Chapter-12
結論から言うと、ノルアルトとソプラントの戦争は遠のいた、と思われる。
と言うか、俺は、シモス暫定准男爵領唯一の純血の人間として、目を覆いたい。
俺達に手を出したら即、全面戦争だ! と、ノルアルトに言われて、焦ったのだろう。
ノルト山の鉄鉱山で、すでに鉄鉱床をぶち抜いて、エタンガス田かそれ由来の鉱物性エタノールが噴出していると言うのに、その始末も程々に採掘再開を強行したらしい。
で、見事に二度目の大爆発。
流石に今回は、助けに行かなかった。
いや、行きなくなかったというのが正しいだろう。
坑道に、鎖で拘束されたドワーフ種の焼死体が転がっていた鉄鉱山なんかを……───!
そんな俺は今、ノルアルトの王都・アルリカルトに来ている。
「他国をあんな調子で脅すぐらいだから、もっと殺伐とした軍事大国なのかと思ったら、そうでもないな」
俺は、屋台で買ったアメを、みんな──レア、ボウモア、ペロネールズ、ペンデリン、達と分け合いながら、そう言った。
むしろ、王都は市も出て、大変な賑わいだ。人混みをかき分けなければならない場所もあるくらいだ。
「私もそう思いました」
ボウモアが意外そうに言う。
「ソプラントでは、ノルアルトは軍事のために民衆を搾取している、と言われてるんですよ」
「アタシたちもそう聞くにゃあ」
ペロネールズも同意した。
レアは長命のダークエルフだからか、この光景には驚いていなかったが、以前ソーヴィニョンが税率の話をした時、やっぱり驚いていたな。
いや、よくよく考えたらそっちのほうが正しいのかも知れない。
俺達の世界でもそうだった。アメリカは間違っている! アメリカは軍事大国だ! と言いながら、アメリカ合衆国は世界で一番豊かな国だった。
そのアメリカに噛み付いておいて、ボッコボコにされたのにいつの間にか復活したと思ったら、経済的にアメリカを脅かすほど豊かになっちまった国のことは……深く考えないようにしよう。あの国は色々おかしい。主に住んでる連中の頭が。俺の母国だけど!
「そう言えば、砂糖が採れるようなものって、まだ栽培してなかったな」
ペンデリン達の鉄細工を売ってつくった現金で、思わず飴を買ってしまったのも、久しぶりに甘いものを見て、つい、という点がある。
果物の類は森で採れるから、生命維持に必要な糖分は摂取できているんだろうが。
「レア、森の中で砂糖とか水飴がつくれる植物ってあるかな?」
ここはやっぱり、エルフ種の出番だろう。
と、俺も思いつつレアに振ったら、なんか知らないけどすんげぇドヤ顔。
「そういうことでしたら! 樹麦がありますね!」
「樹麦!?」
「読んで字のごとく、低木に育つ麦の亜種です。これも『魔の森』特有の種ですね」
レアはドヤ顔のまま、なんか人を見おろすような態度でふんぞり返りながら言う。
なるほど、本来草だった麦が、あの環境に適応するために低木になったのか。
「パンなどを造る粉を造るのには向いていませんが、水飴の材料になります」
「それはいいな。帰ったら、早速苗を作ろう」
「はい!」
「頼むよ、ボウモア!」
「任されました」
「…………」
「…………」
植物の採取は翼人族の得意分野だから……と頼んだのに、なぜかペロネールズとペンデリンから、冷たい目で見られてしまった。なんでだ!?
