Chapter-11
「アルトロ豆畑の、午後の散水行くにゃあ」
「おーっ」
ペロネールズの号令とともに、獣人族中心にダークエルフが混じった農耕班のメンツが、整列して移動し始める。
俺がここで最初の風車を造った頃は、各々の種族の得意分野をやっていたもんだが、最近は好みや需要で作業班組成が行われることが多くなった。
俺は別に反対する意味がなかったので、黙認、というより積極的にOKしている。
農耕班は、デミ・ドワーフが合流してからは、ダークエルフが高炉作成の為の石材加工に取られてしまったため、それ以前から植物の採取にあたっていた獣人族が主に担当するようになった。俺とペンデリンが風力高炉・エンジン転炉なんぞ発明したものだから、尚更である。
ただ、別に無理強いはしなかったので、さっき見たように農耕班に残ったダークエルフもパラパラ見かける。それだけではなく、背格好が獣人族に近いので目立たないが、デミ・ドワーフも混じりこんでいる。
俺は久々に畑で身体を動かそうかと、その日は農耕班に合流した。
「あっ、領主様!」
ペロネールズやペンデリンなど、俺に近い者以外は、俺のことをそう呼ぶようになった。
と言うのも、なんと、ボウモア達にノルアルト王国の使者・ソーヴィニヨンを送らせた帰りには、マデレーヌ女王はその場で報告の概要を聞いて、俺を暫定准男爵とする王璽入の文章をボウモア達に託した。
同時に、ノルアルトの王都で近しいうちに正式な会合を持ちたい、とも。
つまり、まだ“暫定”ではあるが、俺はこの地の領主様になってしまったのだ。
さらにマデレーヌ女王は、俺達の領地を守るために、ソプラントとの戦争がいつ起きてもおかしくないという前提の体制に入る、ともあった。
確かに、この地はどちらかというとソプラント寄りだ。『魔の森』のせいで、人間の大群が近づくのは難しいが、それでも以前に、ハーフエルフのジュピリーを使って、寡勢とは言え侵入した前例がある。
だが、ソプラントとノルアルトの国境はここだけではない。マデレーヌ女王は、この地にノルアルトの正規軍を送るのは、部隊が整うまでしばらく待ってほしいが、ソプラントがこの地、シモス暫定準男爵領に手を出した時点で、全面戦争と判断してソプラントと戦端を開く、そのために各国境地帯で将兵に準備をさせていると約束してくれた。
そしてその事を、ソプラント側にも通告したということを。
もちろん、ただ善意でそうしたわけではないだろう。量産効率がどんどん上がっているデミ・ドワーフ鋼と、農業を効率化する風車とエンジン、これらの技術がほしい、少なくともソプラントには渡したくない。そういう思惑があるのは確実だ。
だが、俺達としても、その価値を認めてくれた側につくのは当然の話である。
実は、ソプラントの使者も、あのあと何度か来ているのだが、多少は妥協するようになったと言っても、基本的に大上段からの内容ばかり。ノルアルトとの条件とは比べようにならない。
最近は、ソプラントの使者を発見したら、農地や居住区に近づく前に追っ払うよう、ボウモア達警備隊にお願いした。
あるいは、俺自身が人間だから、人間のロクでもない面ばかりを見せてくれたソプラントよりも、人間としての温情のある裁定の方を出してくれるノルアルトの方に親近感を覚えている、そんな部分もあるのかも知れない。
────閑話休題。
「俺が始動してもいいかな」
農耕班に合流した俺は、ペロネールズにそう話しかけた。
「ナオ様がやりたいなら譲りますよ」
ペロネールズは焼玉エンジンが気に入っているようだった。が、別に自分が我慢するから、という様子ではなく、ニコニコと笑顔で俺に譲ってくれた。
ペロネールズたち、最初からリーダー・サブリーダークラスをしていた獣人族は、デミ・ドワーフ共々、俺を気軽に呼んでくれる。
正直、領主様なんて呼ばれるよりこっちの方がよっぽど気が楽だ。
トーチと言うより灯油ランプのような予熱トーチの炎が、これもペンデリンが焼玉に付けた“鼻”と呼ばれる銅棒を炙って200℃くらい。燃料がアルトロ豆油とエタノール、アルトロ豆油はわからないが、菜種油とだいたい同じだとすると、1気圧下で300℃から350℃のあたりが発火点だから、この時点で焼玉に燃料を吹いても気化するだけ。だが、圧縮がかかると、発火点が下がって一気に燃焼する、というわけだ。
