第7話
眉をひそめたネデルが小さく口を開けたままで動こうとしない。彼の出方を観察していたカレブは、最初は不審そうに、そのうち、興味深そうに表情をかえた。
『そうか、おまえは俺に知らせない方がよいと思ったのか。それほど不自然に、変わった者なのか?であれば、俺はその実物をぜひにでも見てみたい』
『いけません、カレブ様!』
『なぜだ?』
『ら、乱暴で危険です!捕虜たちでさえ近づこうとしません!私も手こずって、何とかここまで連行したのです』
しかし、カレブは表情をかえない。
信じていないのだ。
『今はまだ危険です!ですが・・・儀式の日までには弱りましょう。その際に、大人しくなったその者をいくらでも存分にご覧になればいいではないですか!』
『・・・それが事実なら、余計に見てみたい』
ネデルの思いなど知らず、彼は豪快に笑う。
ネデルは奇声に似た声で主人を再度止めたが、彼はすっかり牢に行く気だ。彼の無邪気で楽しそうな口調にネデルは腹が立った。
『せめて、ヨーダ様に異人をいさめてもらうまでお待ちください!カレブ様!』
行く手を邪魔しようと立ちはだかったネデルに、彼は顔をしかめた。
『嫌だ。それに、俺はあの女を信用しない』
『なんという事をおっしゃるのです、カレブ様!ヨーダ様は神と交信できるお方ですよ、軽んじてはカレブ様の身に不吉な事が起こります!』
『ふん。あの女は嘘を言っている。それを忘れたか?』
カレブはにやにやと笑ってネデルの頬を手の甲で軽くたたいた。過去の二度にわたる苦い体験を思い出し、ネデルは下唇をかんで言葉をためる。
カレブ様は、よくも悪くも非常識だ。
儀式に必要で隔離されていた美しい生娘を一度は興味本位で、二度目はヨーダの儀式に疑問を抱いて、彼は我が物にした。一時的な主人への恐怖と誤った忠義心から、ネデルは主人の手引きをした。そして、祈祷師ヨーダには何も知らせることなく、生娘と偽って捧げられた娘を用い、彼女は儀式を行った。
二度にわたり、彼女の祈祷結果には何の変わりもなかった。
私はカレブ様の共犯だ。そして、だからこそ、今回も間違いを起こしても「起こせない」ように秘密を守り通そうとしたのに。
あの異人が“女”とわかって貢ぎ物でなかったとしても、一族の普通の男は手を出そうとも思わない。信心深く、畏れを知る人々はそのような行為をしようという考えさえ持たない。
しかしネデルには、カレブが異形の女に興味を持ち、手をつけるという確信めいた自信があった。
カレブがいまいましそうに鼻をならしてつぶやいた。
『そのうちにあの女のカラクリを暴いてやる。あの女は、力を持ちすぎだ』
カレブの手がネデルの肩を押し、彼は歩き始めた。
捕虜たちが捕らえられている牢へ行くのだ。
ネデルは、自宅を出ようとしていたカレブに走って追いつき、その腕を後ろからつかんで引き止めた。カレブは家来から許可もなく体を触れられたことにむっとして、振り返った。
『何をする!』
カレブは目をつりあげて怒鳴り、腕をぶんぶんと振ってネデルの手をどかそうとした。ネデルは我に返って手を彼からぱっと放し、彼の足元にひざまずいて謝罪の言葉を口にした。
『お許しを!されど、カレブ様、どうかしばしお待ちを!』
『嫌だと言ったはずだ!』
『お願いでございます!』
『そこをどけ!』
『どうかお聞き届けを、カレブ様!民を刺激しないよう、せめて・・・牢に行くのは、せめて夜が来るまでお待ちを!』
怒って興奮していたカレブは体を翻しかけたが、ネデルの譲歩した嘆願に歩みを止めた。彼をじろっとにらみ、それを確認するようにネデルに意味を問いただす。
『暗闇にまぎれて見物に行けというのか?』
ネデルは口惜しさを隠し、顔を地面に向けたままに主人に頷いた。
『ええ。今行けば、騒ぎになるのは必至。夜になったら・・・・私が、案内いたします』
ネデルの視線が落ちた地面に、向きを反対にかえたカレブのつま先が出された。彼がネデルの提案に沿うことを決めたのだ。
ネデルが上を見上げると、すずしい顔でカレブが家の奥の方を見ていた。
『いいだろう。最初からそう言え、ネデル』
『・・・はい。申し訳ありません』
家来の返事を最後まで聞かないうちに、カレブは今来た道を戻りだした。
ネデルは口惜しさと今後に対する恐怖とで、体が細かく震えるのを止められなかった。異人を“男”の牢へ入れてやればよかったと後悔した。女は一族の男並に背が高くて遠目には少年に見えないこともないし、それに男牢の誰もが彼女を恐れて近寄らないはずだから、身も安全だ。
今にでも誰かに処遇の変更を依頼したかったが、それを牢番に伝えることは、彼にはままならない。
自分に同行するよう期待して居室の前でネデルを待つカレブの姿をみとめ、ネデルは胃の下の方が重く痛むのを感じた。