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第49話

 まるで生まれたばかりの子山羊のように、自分に手を引かれて転がるように歩いている兄を視線の端にとらえ、オルウェンは首を捻っていた。いつもの彼は弟や格下の者にこんな扱いをされたなら激怒するだろうに、それに腹を立てないばかりか怯えたように口を閉じ、視線をあちこちにさ迷わせている。まるで、兄自身が生け贄にでもされるかのように。


 祈祷所の門を抜けたところに、木の檻を囲む人の輪が出来ていた。牢小屋の守番二人、ソニー、族長の護り番の一人、鍛冶屋、石切り屋、その後ろにヨーダの弟子たちが困惑して檻を見つめている。檻内の捕虜たちが彼らに近づこうと試みる者たちを威嚇するように柵の間から手や足を出して振り回し、柵に体当たりして暴れていた。

『ネデル様!』

 ソニーが、連れられてきた義兄ネデルを見つけて歓声をあげた。

『どんな様子だ?』

 ネデルを連れて来たオルウェンが、走り寄ってきたソニーに向かって冷静に状況を尋ねた。

『どうもこうも・・・・・・最初の生け贄用に元気な男を捕まえようとしているんだが、あんなに暴れられて、無傷で身柄を拘束するのに手間取っているんだ。あれでは檻の鍵も開けられない。あの三人の男のうちどれでもいいんだが』

『槍で威してもだめか?』

『奴等、俺たちが体に傷をつけられないと知っているんだ、効果はないよ』

 低くうなって、ソニーが捕虜の檻を見た。


 捕虜の抵抗は毎度のことだが、大抵の場合は、劣悪な環境下での拘束が続いた後の捕虜たちは身体的に弱っていて、数人で押さえればいつも何とかなっていた。男たちが暴れている檻には中央に一人の男と三人の女たちとが固まっていて、外側から手出しを加えられないように檻内でぐるぐる回りながら、周囲を牽制していた。

 牢小屋の守番の後方には別の木製の檻があって、そこには生娘たちが入れられている。中の娘たちは怯えきって顔色が真っ青だ。

『あの三人でないといけないのか? あっちの生娘で代用しては?』

『あっちを使うだって? 冗談じゃない、生娘なんか使えるわけがないさ! それくらい知らないのか!』

 ソニーになじられたオルウェンは気分を害し、むっとした。

『じゃあ、どうするんだ?』

『だから、困っているんじゃないか! 俺たちで三人のどれかを捕まえるしかないだろう!』

 彼はオルウェンを侮蔑するように見た後、地面にぐったりと腰を落とす義兄の背中を見て大げさにため息をついた。彼にならってネデルを一瞥したオルウェンも、檻の中の捕虜たちと周囲にいる者たちをやるせなさそうに見つめた。

 そこにいる誰もが困惑し、焦って檻を見つめている。例年より拘束期間の短い三人の男たちは元気過ぎるくらいに元気だった。


 オルウェンは自分の手が引かれたことに気づいて、ネデルの頭に視線を落とした。

 祈祷所に着くやいなや、ネデルは力尽きたようにオルウェンの隣で庭の地面に腰を落としてしまっていた。オルウェンが多少あきれながらも放っておいた、その彼が目を生き生きと輝かせて彼を見つめていた。

『・・・・・・おい!』

『兄様?』

『元気ならば男でなくてもいい、そうだな? おい! いるぞ、格好の獲物が!』

『はぁ? どうしたのです?』

 オルウェンの目の前で、ネデルは地面から跳ね上がるようにして立ち上がった。彼のいつものちょっと意地悪そうな笑みまで復活していた。

 彼はぽかんとするオルウェンの前を堂々と通り過ぎて、ソニーの肩をたたいた。

『ソニー、俺と一緒に来い! ヨーダ様がお喜びになる、最初の生け贄として最適な者がいるぞ。捕まえるのを手伝え!』

『はい!』

 実弟より自分が選ばれたことに、ソニーは挑発的に鼻を鳴らしてみせた。オルウェンは相手にせず、やれやれ、と肩をすくめる。


 ソニーを連れたネデルは、檻の近くで状況を見守っていた族長の護り番の元に一直線に向かった。

『おい!』

 呼ばれた男は興味なさそうに振り返った。彼は現れたネデルを物憂げに見て、隣にくっついているソニーをちらっと見た。彼は呼ばれても、ネデルに返事をしなかった。

『おい、おまえ!』

 ネデルが早口でそう言うと、護り番はわざとらしく長い息を吐き、面倒そうに言った。

『何でしょう?』

 ネデルはむっとして彼を睨んだが、彼の態度は改められなかった。族長カレブの次にくるネデルの立場ならば、誰もがネデルを敬って然るべきなのだが。

 主人が部下ネデルを軽視するから、主人の使用人たちも彼を軽んじるようになったのだ。

 ネデルは思わず握っていた拳を見つめ、護り番の冷たい目を見返した。

『おまえに名誉ある役目を与えてやる。俺と一緒に来るがいい』

『え? いえ、結構です。 私はここですべき仕事がありますので』

『なっ? つべこべ言わずに来い! おまえにも手伝ってもらう、早く!』

 護り番はあからさまに不満そうに顔をしかめたが、ソニーにいきなり肩をつかまれた。『ちょっと? ――やめてくださいよ!』

 祈祷所を出る前に、ネデルは捕虜の男を捕らえるのは急がなくてもいい、とオルウェンに伝えた。

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