愛情と狂気のハロハロ
「夢月ちゃん、あなたここにいたわよね?」
不思議そうな顔の看護師さん。
「いましたよ、動けませんし」
「そう…よねぇ」
「私が歩いていた目撃例でもありましたか?」
「いえ、無いのだけど…、何故か他の場所で見た…ような」
「私は、動けません」
「そう…よね。じゃあもう消灯の時間ですので」
「…はい」
夜は眠れない、やはり夜は眠れない。
何かがおかしい、ハロハロをやりはじめて病室を出るようになってから、何かがおかしい。
…もう一度、弟に会いに行こうか。
ハロハロ、それは遊び、私が考えた遊び。
夢の中の自分をイメージして現実に投影するだけの遊び、ただのイメージ。
動けない私が動くための遊び。
寝てはいけない、起きてはいけない。
夢の中の自分を現実世界へ引きずりだす。
家に、家に行こう。
チーターの足で駆けていく。
しかしいくら走っても家に辿り着く事が出来なかった。
景色が変わらない、おかしい、私は走っているはずなのに…。
私はいったいどこを走っているのだろうか。
地面を確認するとそこにはルームランナーがあった。
いつの間にかルームランナーの上にいて、同じ所を走っていた。
チチ…チチジジジ
景色が赤く染まっていく。
ピピー!
笛の音に驚き足を止めるとルームランナーの動きに押されて転んでしまった。
「なん…なの…」
「はいはいはい、スピード違反だよ君」
「へ?」
そこにいたのはビーグルを思わせる犬のお巡りさん。
文字通りの犬のお巡りさんだった。
二本の足で立っている事以外は…。
「犬の…お巡りさん?」
「ん?君他の夢語りに会うの初めてかい?」
「夢語り?」
「そうさ、自分の事を夢で現実に語る者さ。僕はね、困った人を助ける犬のお巡りさんなんだ。子供がお巡りさんに最初に抱くイメージってやっぱこれだろ?つまり子供達の理想のお巡りさんの姿がこれなんだと自負してるよ」
「は…はぁ」
「君は夢語りになってまだ日が浅いね?夜は夢と現が溶け合いやすい、君の姿を見える人もいるかもしれない、気を付けないといけないよ」
「あー、手後れかもです。けっこうな数の人に見られました」
「んー、ま!大丈夫だろ!怪談か都市伝説になるだけさ」
「私…自分の状況がよく分かって無いんですが…」
「そいつぁ困ったね、そして運が良い。僕は犬のお巡りさんだからね。困ってる人の味方さ。まずは君がどんな夢を語ってるかが重要だ」
「…どんな?私はただ一人遊びをしていただけなんだけど」
「一人遊びでは姿は変わらないし現実への影響力も無いよ。君の姿は歪だね。人間を止めたい、あるいは動物になりたい?」
「そんな…、私は弟に好かれる姉になりたいだけです」
それを聞いた犬のお巡りさんは嬉しそうに目を見開いて喜んだ。
「良かった良かった、君は悪性では無いようだ。それが知りたかった」
「…じゃあ話終わりですか?行って良いですか?」
「どこへだい?」
「弟の所へ」
「起きて会いに行けば良いじゃないか、夢語りは極力人と接触しない方が良い」
「この姿じゃないと、会えないんです」
それを聞いた犬のお巡りさんは悲しそうに目を細めてトランシーバーを取り出した。
「あー、悪性夢語りを発見、悪性夢語りを発見。ただちに拘束します」
ジジジジジジジジジ
ノイズの様な音が強く、強く頭の中に鳴り響く。
景色がどんどん赤さを増していく。
まずいかもしれない。今日の所は帰ろう。
ハロハロを終わらせるのは簡単だ、寝れば良いし、起きれば良い。
…あれ?寝れないし起きれない。
「もう遅いよ、夢語り同志が認識しあい強く干渉しあうとこうなるのさ」
ビーグルのようだった犬のお巡りさんの姿は土佐犬のような姿へ変わっていく。
恐い、恐いよ…。朝渡…。
………頑丈な体が欲しい、熊だっけ?
………強い腕が欲しい、虎だっけ?
「なっ…、まるでキメラだね、ここまで歪んだ夢語りはなかなかいないよ」
「知らない…、知らないよ。弟なら…きっと…かっこいいって言ってくれる」
目の前の土佐犬に虎の腕を叩き付ける。
熊の力で振り回すそれは犬一匹を軽く引き裂いた。
犬のお巡りさんはその場から消え失せていった…、跡形も無く。
景色は赤いまま、犬のお巡りさんだけがいなかった。
弟に…会いに行かないと…。
困ってしまってワンワンワン。