第56話
ネデルが彼女に注意を引き戻すと、二人の男に阻まれても尚、彼女は緊張と焦りを顔ににじませながらも、恐れをちらりとも見せなかった。
みあげた根性だ。
『カレブはどこ、ネデル?』
彼女の口から繰り返される同じ質問に、ネデルは苛立って目を閉じた。護り番の男が、彼女が自分たちの言葉をしゃべるのを聞いて、驚きで目を見開いている。族長宅で狩りさながらに彼らが彼女の身を封じたときには、彼女が発したのは訳のわからない言葉や奇声だけだった。
ネデルが目を開けると、護り番が顔色を覗うように彼を見ていて、彼はその視線にせかされるようにマーシャに目を向けた。
『俺は知らん』
『嘘をつくな。おまえは知っている』
『知らんと言っただろう! あの男は一族の裏切り者だ!』
女がカレブと同じ口調で同じ言い回しをするため、彼女がしゃべる度にいまいましいカレブの姿がよみがえってくる。彼は族長の事を頭から追いやるために必死で言い放った。だが、彼女はまた同じ質問を口にした。
『カレブはどこだ? 私は、彼に会う』
『ええい、うるさい、うるさいっ! おい、早くこの女を連れて行け!』
『はい!』
護り番が彼女の肩に触れようとすると、またもや激しい発光が二人の間を襲った。
乾いた破裂音と共に指先が痺れてしまった彼が動揺し、困惑してネデルを見た。
『これは――ネデル様?』
『俺も同じめにあった。女の、まやかし・・・・・・なのかもしれん』
儀式の始まりと共に、人々の口からは不吉な囁き声は徐々に減っていった。しかし、族長と最初の生け贄が不在という非常事態の中では、人々の不安を完全に消し去ることはできなかったようだ。
大長老は隣の空席を見つめては、儀式直前に血相を変えて飛び出して行った族長の安否を心配していた。彼の知る族長は、大胆で少し常識に欠けるところはあるが、大事な儀式をすっぽかすような振る舞いをする非常識さはない。
今回の儀式は開催前から難儀続きでもあり、彼は族長の身に何かよからぬ事が起きて、戻るに戻れないのだと、確信に近い思いを抱いていた。
生け贄の到着を知らせる弟子の声がなかなか聞こえないので、ヨーダは、祈りの言葉が民たちには理解されないというのをいいことに何度かむなしく繰り返し、終了をだらだらと引き延ばしていた。
祈りが終われば、人々が恐れながらも楽しみにしている、ヨーダによる生け贄の心臓摘出という儀式が待っている。だが肝心の犠牲者が現れないことには、ヨーダができることは何もないのだ。彼女の背後で集う村人たちの、不審そうで不安そうな囁きがいっそう強くなったように思えた。
これ以上の引き延ばしは不自然だとヨーダが感じた頃、式場の門のあたりで人々が大きくざわめいた。
そのざわめきは静かな波となって前列まで達し、彼らに背を向けているヨーダは、最初の生け贄である異形の女がようやく式場に届けられたことを悟った。
上半身を二箇所にわたって縛られ、一族とは明らかに違う種類の人間が家畜のように紐にて引っ張られて歩くと、その先の人々が脇へと逃げて人の波の形が変わり、その位置は前列にいる人々からでも容易に推測できた。
マーシャが人々の列の半分ほどまで歩いたところ、祈祷所で彼女を神扱いした男たち二人が急に走り出てきて、彼女の前にひれ伏した。周囲の人々が驚きの声をあげ、ネデルたちはびっくりし、唖然とした。ネデルが彼らをどかそうと押し殺した声で二人を脅したが彼らは屈せず、マーシャもそれにはとても驚いていた。
『おお、女神様! 私たちの女神様! 何卒、私たちの無礼をお赦しください!』
『どうぞ、私たちにご加護を!』
『どけ、どけったら! こいつは神などではない!』
周りの村人たちが彼らの意外な行為でざわめき始めている。苦労してやっと式場にまで連れてきたマーシャを尚も邪魔立てする存在に、ネデルはうんざりした。
『ネデル様、どうかこの方はお連れするのはお止めください! 必ずや、天罰が村にくだりますよ!』
『神のお怒りに触れる前に、どうかおやめください!』
苛立ったネデルは男たちの行為に我慢できず、近くにいた鍛冶屋の男を足蹴にした。なんて仕打ちを! と、群集の奥から非難めいた声や小さな悲鳴があがる。
ネデルは村人たちの反応にますます腹が立ち、牢の守り番も同じ目にあわせ、男たちは地面に転がった。しかし、二人とも、彼女をあがめる姿勢を変えようとはしなかった。