もう一度訪れた時
次の日はあいにくの雨だった。
ウェンデルは、またメアリに会いたかったし、またピーチパイが食べたかったが、母さんに
「こんな雨の日にどこ行くの?」
と心配そうな顔で聞かれると、森の奥の小屋でピーチパイを食べるとはとても言えなくて、結局メアリの言葉通り、天気の良い日を待った。
それからは3日ほど天気がぐずついて、なかなかメアリに会いに行けなかった。もしかしたらもうメアリは、僕が二度と訪れないんじゃないかと思ってるかもしれないと思って焦ったし、旅行の予定があったからできるだけ早く会いに行きたかったのに、結局、旅行の前日まで天気は悪かった。
そして旅行の前日、ウェンデルはメアリの家に向かった。4日も経つと、記憶が曖昧で、どこから森へ入ればメアリの家に着くかわからなくなっているかもしれないと不安になった。だけど、結局はメアリのつけた下生えの道が見えてきて、メアリの家に着くことが出来た。それに途中からずっと森中にあのピーチパイの匂いがしていて、道を進めば進むほど、香りは強くなるのだ。
コンコンッ
ノックを2回した。
「はーい!」
という、メアリの声が聞こえて、ウェンデルは久しぶりだから少し緊張した。ドアが
ギギギィ
と開く。
「あら、ウェンデル!全然来てくれないから、私とは友達になってくれないのかと思ってた。」
メアリは嫌味っぽく言って笑った。メアリのツルは蕾が開いて花になっている。凄く綺麗で、綺麗だね、と言いたがったが気にかけない振りをしてウェンデルは言った。
「違うよ、天気が悪かったから、なかなか来れなくて。ごめんね。」
困った顔をすると、メアリはさらに笑った。
「わかってるわ!今日は天気が良いから、来るだろうと思ってピーチパイをたくさん焼いたの。無駄にならなくて良かったわ。」
そうして、メアリはウェンデルを家に招き入れた。
「明日から1週間ぐらいは旅行なんだ。お土産必ず持ってくるよ。」
リビングの椅子に座りながら、そう言うと、メアリは少し悲しそうな顔をした。
「1週間、ね。もしかしたら、ここにはもういないかも。」
「え、どうして?引っ越すの?」
ウェンデルは、新しい友達がいなくなるのが心の底から悲しかったし、そうじゃなくてもっと特別な感情もあった。だけどその感情にはまだ本人は気づいていなかった。
「引っ越すわけでは、ないけど。うーん...。」
メアリは何か困った様子で、そっぽを向いて、ピーチパイを切り分け始めた。
ウェンデルは何も言えなくて、黙って座っていた。
メアリはピーチパイとハーブティーを持ってきて、ウェンデルの前に座る。
「この、目のことなんだけど。」
メアリが沈黙を破った。
「花が咲いたら、枯れるの。」
ウェンデルは眉間にシワを寄せて、目を細めた。
「どういう意味?」
「この花が枯れたら、宿主も枯れるの。」
「え、つまり?」
「うーん、だから、私は死ぬわ。花が枯れたらね。」
メアリはできるだけケロッとした雰囲気を出そうと努力した。死ぬことなんて気にしてない振りをしたのだ。
「母さんも同じ病気で、右目が見えなかったわ。」
そう言いながら、花に手を触れる。
ウェンデルはそれが悲しくて、眉間にシワを寄せたまま黙っていた。
「もっと早く出会えれば良かったわね、もっとピーチパイをご馳走したかったわ。」
「それってすごく、悲しいじゃないか。僕たちは知り合ったばかりなのに、もう、別れが来るなんて。」
メアリの言葉を遮るように素早く、ウェンデルはそう言った。
「悲しいけど、しょうがないのよ。死ってそういうものだから。」
メアリは大人ぶって怖がっているのを必死で隠した。震える唇を読まれないように、ハーブティーを何度も飲んだ。
「最後にもう一度会えて良かったわ、旅行楽しんでね。」
「そんなの無理に決まってるだろ、友達が死ぬのに。」
ウェンデルは語気を強めた。死に対するやりばのない怒りが表面に現れたのだ。
「あら、私たち、そんなに悲しむほど深い仲だったかしら?」
メアリの強がりがウェンデルには判らなかった。だから、そうやって挑発的なことを言うメアリが本気でウェンデルをバカにしてるように思えて、更に怒った。
「悲しむのはこっちの自由じゃないか!」
机に手をついて立ちあがり、ハーブティーやピーチパイの皿がカチャカチャ鳴った。
そのまま、1口もピーチパイに手をつけずにウェンデルはメアリの家を出た。メアリは驚いて、何も言わずにウェンデルを見ていた。
ウェンデルは怒りが収まらないまま家に帰って、旅行の支度をした。