第47話
大勢の人々が式場入口に川の流れのように飲み込まれていく。入口の両側には二人の護り番が配置され、門の両端に神聖なかがり火も追加されていた。風向きは昨日に引き続き西からで、空気中の湿気は鬱陶しいくらいに増えており、空が低く暗くなっていた。長老やカレブたちを通り過ぎて先に行く者の中には、不気味な上空を憂いて祈っている者さえいる。
ネデルの母親、妻と娘も式場内の人の群に加わろうとしているところだ。長老たちと族長の姿を見つけた護り番たちが、彼らに道を譲って門の横に少しずれた。村中のあちこちから人々が続々と集まりつつある。カレブは古傷である左肘に手を触れ、顔を強張らせた。
場内の人だかりの奥、地面より一段高い祭壇には様々な貢ぎ物がところ狭しと並べられていて、そのさらに奥にある石のピラミッドの最下段には、昨日遅くに運びこまれた重厚な石台と生け贄から取り出した心臓を置くための装飾台が用意されている。
祈祷師ヨーダは村人全員が集まった後に一人で登場する。彼女の弟子たちもまだ来ていない。カレブは彼女が立つはずの石台の向こう側を鋭く見て、低くなってきた空を見上げた。
式場入口を通り抜けた直後、どこからか寄ってきたネデルの義弟ソニーがカレブの隣にいる彼を引き止めた。
『ネデル様!』
彼は隣にいたカレブに気づかなかったらしく、カレブと目が合うと焦って挨拶した。
『ネデル様、どうかお助けください! 牢小屋から出して祈祷所の敷地内に移したのはいいものの、何人かがひどく暴れて連行役の男たちが手こずっている状況でして・・・・・・生贄たちを連行するのに手間取っているのです! 大切な貢ぎ物を傷つけるわけにはいかず、力の強い男たちで押さえようとしているのですが、どうもうまくいっていないようで』
カレブはネデルの反応を牽制するように無言で見守っていたが、必死の義弟の表情さえ彼には見えていないかのようだった。ネデルがあっさりと首を左右に振った。
『他の者に頼んでくれ』
ソニーは信じられない彼の言葉に耳を疑った。
『ネデル様? ヨーダ様が困っておられるのですよ?』
『知らん。他をあたれ』
カレブが心配するまでもなく、ネデルは追いすがる義弟を袖にもしない態度で彼を追いやった。ネデルが儀式に関わる名誉なら何でも加担したがるネデルにあるまじき行為だ。
ソニーはひどく困惑していたが、それでもカレブに挨拶をすると、すぐに別の方向へと走って消えていった。
祭壇正面の所定の席にカレブたちがたどり着くと、正装した弟子の一人が石台の最後の掃除を丁寧に行っていた。先に席にいた長老同士は機嫌よく話に夢中で、集まっている人々は口々に噂話や世間話をしては和やかで、儀式特有の緊張感はまだそこにはなかった。
『・・・・・顔色が悪いようだのう、ネデル殿。大丈夫かね?』
長老ののんびりとした声に、カレブがネデルに視線を戻した。視線をまともに長老に向けないように注意し、カレブが長老とネデルのやり取りに神経を集中させていると、ネデルは、大丈夫だ、と抑揚のない声で彼に答えていた。長老は納得しかねているようだったが、背後にいた村人に話しかけられ、彼の注意はそちらに移った。