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Chapter-10

 案の定だ……

 この『魔の谷』を本来自国領だと主張していたソプラント王国は、俺たちに対して、ヘーゼルバーン伯爵領に下れと要求して来た。

「その気はない、と最初にいったはずだ」

 使いとして現れたこの男には悪いが、国王の名代として現れた以上、そのつもりで俺は凄みを利かす。

 この男自身、最初は、『魔の谷』に逃げ込んだノルト鉄鉱山の脱走奴隷を、せいぜいちょっとしたカリスマのあるやつが束ねた。……程度に思っていたらしい。

 なもので、風車によって灌漑されたこの一帯の農園を見た時、唖然としてしまっていた。

「しかし……このあたりは我がソプラント王家の直轄領で……」

「開拓もできずに、ほっぽっといたくせに、何が直轄領だ。それに、俺はヘーゼルバーン伯爵のやり方は気に入らない。危険がわかってる鉱山に、武力で集めた奴隷に採掘をさせやがって。独立した領地だと認めるならソプラントに帰属するが、ヘーゼルバーン伯領になるつもりはない!」

「しかし、それは……」

「帰れ!」

 なおも食い下がろうとする男に、俺は茶碗を投げつけてしまっていた。

 正直、下っ端に悪いことをしたという気がするが、これぐらいの態度は見せつけておかないと、後々舐められるだろう。レアにもそう言われた結果だ。


 一方。

「私はノルアルト王、マデレーヌ・アンジュ・キャメルバリーの名代として来ました。ソーヴィニョン・ハワードと申します」

 最初慇懃な態度を見せたノルアルト王国の使者にも、俺は警戒感を隠さなかったが、ソプラント王国の使者よりは好意的に見ることができた。

「これはすごいですな。森にはなっても畑にはならないという『魔の谷』を、農地にしてしまうとは! 大変興味深いことです」

 ソーヴィニョンは、風車によって灌漑されている農地を見て、掛け値なしの感嘆の声を上げた。

「水が、いとも簡単にこれほどの高さを……! まさに神の叡智ですな!」

「まだ、開墾したばかりの農地なんです、最初の収穫は、これからです」

「なるほどなるほど……では、現在は狩猟で生計を立てていると」

 俺の説明に、ソーヴィニョンはいちいち感心の様子を隠さない。

 だが……

「あっ、あれはなんですか!?」

 と、彼が腰を抜かしかけたのが、やっぱりというか、焼玉エンジンだ。

 風車や水車は、それでも目に見えている力を動力に変える物だ。だが、内燃エンジンは、それを知らない者にとっては、まったく理解の範疇を超えるものだろう。

 その焼玉エンジンは、畑への散水を開始するため、ペロネールズ達が始動の準備をしていた。2つのトーチに火を入れて、焼玉に熱を伝えるでっぱりを炙っていた。

 そこへ、ペロネールズがクランクを、グリン、と回したのだ。

 最初はガラン、ガランとばらつきがあったものの、すぐにドッドッドッドッと、のんびりとしているが軽快な音を立てて、2気筒の小型焼玉エンジンは回転を始める。

 排気は復水用のチャンバーを通って、高い煙突から白い煙とともに、ポンポンポン……と音を吐き出し始める。

「あれがエンジンと言って、私がこの地にもたらした、“神の叡智”でも、今のところ最大のものです」

 本当はペンデリン達がいれば、ガソリンエンジンやディーゼルエンジンでも再現できそうだけどな、肝心のガソリンや高品質の軽油がないからな。

「行くにゃー」

 ペロネールズがそう言って、タービンポンプとのクラッチを繋ぐ。

 すると、ポンプは風車によって揚水された溜池の水を吸い上げ、金属パイプでつくったシャワーから、水を撒いていく。

「あの水は、その“エンジン”とやらの力によって汲み上げられているわけで?」

「はい、そうなります」

「これはすごい力ですな……!!」

 ソーヴィニヨンは、ポンポンと音を立てながらジャガイモ畑に散水するエンジンに、すっかり目を奪われていた。

 とは言え、他にも、北側に、デミ・ドワーフの高炉と転炉があるのをもソーヴィニヨンは見落とさなかった。

 この世界では、人間の造る鉄は未だに反射炉を使った前近代的なもの。それに対して、エルフ種は反射炉製鉄の後に石窯を使った平炉行程で炭素抜きをし、ドワーフ種はさらに送気塔を持った、()()()()の転炉で鋼を得る。

 デミ・ドワーフの高炉は、細い煙突を持った石造りのものだ。まずよく乾燥させた薪を入れ、その上に鉄鉱石を入れる。その後火入れをし、ふいごで温度を上げながら、薪が燃え尽きるまでの数日間鉄鉱石を溶かし続けた後、火が消えた高炉の低い位置の一部を切り崩して、中から銑鉄を回収する。

