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第60話

 “生娘の間”の大部屋に投げ込まれたカレブは、さんざん泣き尽くして涙も涸れはてたはずなのに、何度も頑丈な扉に体当たりして出血した腕や足の裏の痛みがよみがえってきて、涙を流した。あざだらけの腕やひどくぶつけて骨折したかもしれない肘が痛くて泣くのではない。彼自身の軽率さでマーシャを永遠に失ってしまったことが悲しく、何かきっかけがある度に涙が出てきてしまうのだ。

 体当たりを繰り返すうちに彼の全身を縛っていた縄がとれ、せっかく手が自由になったというのに外に出られない事に泣き、雷鳴が空に大きく響いた時も泣き、あまりにも強度の高い扉が部屋に取り付けられている無情さでも泣けた。カレブがそこの扉を壊したと確信していたネデルが、ここの装備を増強するように頼んだのかもしれない。だが今は、そんな事はどうでもいい。

 後悔してもし切れない。どんな理由であれ、カレブは彼女を死なせるために、ネデルの手に渡してしまったのだ。

 どれだけわめいて叫んだかも忘れたが、カレブは顔を上に向け、マーシャの名をかすれた声で叫んだ。


 ベッドでもある台に座り、彼を拘束していた縄の切れ端をぼんやりと見つめていた彼は、外で妙な物音がするのに気づき、台から降り立った。新しい扉には親指の長さほどの覗き窓しかなく、彼の方からは外の様子が窺い知れない。耳をすましてよく聞くと、扉のすぐ外側で、何か重いものが引きずられているようだった。

 その音は三回繰り返され、カレブは警戒を強めて次の展開を待っていた。そして、不意に扉に誰かが手をかける音がした。

『ネデル!?』

 開かれた扉から姿を現した憎き相手に、彼は迷わず飛びかかった。勢いをつけてカレブが体当たりすると、ネデルは衣服が風にたなびくように宙に跳ね飛ばされ、二人は通路からそのまま小屋の下の地面へと落下した。地面に背中からたたきつけられ、その後にも大柄なカレブにのしかかられたネデルは相当に体を痛めただろうのに、彼は一言も声を発しなかった。

『おまえ!! よくも、おめおめと俺の前に現れやがって!』

 ネデルの胸ぐらをつかんだカレブは彼の頬を拳で強打した。体の底から湧き出る激情と慟哭が治まらなかった。殺してやりたかった。

 彼は狂ったように同じ部分を何度もなぐりつけ、ネデルの体をつかんで地面に叩きつけるようにして揺さぶった。ネデルを殴りながら彼は悲しみでつぶれた胸の痛みにあえぎ、大筋の涙を流しながら裏切り者をなじって叫んだ。


 一通り泣いてから、カレブはネデルの様子がおかしいのにやっと気づいた。彼は全身を震わせてさめざめと泣いていて、衣服が泥だらけで、全身がぐっしょりと濡れていた。カレブが知る限り、雷の音はひっきりなしに響いていたが雨なんか一滴も降っていないし、彼らの今いる地面だって白く乾いている。彼から受けた暴力の痛みで泣いているわけではなさそうで、訳がわからなくなったカレブはネデルをつかむ手を体からパッと放した。

『おまえ・・・・・・どうした?』

『雨・・・・・・なく・・・・・・』

 ネデルはうわ言を言うように呟いては、目をぎゅっとつぶって大きく震えていた。

『おい?』

 カレブが手の甲で彼の頬を軽くたたくと、彼は目を開け、恐怖に怯えた瞳をカレブに向けた。だが、カレブの姿をとらえた彼は小さな悲鳴をあげ、両手で顔をおおってもっと激しく震え始めた。

『ネデル?』

 何かがおかしい。

 異変に気づいたカレブは無理やりにネデルの顔から両手を引きはがすと、彼の耳に口を寄せて大声で言った。

『何があった!?』

 大声のはずがかすれた小声にしかならなかったが、とにかく、カレブの声はネデルを現実に戻すのに成功した。ネデルは彼をほんの数秒じっと見ていたが、なぜか大粒の涙をあふれさせ、そして嗚咽した。

『おお! カレブ様! 私は――』

『落ち着け! 何が起きたんだ!』

 カレブは、嫌な事をなるべく想像しないように、混乱しないように、と自分にも強く言い聞かせながら、ネデルの次の言葉を待った。彼と視線の合ったネデルは恐怖にあえぎ、目を力いっぱい強く閉じた。

『ネデル、言わないか! 儀式はどうなった!?』

『おお、カレブ様、どうか、愚かな私をお許しください! 罪深きこの私を、どうか、その寛大なお心でお許しください・・・・・・!』

 今頃になって主人に許しを請う彼にカレブは心底腹が立った。怒りに燃えた彼が部下の胸ぐらに再び手をかけた次の瞬間、ネデルは体をガバッと起こして彼の襟元にしがみつき、ぶたれて変形した顔をカレブの鼻先に近づけて、泣きながら一気にしゃべり出した。

『ヨーダ様は神の使いなどではなかった! あのような女を信じるとは、何と愚かなことを! 生け贄がなくとも雨が降るなど、本当に雨が降るなど! カレブ様の言うように、あの女は女神だったのです! 私は少しも耳を貸さず、ましてやそれを生け贄にしようと・・・・・・私は何ということをしてしまったのか! 神は、村に天罰を下され――』

 一語一句を聞き逃さないようにとネデルの説明に耳を傾けていたカレブは、息を呑んだ。

 湧き上がってくる期待に、カレブは興奮して唇を舐めた。ネデルはしゃくりあげて泣いていて、カレブは彼の首元を持ち上げた。

『ネデル、それはつまり・・・・・・マーシャが殺されずに済んだ、ということか?』

 ネデルはカレブの問いを聞いてしゃくり上げる声を高くさせ、震えて頷いた。答えを知ったカレブは呆然とし、胸にわきあがってくる喜びで目頭が熱くなるのを感じた。

『本当か? 本当だな? 本当に、彼女はまだ生きているんだな?』

 ネデルが顔をそむけたことに急に不安になり、カレブは彼の顎をつかんで自分の方へ向かせて訊いた。

『どうした? 生きているんだろう?』

『・・・・・・わかりません』

『わからない? どういう意味だ?』

『それは、消えてしまったので・・・・・・刃は空を切り・・・・・・ヨーダ様が短剣を突きつけようとした瞬間、そこから風のように、いなくなってしまった。きっと、きっと、神が、彼女を手元に戻されたのです! 神は村にお怒りになり、その後にピラミッドが破壊されてしま――』

 消えた、だと?

 カレブはネデルを放し、その場に立ちあがった。式場の設置された方角である南の空を見上げると、濃い灰色の雲の切れ端がまだ残っていた。

 それから彼は、自分が監禁されていた小屋が建つ村の最北端から式場の設置された最南端へ、全速力で走っていった。

次回が最終回です


未熟な私の小説をここまで読んでくださった皆さん、本当にどうもありがとう!


本編の「あなたと私をつなげる空間」はまだまだ連載中ですので、

もしよかったら、そちらも楽しんでもらえれば幸いです


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