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ハロハロ  作者: 枝節 白草
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夢と現のハロハロ

夜になりました、寝てください?


無理に決まっている…、昼に散々寝ているのだから。


お大事に?元気?体を労って?


かける言葉がおかしい…、その体は動かないのだから。


夜になると色々考えてしまって眠れない、窓の外の景色だけが私に情報をくれる。

決まった場所を走るたくさんの光、連なるたくさんの光る窓。

たまに聴こえるバイクをふかす大きな音。

…あ、音を小さくした。暴走族は意外と優しいのかもしれない。


私の体はいつまで動かないのだろうか。先生はなかなか教えてくれない。

最近喋るのすら疲れる、お見舞いにくる友達も減ってきたからどうでも良いけれど。

家族はみんな悲しそうな顔をする、…気が滅入る。


外の景色は今日も変わらない、闇の中を走る光、光、光。

外の景色は今日も変わらない、闇の中に見えるどこかの家の光。

外の景色は今日も変わらない、闇の中からときおり聴こえるバイクの音、救急車の音、犬の鳴き声、鳥の鳴き声、猫の鳴き声。


変わらない景色が私を寝かせてくれない、思考だけが同じところをループする。

私はいつまでここに居れば良いのだろうか。

私の体はいつまで動かないのだろうか。


…きっと、ずっと動かないのだろう。

…きっと、周りの大人達もそう思っている。

…私自身さえも、そう思っている。


いや、一人だけ、一人だけ私の体が治ると思っている人がいる。

十歳年下の弟、今年で六歳になる可愛い弟。

弟だけはいつも変わらない笑顔で「姉ちゃん」と呼んでくれた。

弟はいつも動物の図鑑を持ってきては見せてくれていた。


─────


「姉ちゃん、チーターってすごいんだよ。世界で一番足が速いんだ」

「そっか、すごいんだね」

私はもう走れない、お人形さんの様な足になってしまった。


「姉ちゃん、虎って実は腕が発達した動物なんだよ」

「そっか、かっこいいね」

私の腕は力が入らない、強く握られたら折れてしまう枝の様だ。


「姉ちゃん、ライオンの雄叫びってすごい迫力なんだよ」

「そっか、怖いね」

私はもう大きな声が出ない、ライオンどころか猫すら驚かないだろう。


「姉ちゃん、熊ってね、体が凄く頑丈なんだ。堅い毛と脂肪がね…」

「…もう、出てってよ」


─────


それ以来、弟はあんなに大好きだった動物の話をしてこなくなった。

私はお姉ちゃん失格だ、弟は私を励まそうとしていただけなのに。



夜は眠れない、色んな事を、考え過ぎてしまうから。

夢と現が交差するこの時間は余計な考えが真実に見えてしまうから。


「…まぁ、私の体がもう動かないのは…真実だよね」


独り言を呟いて一息つくと思考はまたループするだけだった。

結局夜は眠れない。



それでもただ一つ、夜に出来る遊びがあった。


夢と現が曖昧になる時間に出来る遊び。

微睡みの中で歩いている自分をイメージする。

そのイメージを今居る部屋に投影する。

寝てはいけない、起きてはいけない、半分寝惚けている状態がベスト。


夢と現実が混ざり合って部屋の中を歩き回る事が出来る。

…まぁ、そういう気分になれるだけの遊びだった。

私はこの遊びをハロハロと呼んでいる。

どこかの国のお菓子で「混ぜこぜ」みたいな意味だったと思う。


暇だが寝る以外の事が出来ない、そこで考えだした遊びだが根暗過ぎるかもしれない。

でも誰にも迷惑はかけていないし、とやかく言われる筋合いもありはしない。



そうだ、今日はハロハロで病院の外まで出てみよう。

家まで行って、弟に謝ろう。

車で二十分はかかる距離だけど、イメージだから大丈夫だと思う。

謝っても、それすらイメージでしか無いけども…。



…だめだ。私が歩くイメージじゃ全く進まない。

自分が走るイメージなんて湧いて来ないし、走っても遅すぎる。

速い足…、そうだ、弟が好きな動物に変身しよう。


弟が見せてくれた図鑑を思い出す、足の速い動物は…チーターだ。

私はチーター…私はチーター…私はチーター。

…よし。


私はチーターが走るところなんて見た事が無い。

しかし弟が世界で一番足が速いと言っていた、それなら車よりは速いだろう。


たくさんの走る光を追い越して加速する。

ほらね、車よりも速い。


塀を蹴上がり屋根を走ってみる、風が気持ち良い。

家へ、自分の家へと加速する。




私不在の私の家は静まりかえっていた。

弟の部屋は二階、一息で飛び移る。


「お姉ちゃんだよ。窓開けて」

窓を叩いて弟を呼ぶと弟は嬉しそうに駆け寄ってきた。

「姉ちゃん!治ったの!?…わー!足かっこいい!」

言われて自分の足を見ると足だけがチーターになっていたようだった。

「あちゃー、難しいな…」


「姉ちゃん、もう病院にいなくて良いの?」

「ううん、違うの。今日は朝渡に謝りに来たの。あの時、冷たくしてごめんね」

朝渡、それは弟の名前。これはただのイメージだけど、きっと朝渡なら。

「僕こそごめんね。姉ちゃん動物の話嫌いだったんだよね」

私の可愛い弟、ああ…、なんて都合の良いイメージなんだろう。

「そんなこと無いよ、またおいで」

「うん!」



ハロハロを終わらせるのは簡単だ、寝るか起きれば良い。

起きるとやはりそこは病院だった。今日も眠れない。




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