「止まれ!」
俺達が王城に入ろうとすると、そこでやはりと言うか、槍を担いだ兵士によって行く手を阻まれた。
「俺はナオタキ・シモス暫定准男爵だ。我が領地について、早急に陛下と謁見したい!」
ボウモア達が渡された王璽入りの文言を持って宣言すると、
「シモス准男爵閣下ですと!?」
と、衛兵の詰め所から、隊長らしき初老の男が駆け出してきた。
ひったくるようにして、文言をとり、それを凝視すると、
「これは失礼しました、シモス閣下! どうぞ、お通りください!」
「いいえ、しっかりとした警備、ご苦労さまです」
俺が先頭になって王城に入っていこうとすると、レアが、敢えて衛兵を労うような一言を言った。
確かに要人の警護は重要だ。今の俺でさえ、下手に害意を持って近付こうもんなら、周囲にいるメンツに瞬殺されること請け合いである。
ましてそれが、一国の主ともあれば、尚の事。
「これはシモス閣下!」
王城のホールに通されたところで、知った顔に出会った。ソーヴィニョンだ。一応、貴族ではあったはずだ。
「わざわざそちらから来られませんでも、お迎えの馬車を仕立てましたのに」
「いやぁ、でも、その気になればひとっ飛びだからね」
「そう言えば、そうでしたなぁ」
俺がボウモアを見ながら言うと、ソーヴィニョンも同意した。
ちなみに、翼人族は腕の羽根も飛行に使うことは以前に説明した。
じゃあ、俺達を載せたり、物を運んだりする時はどうするのかと言うと、背中に背負う。
なので人が乗る時は、馬の鞍のようなものを使ったりもする。なんか家畜扱いで悪い気もするんだが、当のボウモア達が、変に不安定でいられるよりは、こっちの方がいい、とのこと。
しばらくして、王のお側付きの1人が、上役になるだろうソーヴィニョンの傍に駆け寄ってきて、耳打ちで報告する。
「謁見の準備が整いました。閣下、こちらへ」
「うん」
俺達は、ビロードの絨毯の上を、ノルアルト王の謁見の間へと進む。
「よく来た! ナオタキ・シモス」
俺達が、本来なら国王に傅くべき場所まで来ると、誰より早く、澄んだ声で、彼女はそう言った。
「たった今を持って、ナオタキ・シモスはノルアルト王国男爵に叙し、同時に領地を、その領有統治権を認めると同時に、それを義務と定める!」
ノルアルト王国第6代国王、女王マデレーヌ・アンジュ・キャメルバリー。
「これは、余の勅令である!」
若い────確か、38と聞いていたが、実年齢を考えても、さらに若く見えるように思えた。
実はマデレーヌ陛下は、本来のノルアルト王国の直系の血筋ではない。
先代王に嫁いできた、地方貴族の娘だと言う。
だが、先代王が急死。
本来であれば、血族である3人の娘が王位継承権を優先して持つはずだが、それを覆して直接玉座に就くほど、マデレーヌ元王妃──現国王は、人望厚き人物だと言うのだ。
「ナオ様、ナオ様」
ペロネールズの声が聞こえてきた。
ふと気がつくと、俺以外の全員──もちろん俺の連れも含めて──が、玉座の上の女王に傅いている。
「あわわわわ」
俺も慌てて、全員に倣って傅いた。
「良い、全員、楽にせよ」
女王陛下は気分を害したという様子もなく、不敵に笑ってそう言った。その言葉で、全員が立ち上がるが、俺とその仲間以外は、まだ視線までは上げない。
玉座に頬杖を付きつつも、それを悪態とも思わせない。
身体は美しく、顔つきは愛らしく、それでいて、纏うはただ、威厳。
これが、国の主たる者の風格か。
天秤にかけようとした俺が浅はかだったとすら思える。
そう、思ったのだが、
「────それに、先程の目つき、気に入った。余を値踏みしたな?」
「はっ? あ、いえ、……!」
否と言えば嘘になる。かと言って、是と言ってもこの場ですべてが台無しになる可能性も高い。
「誤魔化さなくて良い。ソプラントと我が国との間で、我が国を選んだ、そのことに余は感謝しておる……」
そんなんで感謝!? むしろ、ノルアルトにとってはソプラントとの戦争の火種っていう、厄介事を持ち込んだ気もするんですけど!?
「そなたの持ち得る“神の叡智”、我が国にもたらす益は計り知れないだろう」
そういうことか……
これまで魔法の産物の一種だと思われていたデミ・ドワーフ鋼の量産化、風車、エンジン────今のこの世界の文明レベルなら、全面戦争してだって欲しいに決まっている。
実は、女王がもっと愚鈍だったら、少し脅かしてやるつもりだった。陛下に見せるために、ペンデリンの作った2気筒ミーツ式焼玉エンジンを持ってきている。
こいつは定格最大1,050rpm、ペンデリンがチューニングして、数秒なら1割ほど過回転に耐えられるようにしてある。ポンポンという音のイメージのある焼玉エンジンだが、2気筒のものを1,200rpmまで上げれば、相当な爆音になる。
こいつでビビってもらおうと思ったが、どうやら俺のほうがビビらされてしまったようだ。
「そして、領有地においては、かつて森にはなっても畑にはならぬと言われてきた土地を、その叡智と、多種族の技能を持って豊な地に変えつつある」
そうだ。
俺の持ってきた知識は確かに原動力になったかも知れない。だけどそれも、仲間たちあってこそのものだ。
「よって余は、これまで『魔の谷』、『魔の森』と呼ばれてきた、シモス男爵領を新たに名付ける」
ダークエルフ。
翼人族。
獣人族。
デミ・ドワーフ。
そして人間たるこの俺。
それと、ハーフエルフ約1名。
これからも俺の“領地”で、安住したいと思う者を拒むことはない。
「『虹色の神の実の大地』と────」