第50話
彼ら三人は祈祷所を出て、村の南北の道を北上した。式場へと向かう人々の姿はまばらになっており、「妊婦の家」を除く村中の人家が空っぽになるのも近い。
『どこへ行くのですか、ネデル様?』
興味津々のソニーが尋ねても、ネデルは卑屈に微笑むだけで返答しない。護り番の男はネデルに使われるのが気に入らないため、面白くなさそうに欠伸をした。
長老宅の手前に建つ食品保存庫の脇にあった大きな麻袋を拾い、ネデルたちは大長老宅から伸びる道との交差点を左折した。その先にある人家はまばらだ。一般の人家を少し離れると族長宅がぽつんと建っている。
それまで何の疑問も持たずにネデルたちに同行していた護り番は、突然、自分たちがどこに向かっているかに気づいてはっとした。
『ネデル様、まさか・・・・・・あなたは!』
声をあげて立ち止まった彼にネデルが冷たい視線を向けた。義弟が興味深そうに二人の間を見守っている。
『何だ? 俺がどうした?』
『いけません、ネデル様! 村の民に手をかけるなど! ・・・・・・ましてや族長の!』
義弟に視線を走らせて言葉を切った彼だったが、彼は反意を示すためにネデルが自ら持つ麻袋の先をぐいと引っ張った。ネデルは目をつり上げて彼の無礼に怒りを示し、しかし、不敵に鼻で笑った。
『何の悪いことがあるものか。おまえ、あれの顔を見たことがあるのか? あれは村の民ではない、元々は俺がヨーダ様に差し上げるために捕まえてきた者だ。おかわいそうに、カレブ様は死んだ捕虜の悪霊に取り付かれて神経がおかしくなっているのだ。カレブ様はあの女を外に出したばかりか、ご自宅にまでお引き入れなさった。俺は、その女を元の立場に戻してやるだけだ!』
『悪霊――ですって? ああ、族長はそのような弱い心の持ち主ではございません! 族長はただ、恋をなされているだけですよ!』
『は、恋だと? ばかなことを言うな! あの者を一目でも見たら、おまえの方が間違っているとすぐにわかる。あれに恋をする者などいるか! さあ急げ、もう時間があまりないのだ!』
彼がつかんでいた麻袋はネデルによって力まかせに引き抜かれた。
ネデルは先頭を切って急ぎ、興奮したように顔を上気させるソニーは彼に必死についていきながら、護り番の腕をつかんで急がせた。護り番は困惑し、怯えていたが、ソニーの手で無理やりに連れていかれた。
おそらく、ほとんどの村人たちが式場に詰め寄せていただろう。何十人という民が長老やカレブに声を掛けていった。年に一度の神聖かつ残虐な儀式を目前にして、村人たちは気分を高揚させているはずだ。カレブは祭壇前の指定席で長老たちと並んで儀式の時が来るのを待っていた。
しかし、ネデルはまだ戻ってきていない。
彼の側を去る時のネデルの様子から想像すれば、彼が暴れる捕虜の前では全然役に立たないままに返されそうなものだが、今のところは戻っておらず、カレブが何度も振り返った式場の入口にもそれらしき姿は見えなかった。カレブはずっとそわそわとし、長老たちの話も村人たちの言葉にも、耳が傾けられないでいる。
空が例年になく暗くなってきていた。
何十回目かに入口をカレブが見た時、門の護り番が村に続く道や周囲を見渡し、人がいないことを仲間と確認し合っていた。彼らはそろそろ式場の出入口を封鎖し、内側から開けられないようにしてしまう。
カレブはとんでもなく、胸騒ぎがした。
時間が、かかり過ぎている。
いてもたってもいられなくなったカレブは発作的にその場を飛び出し、人々を掻き分けて出入口へと走り寄った。長老が彼を呼ぶ大声が後ろから飛んできたが、彼はそれを無視した。
『族長? もう儀式が始まりますよ?』
『わかっている。すぐに戻る!』
護り番たちの間をすり抜けるように走り、カレブは祈祷所へと続く、ゆるやかな坂道を駆けのぼっていった。彼がそれほど走らないうち、祈祷所から出たばかりの弟子数人が正装でしずしずと歩いてくるのに出くわした。
『おまえたち! ネデルを見たか!?』
式場に座っているべき族長のいきなりの登場に全員が驚いていた。だが、儀式のために祈祷所を出た祈祷師とその弟子たちは誰とも口を訊くことが許されていないため、誰もが何の言葉も発しない。五人の弟子たちはカレブの横を黙ってただ通り過ぎて行った。いまいましい儀式の規則にカレブは歯軋りした。
髪を振り乱し、カレブが祈祷所の門にたどり着くと、門の陰でヨーダとしゃべっているネデルの意気揚々とした姿を発見した。
その瞬間、カレブはネデルが裏切ったことを知った。