迷い
ウェンデルは困った。あのメタリックブルーをした大きな蝶を追いかけているうちに、道から外れ、森の奥へと迷い混んでしまったのだ。
ついでに言えば、蝶も見失った。
「はぁ、はぁ、」
息をついて辺りを見回しても、生い茂る木々ばかりが目に入る。黄色い小鳥がピーヒョロロと鳴いて、地面に降り立ち、こちらの様子をうかがっている。
「なんだよ。」
投げやりな口調で問いかけると、小鳥は飛び立ち、木々の隙間に消えた。
頭のなかで普段は父さんと母さんに怒られるので使えない、最悪な言葉遣いで、蝶を罵った。
しかし、そんなことをしていても、ここから抜け出すことはできない。立ったまま膝に手をついて、息を整えた後に、ゆっくりと前に向かって歩きだした。
この森はそんなに広くないはずだから、まっすぐ行けば外へ出られるはずだ。家に帰るのは遅くなるだろうが、語学教室の帰りなので、勉強に時間がかかったと嘘をつけば、父さんも母さんもそこまで目くじらは立てないだろう。
ウェンデルは父さんと母さんに嘘をつくのに気が引けていた。彼は自分では気づかないが育ちがよくて、真面目で、大切に育てられた幸福な子供なのだ。
落ち葉と少し湿ってフカフカの土を踏みしめながら歩いていくと、遠くの方に赤っぽい何かが見えた。木々が邪魔でそれが何かはまだわからない。
ウェンデルは訝しげに目を細めて、そちらの方へ近づきながら、少し早足で歩いた。
だんだん近づいてくると、それが小屋のようなものだとわかった。屋根は赤くて、壁はこの森にたくさん生えている木々と同じ色だ。煙突から煙がもくもくと立ち上っている。
広場に出た。小屋の周囲は庭としてはとても広く木々が刈り取られ、下生えだけになっている。その下生えも、小屋の入り口から3つほど、踏み固められた道ができていて、それぞれ別の方向から森へと繋がっていた。
風が一陣、ウェンデルの前方から吹く。立ち上っている煙突からの煙がふわりふわりと揺れて、小屋から甘くて美味しいパイの匂いがした。
アップルパイ?レモンパイ?いや、これはたぶんピーチパイだ。ウェンデルはそれと共にピーチパイを焼く、大人っぽくて綺麗な女の人を想像した。
そうだ、僕は迷っているわけだし、道を聞かない手はないな、と小屋の入り口へ向かった。