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第55話

 西からの風は徐々に力を強めて濃い暗雲を村の方角へ押し流し、西空に見える山の周りには小さな稲光まで時々発生していた。木檻の到着が遅れたことに加え、当然いるべき指定席に族長の姿がいつまでも戻らないことを怪訝に思う長老たちや村人たちが眉をひそめ、声のトーンを落として囁きあっており、会場は不穏な空気を感じ取って不安に苛まれる人々のうごめきで静かに波立っている。


 ネデルよりひと足先に式場入りしていたヨーダは、生娘や一般の生け贄たちの入った木檻が運ばれてしばらく経っても最初の生け贄の女が届けられないことで、焦燥と不安をつのらせていた。上空に響く雷鳴がさっきよりも近づいてきていて、村人たちの不安を不必要に煽っているように見えた。

 一向に届かない知らせにしびれを切らしたヨーダは、第一弟子に会場から何人かの男たちを祈祷所まで手伝いに向かわせるようにと耳打ちした。彼は静かに頷き、席に戻って仲間たちに素早く彼女の指示を伝言していた。儀式の祈りと進行に関する事由にだけ口をきくのを許されている弟子たちは彼からヨーダの指令を伝え聞き、数人の屈強な男たちの協力を求めて人々の間にまぎれていく。

 式場の門を抜けていく数人の男たちの姿を見てやっと、ヨーダは群集に背を向けた。

 ピラミッド頂上には聖なる皿にかがり火が据えられ、強まる風とともに大きく揺らめいている。致命的になりえる儀式進行の遅れを取り戻すため、また、人々を鎮めて儀式を通常の雰囲気に戻す目的で、ヨーダは神に捧げる祈りと誓いの神聖な言葉をピラミッドに向かって唱えあげ始めた。

 この長い祈りが終わってしまう頃には、いくら何でも最初の生け贄は到着しているだろう。



 動きが鈍くなったネデルの前から、マーシャは少しずつ間合いをとって移動をしていたが、それも長くは続かなかった。門の向こうに伸びる道の先に、ネデルの義弟や族長宅の護り番を含む数人の男たちがこちらに急いでいる姿が見えたのだ。数を数えてみると、六人もいた。族長を監禁し終えて式場に戻ろうとしていた彼らが、何らかの理由で祈祷所に足を戻したのだ。

 マーシャは緊張で体を強張らせ、両拳を強く握りしめた。

『ネデル様!』

 彼女が二度と聞きたくない声の持ち主の一人である、ネデルの義弟が遠くから義兄に手を大きく振った。ネデルが肩で息をつき、加勢の登場にあからさまに安堵した表情で後ろのマーシャを振り返って嫌味な笑い方をする。

 一人だけ先に走り寄ってきたソニーが、ネデルの前に自分ひとりで立っている彼女を見て驚きの声をあげた。

『縄を解いたのですか!』

 ネデルが小さく首を左右に振った。

『そうではない。あれが自分ではずした』

『何ですって?』

 ソニーの目は、地面に放り出されていた輪状の縄と彼女の全身を見比べた。

 残りの男たちが祈祷所に着き、マーシャを初めて目にした数人の男たちは目を点にしていた。

 彼女の緊張感が高まるのに呼応したように、遠くの上空で地の底から響くように不気味な割れる音がしている。午前中だというのに辺りはますます暗くなってきて、勢いを増した風がマーシャの濃茶色の髪を東になびかせていた。


 彼女に恐怖を表す男たちの三人はここに残っていた三人と同様に使いものにならないとみなし、ネデルは彼ら六人を二つの木檻の運搬にあてがうことにした。檻を丈夫な運搬用台車の上にそれぞれ乗せ、台車にはめられた木枠を人力で引っ張っていけば、重量に相当するほどの労力を使わずに式場まで運んでいける。捕虜たちはずいぶんと静かになっており、護り番の男も手を貸したので、二つの木檻は各台車の上に短時間で乗せることができた。

 生娘の檻に三人、一般捕虜の檻に三人の男が付き、準備が終わって出発するだけとなった。マーシャを捕らえるのに同行した族長宅の護り番がネデルの名を呼んだ。

『ネデル様! 準備ができましたが、どういたしますか?』

 呼ばれた彼は護り番に振り返り、その後ろに控える男たちを見やった。

『おまえだけ残って、あとは先に行け。俺も、すぐに後を追う』

 それから、ネデルは義弟に振り向いて、一般捕虜たちの台車に付き添うように言った。

『私が? どうしてです、あの男が行けばいいじゃないですか!』

 男たちの作業を手伝った護り番が引き返してくるのを怒ったように見て、彼は不満そうにネデルに言った。だが、ネデルがつきさすような視線で彼に一瞥を与えると、彼はふてくされたように唇を噛んで視線をそらし、押し黙った。

 マーシャを捕らえる際、実際に彼女に手を出して拘束したのは護り番だ。

 義弟は彼女の手が縛られて抵抗できないとわかってから、彼女の全身を縛る縄をかけただけだ。そして、ネデルは彼女に少しも触れることなく、二人に指示をしただけだ。

 実際に、本当に頼りになるのは、護り番しかいない。

 義弟はしぶしぶ台車の後ろを押すこととし、死の先行隊はマーシャを置いて出発した。

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