そこでクランクを一気に2度、3度と回し、勢いをつけて話すと、ガランガラン、とエンジンは音を立てて回り始めた。
「おお、さすが領主様~」
というのも、始動が下手な者が、種族問わずに大半らしい。また、ペンデリンのミーツ式機関は、シリンダー上部、焼玉のすぐ下辺りが150℃程度以下になるよう自動で水を噴射するので(本来のミーツ式は人力で調整していた)、一瞬かかってもすぐにエンストさせてしまう者も多いらしい。
この状況を多少なりとも変えるため、ペンデリン達がヘッドに原始的なバイメタル方式の簡素な温度計を付け、ヘッド温度が180~200℃が適正始動位置というゲージもつけてくれたのだが、それでも下手な者は下手らしい。
ペロネールズは獣人なのに、逆に特になれていて、暖気のタイミングまで図る。
というのも、給水バルブが開いてシリンダー内に水が供給されたあたりが、適温だから、そこでポンプなんかの負荷とクラッチを繋げば止まりにくいと気づいたらしい。ついでに、ここでトーチを止めて、燃料も節約する。
他のメンバーが、種族問わず、調速機を調整しながら四苦八苦している間に、ペロネールズが担当するポンプは散水を始めてしまうのだと言う。
さて、今日のペロネールズの担当は、ジャガイモ畑ではなく、アルトロ豆の木がうわっている外周部。
が、俺が最近ゴダゴダしていた間に、アルトロ豆の木の外周に沿って、さらにイビルソルトグラスがうわっていた。
「アルトロ豆の成長が、ダークエルフ達が言うより遅いんで、気になって調べてみたら、耕したばかりの外周に水を大量に撒いたせいで、塩が上がって来たらしいんです」
ペロネールズがそう言った。
それで、森の中からペロネールズたちがイビルソルトグラスの子株を掘ってきて、急いで植えたらしい。
効果があったのか、アルトロ豆の木は勢いを取り戻し、今はもう、一度大量の豆を収穫できた。
どうやら“樹木”はエルフ種の専門でも、“草”には獣人族のほうが一日の長があるようだ。あるいは、ペロネールズの頭が特に柔らかいのかも知れないが。
ジャガイモ畑の方は、最近は午前中の1回だけたっぷりと水をやる。
追肥として腐葉土を入れたが、子芋をつけ始めている、との報告を聞いた俺は、それ以上は追肥をしないように言った。
そして最近、ジャガイモの中に花の蕾をつけているものを見つけた俺は、試掘をしてみることにした。
すると、試掘した株には、まだいくらか小さいが、信じられないほどの子芋が鈴なりになっていた。
農耕班の中から歓声がわく。
これも、レア達やペロネールズ達がしっかり面倒を見てくれたおかげだろう。
「ちなみに、キャメリアはなんで、デミ・ドワーフなのに農耕班に?」
農耕班で働いていたキャメリアっていうデミ・ドワーフに訊ねると、
「いやぁ、ジャガイモの亜種って聞いたんで、それなら酒が造れるんじゃないかと思ったんですよ。アタシの実家、ヘーゼルバーン伯の奴隷狩り令の前は、酒造屋だったんで」
ほうなるほど。この紫芋がジャガイモの亜種だってことは、もうみんなに説明してあるから、それでその気になったらしい。
「その事をペンデリン班長やレア姐さんに話したら、是非にやれやれと」
…………ちょっと待て。
いまさらやめさせる気はないが、俺はその話、初耳だぞ。
しかもペンデリンやペロネールズならともかく、レアまでかよ。
どんだけ酒に飢えてんだよ。
ただ、酒はいい。旨いものができれば、取引にも使えるしな。
「よし、ジャガイモの収穫が一段落したら、キャメリアを班長にして酒造班を作ろう!」
「えっ、いいんですか?」
俺が提案すると、キャメリアはそう言って驚いた。
「ああ、今後は、ノルアルトの他の地域と、交易することにもなるだろうし、酒が造れると、有利になるからね」
「なるほどそういうことっスか! いいですよ、デミ・ドワーフ自慢のジャガイモ酒、造ってみせるっス!」
キャメリアはそう言って、胸を張ってみせた。
一応女性である。しかも、キャメリアはデミドワーフの割には乳房が厚かった。
ちなみに正規軍の派遣はまだ、と言われたが、すでに正規軍が1人だけ駐留している。
ジュピリー・アルトパロマ。
元ソプラントの正規兵だったが、俺に逆らうことのない人物、ということで、こういう事になったらしい。
「な、なんでこんなことに……」
いや、今は不憫なのはわかる。でも、そのうち贅沢な暮らしができるようにしてやるからな?