第51話
『――ネデル!』
彼への殺意を全身で表しながらカレブが門を駆け抜けていこうとすると、どこから現れたのか、三人の男たちがふってわいてきたように彼の周りを囲み、驚いている彼に飛びかかった。その男の中には、ネデルの義弟とカレブの護り番もいた。カレブの体を三方向から捕らえた男たちにより、彼はあっという間に地面に倒された。
『おまえたち、よくも俺にこんな事を・・・・・・!』
頭を護り番の腕に押さえられながらも、カレブの目にはヨーダとネデルが恐怖をたたえた目で自分を見下ろしているのがはっきりと見えた。
『ネデル、おまえ!』カレブの怒りは爆発した。『おまえだけは絶対に・・・・・・絶対に殺してやる!!』
男たちが暴れるカレブに体を乗せて押さえ込み、腰にソニーの尻を乗せられたカレブはうめき声を出した。カレブの体の下で黄色い土埃が舞った。
『放せっ! おまえ、マーシャをどうした、あの女に、マーシャに危害を加えたら許さない! おまえたち、放せと・・・・・・放せと言っているだろうっ!』
左手を背後から押さえていた男を跳ね飛ばすことに成功したカレブだったが、すぐに別の手が彼を押さえ、彼は手足の自由がきかなくなった。地面に唇が押しつけられ、彼は小さな呻き声をあげる。土埃が大きく舞い上がり、三人の男の下でカレブは苦しさのあまりに咳き込んだ。それを見ていたヨーダの瞳に同情ともいえる色が浮かぶのがカレブにも見えた。
『ヨーダ、よくも俺たちを騙してくれたな! おまえは空の動きを見て雨が降る前兆を見つけるだけだ、誰にでもできることなのに! 雨を予知するなど神々しい事を言って、おまえのやる事はただのインチキじゃないか!』
ヨーダの顔が一瞬さっとこわばったが、彼女は何事もなかったかのようにいつものすました表情に戻った。
『なんということじゃ、族長ともいうお方が。亡くなった捕虜たちの悪霊にとりつかれ、すっかり度を失ってしまわれた!』
それから、族長を拘束していることで多少弱気になっているだろう男たちを励ますように彼女は優しい声色で言った。
『おまえたち、そんな顔をするでない。ここにおられるのは族長であって、今までの族長ではない。普段の族長であれば、あのような異形の女に・・・・・・惑わされようはずもない』
『ヨーダ! ネデル!』
ネデルはヨーダに同意し、カレブの叫びに嘆くようにため息をついて、カレブの動きを止めている男たちに彼の体を頑丈な縄で縛るように命じた。
『ネデル、おまえにそんな事ができると思うのか! あの女を牢から出して俺に連れてきたのは、おまえだぞ!』
『ええ、そうです・・・・・・私も危うく悪霊の餌食となるところでした。あの時の私は、自分が何をしているのかわからなかったのです』
『いい加減なことを言うな、ネデル! 悪霊などどこにもいないし、俺は、あの女を愛している!』
『おお、なんという事! おまえたち、族長を早く縛りあげなさい! 悪霊が体から出てこないうちに!』
ヨーダが顔を覆い、男たちに作業を急がせるように叱咤した。
彼らはカレブを後ろ手にきつく縛り、その上、腕を体に固定させるように二重に縛った。三人がかりでカレブが立たされると、彼はヨーダとネデルに毒づき、ネデルを烈火のごとく怒ってにらみつけた。ネデルは怯えた態度を見せてはいたが、その一方でカレブを卑下する表情も見せていた。
『・・・・・・マーシャをどうした?』
『あれは女神などではありませんよ』
『彼女の名前だ。マーシャをどうしたんだ?』
ネデルはむっとして口をつぐんだ。だがすぐに、捕虜たちが放り込まれている檻の方へ視線を投げた。カレブがそれをたどって見ると、木製の檻の前に口を閉められた茶色い麻袋があり、それは上下に小さく動いていた。
カレブははっとなってネデルに視線を戻した。
『おまえ・・・・・・彼女をどうするつもりだ!』
カレブの瞳はネデルの唇から離せなかった。顔が震え、どうしても止められない。
『言え! マーシャに何をするつもりだ!』
口惜しさと哀しさでカレブの両目から涙がこぼれた。ネデルだけでなく、族長の周りにいた男たちは心底驚いたように彼を見つめた。頬を流れていった涙が唇に触れ、カレブはそれを親指で拭い、濡れた指先を見た。そこから目をそらせず、カレブの喉の奥が小さく震え始めた。彼の目からは涙がとめどなく流れ始めていった。庭中が沈黙し、ネデルは動揺したようにカレブと男たちを見て、答えを言いあぐねているようだった。
『――ネデルはな』
沈黙を破ったのはヨーダのしわがれた声だった。カレブは彼女を鋭く睨み、人々が彼女に振り向いた。
『ネデルは、あれを最初の生け贄として捧げると言うてくれたのじゃ。なんと素晴らしい贈り物だこと』
彼女は鼻の穴をふくらめて笑い、隣のネデルを賞賛するように眺めた。
『のう? わしはそろそろ行かねば。民が待ちかねておる』
『ヨーダ!』
カレブの叫びはヨーダに無視された。
カレブとのやり取りに興味を失くしたらしいヨーダがネデルの側を離れようとした。ネデルが囁くように彼女に何かしゃべり、彼女は満足そうに頷いて門の方へと歩き出した。
カレブは、ヨーダの動きを追う男たちの、一瞬の隙をついた。無言でヨーダに走り寄ってその大きな体を彼女に体当たりさせる。ヨーダは逃げる間もなく、まともに大きな筋肉質の男の体を受けて軽々と後ろに吹っ飛んだ。彼女の体は緩やかな弧を描いて地面に背中から着地した。
『ヨーダ様!』
悲鳴をあげたネデルがヨーダに駆け寄って助け起こす間に、ソニーがカレブの脇腹を力まかせに肘でつき、彼が傷みでひるんだところを男たち三人が体の両側を拘束した。