第9話
頭を下げて高さのない格子扉をくぐると、暗い通路の左側に男女別の牢があった。何度か来たことがあるので、手前が女、奥が男の入れられる牢だと彼も知っている。夜中の侵入者に驚き、怯えた捕虜たちは体をひしめきあって、牢の奥にかたまっていた。子どものすすり泣く声もかすかに聞こえた。カレブが泣き声の持ち主に注意を向けると、母親らしき女が急いで子どもの口を手でおおった。自分たちの短い将来を聞き知っている彼らの居る空間は、絶望と恐怖だけがみえた。
男の牢に視線をさまよわせ、女の牢でお互いを抱き合ってなぐさめあう者たちに視線を迷わせた後、カレブは、彼女らの群れとは反対側の壁に背中をあずけ、眠っている白っぽい顔の人間を見つけた。
女・・・?
カレブがはやる心を抑えて牢の格子に近づくと、他の囚人たちが声にならない悲鳴をあげた。
彼女のいる壁側に寄り、格子につかまりながらしゃがむと、その人間の肌の白さがよくわかった。見たこともない、おかしな衣装を身につけている。たしかに「彼女」は大柄ではあるようだが、直感で危険は感じなかった。彼女は、彼が思いきり手を伸ばしても届かない位置にいる。
カレブは振り返り、格子扉から身を乗り出して事の成り行きを見守っていた牢番とネデルに言った。
『こやつを外に出せ』
二人の顔が恐怖にゆがむ。
『無理ですよ!』
囁きに似た、はげしい声がネデルの口から絞り出された。牢番も必死にネデルに同意して、首を振っている。カレブは不機嫌そうに顔をしかめ、牢番を見た。
『ならば、俺が中に入る。この鍵を開けろ』
『めっそうもない!そんな危険なことはさせられません!捕虜どもに殺されてしまいますよ!』
ネデルは牢番の持つ鍵束を彼の手の上からにぎり、カレブの要求を拒んだ。二人ともが少しずつ後ろにさがっていく。
ふがいない家来と要求を拒否された怒りにカレブはすっと立ち上がり、彼らの所へずんずんと寄っていった。ネデルも牢番も後ずさりしたが、足に力が入らないらしく、カレブは簡単に二人に追いついた。彼が格子越しに手を伸ばして牢番の胸元をつかむと、牢番が言葉にならない悲鳴をあげた。
『来い!鍵を開けるか、あやつを外に出すかのどちらかだ!』
牢番の恐怖は頂点に達し、鍵にしがみついていたネデルの手を振りきって鍵束をカレブに差し出した。牢番にあるまじき行動にネデルが目をひんむいている。
牢番がカレブの手に押し付けるように鍵束を放してしまうと、カレブは自由になった鍵束をつかんで女の牢に舞い戻った。ネデルが両手で自分の頬をおさえ、何かうめいていた。白い異人は、同じ姿勢でまだ眠っていた。
カレブの鍵で牢の扉が開けられても、他の囚人たちは動きもしなかった。身をかがめて中に入ってきたカレブを化け物のように見て、彼がマーシャに近づくのを見ると、彼女らは我先にとさらに隅へと逃げようとした。
マーシャの前にひざまずいたカレブは、まず、彼女の着ている妙な服に手を触れた。指の上で生地が滑る。なめらかでしっとりした、初めての手触りだ。女の白い顔には自分たちと同じものがついている。カレブに異人の存在を耳打ちした者の想像に反し、造りはちゃんとした人間だ。閉じてはいるが2つの目、鼻、唇、耳も2つだ。眉毛もまつ毛もある。近くで見なければ信じられなかったが、どれもこれも女の造りをしている。
ちょっと躊躇したが、カレブは彼女の頬に人差し指の背でそっと触れた。日にさらされ、乾燥地帯に住む彼らの肌と違い、すべすべして柔らかい。頬から鼻に指を移動し、唇を触ったカレブは、今はもう恐怖よりも好奇心に征服されていた。
――こんな肌触りは経験したことがない。