ばもつれ合うようにして、その誰かを下敷きにしたまま、
「いつつつ……」
と、起き上がる。
「お前! この私をヘーゼルバーン伯爵の名代と知っての狼藉か!?」
俺を払いのけるようにして、俺の下敷きになっていた中年男が声を荒げた。
そりゃ無理もないか。しかし、この見栄切りは、どこぞの貴族か? これは早速面倒くさいことになったもんだ。
俺の名前は下洲治滝。どこにでもいる日本人の学生……だったはずだ。
ある日、突然死んだ、らしい。
神様の手違いで殺されただとか、その代り別の世界で生き返らせてやるとか、いろいろ詫び特典もつけてやるとか言う話だったらしいが、前世での死の間際から、たったついさっきまでの記憶はおぼろげだった。
ただ、神様が詫び特典、とやらでつけてくれた記憶、と言うか脳内記録、はしっかり残っていたのだが……
「すみません、悪気はなかったんです」
「うるさい!」
俺は素直に謝ったつもりだったが、どうやらこの男は聞く耳持たないらしい。
「お前も鉱山奴隷として送ってやる! 覚悟しろ!」
奴隷かよ。いきなりハードモードだな。それは勘弁してもらいたい。
そう思った時────
「痛っ、痛たっ!」
突然、その男めがけて石が飛んできた。偶然の出来事じゃない。透析だった。
見ると、十数人程の、人間?が、拾った石を抱えて、俺と男を取り囲んでいる。
俺には石が飛んできている気配がなかったから、多分、特に敵視されているのはこの男の方なんだろう。
「な、何だ貴様ら、こんな事をしてただで済むと……」
俺に対するように、男は威圧的に言おうとしたが、そうすると、集団は周囲を身振りで示すように男に見させた。
プラスチックケースやらなんやらに入った、神様からの詫び特典とやらの一部が、やはり人を下敷きにしたらしく、潰れている。おそらく男の仲間とか部下とかなんだろう。
「おい」
それをいいことに、俺はこの男を追っ払うことにした。
「突然、空中に現れたことでわかるだろう、俺は神の使いなんだ」
意識して悪党ヅラを作って、男に言う。
「お前は生命があっただけめっけ物だと思え。さっさとここから消えていなくならないと、お前も、そのナントカ伯爵も、一族郎党神の呪いで死より苦しい目に合わせてやるぞ」
うわー、俺、完全に悪人だろ、これ。
「……くっ」
男は己の置かれている状況を察したのか、捨て台詞を残すこともなく、その場から一目散に逃げ出した。
「…………さて」
俺は、改めて数十人の集団を一瞥する。
どうやら、女性ばかりのようだ。肌は褐色、耳は切れ長、…………するってぇと?
「神の御使い様、此度は助けていただき有難うございます」
あー……
「いや、別に、神様の使いでもなんでもないんだが……ただ、アイツを追っ払うために方便で言っただけで」
俺の前に傅く褐色女性の集団を前に、俺はきまり悪そうに言う。
「しかし、突然空中から現れましたし、それに、このようなモノで、伯爵の兵を倒してしまいました。神の御使様でなかったら、何でしょう?」
リーダー格らしい女性が言う。
「えーと……神様のドジの犠牲者?」
「は?」
俺が正直に言うと、リーダー格の女性──だけじゃなく、全員がキョトン、と目を円くした。
「俺自身はただの人間だよ。いや、少々特殊かもしれないけど……」
「はぁ……」
リーダー格の女性は、まだキョトン、とした様子で、生返事を返してくる。他の面子も、顔を見合わせたりヒソヒソ話をしたりしている。
「それより、さっき、アイツが俺も奴隷にしてやる、って言ってたけど……」
「はい、私達はあそこに見えます、ノルト山の鉄鉱山から逃げてきた鉱山奴隷のダークエルフなのです」
やっぱりダークエルフか。
「アイツは追手の指揮官ってワケか。だとすると、すぐに場所を移さないとまずいか?」
「いえ、それは大丈夫でしょう。このあたりは、不毛の土地ですから」
なるほどね、不毛の土地……
……
…………
………………って、どう見ても森林地帯なんですけど?
「ここは魔の谷と呼ばれている地帯なのです。北方の山から吹き付ける、極度に乾燥した風のせいで、普通の草木は成長できません」
なるほどね。
つまり、今生えている木々は、なんとかこのあたりの土地に適応した植物ってことか。
「私達は、脱走するところを尾けられたのですが、一度紛れ込んでしまえば、再度捜索には来ません」
「でも、それだと、結局俺らもこのままじゃ餓死ってことだろ?」
「いえ、食用可能な果実をつける木もありますし、食用できる獣もおります。少人数でしたら、なんとか生活できないことはありません」
狩猟生活か……せっかく(?)転生したのに、ビンボー生活ってのも嫌だな。
待てよ……そうだ、神様の詫び特典! それがあれば、なにかマトモな生活ができるんじゃないか?
「俺はこのあたりで、もう少ししっかりした生活ができるようにしたいと思うんだけど、手を貸してくれないかな?」
「!」
俺がそう言うと、リーダー格の顔色が変わった。
「そういうことでしたら、助けられた恩義もあります、我々一同、お力をお貸し致します」