 その後使う転炉は、石造りなので現代人から見ると、より前近代的な“平炉”にも見えるが、ふいごによる送気塔を持っていて、積極的に炭素を抜くので、“転炉”と呼ぶのがふさわしいだろう。流石に電気はないので、やはり薪炭で加熱する。銑鉄の入った石窯の底に通気筒で空気を送り込みながら、鉄が溶けるまで温度を上げる。この転炉には、過熱のために燃やす薪の排ガスの為の高い煙突の他に、転炉から出るガスを抜く排気筒がある。この排気筒に可燃性のガスが抜けるので、ここに火がつかなくなったら転炉作業が終わり、ということらしいが、主成分が一酸化炭素なんで、漏れ出して事故になることはそれなりにあるらしい。なのでエンジンに吸い込ませて燃やし、転炉室内は排気筒へ抜ける分意外は負圧にしてしまおう、と、ペンデリンは考えたわけだ。

 で、デミ・ドワーフ高炉には、銅とその合金を使ったバイメタルの原始的な温度計がついていて、810℃から850℃を超えるまで加熱するようになっていたのだが──俺とペンデリンで設計した風力送風高炉の第1号で、銅の融点1,085℃を軽く超えてしまったらしく、1発めでぶっ壊してしまった。製鉄班の班長のピーテッド(こんな名前だけど、女性だぞ)は、

「銑鉄の段階でこんなに純度の高い鉄は始めてだ……」

 と、驚いていたが、

「それだけの温度を出すなら、最初から言ってください! これ、ほとんど全面的に作り直しじゃないですか!」

 石材加工で高炉を造るダークエルフの、エドラには怒られてしまった。

 転炉の方も、人(?)力によるふいごからエンジンによる送風に変わって、一気に省力化された。

 それで、今までデミ・ドワーフの助力に駆り出されていた獣人族も開放されて、農作業班意外は、狩猟にでて獣肉や獣脂なんかを稼ぎに行けるようになった。

 結果、エンジンがより使えるようになって、さらに省力化、狩猟、獣脂、燃料、エンジン──まさに正のスパイラル。

 ちなみに当のペロネールズは、農耕の方が興味があるらしく、畑にばっかり精を出している。狩猟班を任された、獣人族No.2のプルトニーが、呆れていた。

 ──閑話休題。

 ということで、人間種は、エルフ鋼やドワーフ鋼は、魔法がかかった特別な鉄だと思っている事がほとんどらしい。実際、ソプラントの人間もそうだった。しかし、ノルアルト王──というか、マデレーヌ女王は、魔法ではない、もっと地に足の着いた技術で鋼を得ていると、判断しているのだという。

 こりゃ決まりだ。従属するにしても、ソプラントじゃなくノルアルトの方が、いろいろとマシだ。

 ところが、ソーヴィニヨンはとんでもないことをいい出した。

「マデレーヌ陛下は、この地を領地にするにあたって、ナオタキ・シモス様に爵位を与えるとのお考えです」

「へっ?」

 一瞬、絶句してしまった。

 爵位、つまりいきなり貴族扱いですと?

「え、そそ、それっていいんですか?」

「はい。今まで不毛だった土地を、ここまでにしたのですから。その功績には、充分に足りるかと」

 ソーヴィニヨン自身も反対ではないらしい。

 それに──あれか、今までソプラントが領有を主張しながら、ほったらかしといた地域を、ノルアルト王国に取り込んでしまえる、という考えもあるのだろう。

「他に、条件は?」

 俺はソーヴィニヨンに訪ねた。ノルアルト王国領となるからには、それなりの要求があるはずだ。

「まず、最初の収穫から税を一割。その後は、発展具合に合わせて、再度協議したいと、陛下の方からは」

「ええっ!?」

 と、声を上げてしまったのは、俺ではなく、俺の従者、ということにしておいた、レアの方だった。

「そんな、破格の条件でいいんですか!?」

「はい、なんといっても、まだ、開墾されたばかりの土地ですから。まずは発展させることが必須と、マデレーヌ陛下、直々のお言葉です」

「そんな……なんと、畏れ多い」

 レアは絶句してるが、俺には基準がいまいちわからん。

 それに、レアの感覚はソプラント基準なんだろうけど、この国ろくでもないからな、ノルアルトの基準ではそれが当然なのかも知れない。

「となると、合意いただけると言うことでよろしいですかな?」

「ええ、よろしくお願いします」

 是非もない。ヘーゼルバーン伯に隷属させられるぐらいなら、遥かにが4つぐらいつくほどマシだ。

「そうなると、この地はシモス様の領地となるわけですが、領主の名前の他にも、土地に名前が必要ですな」

「それは……たしかに」

 『魔の森』とか『魔の谷』とか通称されているけど、まさかそのままって言うわけには行かないだろうし。

「まずは風の力で発展しているわけですから、『風の谷』というのはいかがでしょう?」

「却下」

「え、いやしかし……」

「却下」

 却下ったら却下だ。そんな、()()()()()()()()()()名前、断固却下だ!

 結局、次回の交渉までの課題として、ソーヴィニヨンと合意して、今回は決めないままに終わらせた。


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