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最終話

 カレブが村を半分ほど縦断すると、数人の村人が人家の周囲でうろうろとしている姿が目に入った。道は乾燥しているというのに全員がネデルと同じようにずぶ濡れで、誰もが一様に不安で怯えた顔をしている。

 彼が尚も走っていくと、ある地点から線で区切りをつけたように道が滑りやすい泥と変わって、周囲にある建物の屋根・壁が全部水浸しになっている不思議な光景が広がった。道には、北へ向かうたくさんの足跡が残っていた。

 そのうちに、カレブの前方から数人の長老たちが疲れきった様子で歩いてきた。やはりびしょ濡れの彼らはカレブに気づいてびっくりしていたが、傷だらけの体で彼が脇目もふらずに彼らの横を全力疾走していく、異様な姿にもっと驚いたようだった。

 長老たちから声をかけられたが、彼は南に向かって一直線に去っていった。


 カレブが壊れた式場の門扉を跳ねのけると、見るも無残に荒廃した式場が閑散として目の前に開けた。

 地面はまだしっかりとぬかるんでいて、人々の無数の足跡が四方八方に伸び、壊れた柵の破片や貢ぎ物の一部が泥にまみれて散乱していた。式場の正面には木製の檻が置きっ放しで、人は、その檻内に取り残された捕虜以外には誰も見えなかった。彼は、ひっくり返って倒れている祭壇の方へ走った。

『マーシャ!!』

 叫んだ自分の声がつぶれていて、いまいましい。

『マーシャ! マーシャ、どこにいる!?』

 祭壇から滑り落ちた貢ぎ物があちこちに飛び散って、茶色の地面を色彩豊かに彩っていた。 それらを飛び越え、三角の上部がなくなったピラミッド前の石台に駆け寄ったカレブは、その端の方にある、短剣による小さな傷を見つけた。隣の装飾台はピラミッドの方向へ倒れ、三つに大きく割れている。焦った彼はその高台の場所から、人々が集まっていた場所を見渡して叫んだ。

『マーシャ! 返事をしろ、どこにいるんだ!』

 式場からは何の返答もなく、彼は焦って石台の周りを調べながら回り、壊れたピラミッドを一周した。誰もおらず、彼女の手がかりになる物も何も見つからなかった。

 ネデルの、消えてしまった、という言葉が彼の頭にこだましたが、それを信じたくなくて彼は頭を振った。

『くっそう・・・・・・! マーシャ、いるんだろう!? 俺が呼んでいるんだ、早く返事をしろ!』

 彼女が神なんかであるものか! 

 俺はよく知っている、マーシャは、れっきとした人間の女だ・・・・・・!


 三度ほどピラミッドの周りをむなしく回って手がかりのないのを確認したカレブは、式場の端に置き去りにされていた捕虜たちの檻を思い出して、近くへ寄って行った。同じ空間で神がかりな体験をした一族の錯乱を見た彼らにもかなりの動揺が広がり、怯えているようだった。

『あんた! 俺たちを助けてくれ! 出してくれ!』

 カレブが現れると男が悲愴な表情で叫んだが、何人かは檻の奥へと戻って、躊躇する素振りを見せた。カレブはその男の腕をつかんで言った。

『最初の生け贄の女はどこに行った!? 知らないか!?』

 面食らった男は手を抜き去ろうとしたが、カレブは頑なに放そうとしなかった。

『あの女はどこだ? 知っている者はいないのか!?』

 捕虜を一人ずつ見て、彼は怒鳴った。

 ほとんどの人間は目をそらしたり伏せたりしたが、腕や服に血のついた跡を残し、青黒いあざをあちこちに作っている男を刺激したくないとでも思った女が、奥の方から恐々と顔を出した。

『あの・・・・・・皆が、消えたと言っていたわ。神が助け出したんだって、言っていたわ』

 カレブは茫然とした。

『女神だって皆が祈っていた』別の女が言った。

 女神だと? 

 ――ちがう! 彼女が、俺を置いて去るはずがない!

 カレブは唇を噛み、男の手を放した。彼の口から勝手に嗚咽が漏れた。

『た、助けてくれないか? あんた、俺たちをここから――』

 カレブは涙があふれてくる目を必死で閉じ、荒れかけた呼吸を落ち着かせようとした。

 まだ、悲しむのは早い。

 彼女が、彼女だけの知る方法で密かに脱出し、村のどこかに身を隠しているだけなのかもしれない。


 彼は目を開けると、地面に落ちていた柵の一部だった頑丈な太棒を拾った。

『・・・・・・下がっていろ』

 捕虜たちは後方に退き、檻の片隅に固まって手を握り合った。それから、カレブは檻の扉部分の棒に向かって、力いっぱいに太棒を振り下ろした。

 一度の打撃でヒビが入り、彼は続けざまに二度、同じ箇所をめがけて太棒を叩きつけた。柵は半分の位置で折れ、彼は上部半分を肘で、下部半分を足で蹴って、人が通り抜けられる大きさの空間を作り出した。

 捕虜たちは顔を輝かせて喜び、順々にそこから脱出した。一般の捕虜たちがそこをすり抜けている間に、カレブは同じ方法で少女たちの檻の柵も器用に壊した。少女の一人は、カレブが一度逃がしてやったが再び捕らえられた少女だった。


 彼に助けられるのが二度目の少女が一際深くお辞儀をして、目に涙をためていた。

 最後の少女が檻から出るのを待ち、捕虜たちは口々にカレブに礼を言った。カレブはそれをさえぎり、喜びで彼を見つめる人々を前に、真摯な口調で告げた。

『おまえたちが村へ帰ったら、おまえたちの族長に伝えてほしい。この一族の儀式は今日をもって最後とし、今後は廃止するつもりだと』

 カレブの願いに、彼ら全てが半信半疑の表情で彼を見つめた。

 それも無理はない、既に儀式は三十年も行われ続けてきたのだから。

 カレブは疼く胸を押さえ、込み上げてくる涙と戦いながら、彼らに嘆願するような口調で言った。

『本当だ。各族長に、ここの族長カレブの言葉として伝えてくれ。あの祈祷師は即刻に処刑する。もし俺の言葉が嘘となった時は、この首をいつでも取りに来るがいい』

 暫しの間、彼らは戸惑ってお互いの顔を見合わせていた。が、そのうちに女の一人が返事をすると、それを合図にしたように他の全員がカレブに同意を見せた。

 彼らは口々に感謝の意をとなえ、カレブの言うように村人の誰にも会わないうちに村の門まで急いで走っていった。


 儀式から一週間が過ぎても、マーシャはカレブの前に一向に現れなかった。彼は、彼女を求めて村中の至る場所を必死で探し、ネデルに道案内をさせて彼女が発見された地点まで行ってその周囲もくまなく探し、夜は彼女がいきなり出現する気がして何度も飛び起き、その都度、彼女の姿を見つけられずに深く落ち込んだ。

妻帯者である族長が別の女に心を寄せている状態が公になっても、一族たちは、彼が愛する女を日々探し回って疾走する哀れな姿を見ては同情し、一緒に悲しみ、彼の相手が女神であり、その女神に愛された男として、族長を非難することはなかった。

 人々を数十年に渡って騙し続けた祈祷師ヨーダについては、どこかに逃げてしまったか、それとも一部の村人に秘密裏に殺されたのか、一族が断罪する前にいつのまにか行方をくらましてしまった。

 そして、カレブがいくら待っても探しても、マーシャは、その行方はおろか形跡さえつかめなかった。


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