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第46話

 全てが終わったカレブがようやくマーシャの待つ寝室に帰ると、彼の顔を見るなり、彼女が駆け寄ってきた。

『大丈夫?』

 指先を震わす彼女の両手を取り、カレブはマーシャに顔を近づけて微笑んだ。

『大丈夫だ』

『本当?』

『本当だ。ネデルは隣の部屋に置いている。縛ってな』

 体を縄で縛る仕草をし、カレブは隣室に面する壁をさした。それでも、マーシャの不安そうな表情はとれなかった。

『心配するな、今夜さえ乗り切れば大丈夫だ』

 カレブはマーシャの顔を両手ではさみ、キスをした。すると彼女は小さく笑い、カレブの肩に顔をあずけ、背中におずおずと手をまわした。カレブが彼女の髪に手を入れると、彼女も彼の肩の上で唇の端を上げた。

「俺はおまえが好き」

 彼女を笑顔にする常套句をカレブが不完全な発音で口にすると、みるみるうちに彼女に大きな笑顔になった。彼の背中にまわされた彼女の手に力が入り、彼はまた彼女にキスをした。


 儀式当日の朝、ネデルは不自由で窮屈な格好だったというのに、見張りの男に揺り起こされるまで椅子の上で器用に眠りこけていた。マーシャの身を案じて一睡もできなかったカレブと違って充分な睡眠をとったようなのに、ネデルの目の下には黒ずんだクマができており、顔色が病人のように悪い。体を固定されていた縄から自由になっても、ネデルは気力が萎えてぼんやりしているようだった。彼に何を言ってもやっても反応が鈍く、召使女は彼を叱咤して着替えを済ませた。

 ネデルとカレブの身支度が完了し、護り番や召使女たちが先に出発する二人を見送るために家の前に出揃った。誰の目にも明らかなほどに気落ちした表情のネデルは、主人から借りた儀式用装飾品を肩と手首に着けている。カレブの目はまだ赤く、明るい声で笑うどころか一言も発せず、口をきっと結んで無表情を決め込んでいるように見えた。一夜明けて主人とあらためて顔を会わせた女たちは、自分たちの軽率な噂話がネデルを家に侵入させてしまった失態への後ろめたさや怖れからか、主人と目をまったく合わせようとせず、身を縮めてうつむいているばかりだった。

『行ってらっしゃいませ』

『私たちも後ほど参ります』

 護り番の男たちがそう声をかけると、カレブは目線を動かすこともなく、微かに頷いた。

『行ってらっしゃいませ・・・・・』

 遠慮がちに召使女たちがそう言うと、カレブは扉の横に佇む彼女たちを静かに見た。彼女たちは頭を下げ続けていた。

『おまえたちが出たら家には鍵をかけていけ。裏口も忘れるな』

 静かだったが、言外におそろしいほどの圧力を感じさせるカレブの口調だった。

 命じられた彼女たちだけでなく、護り番たちも主人の命令に返事をした。


 カレブはネデルの半歩後ろについて歩き始めた。カレブの鋭い瞳はネデルの横顔とその脇腹に向けられ、右手は腰のナイフから動かない。彼がちょっとでも妙な行動をしたら、瞬時に横から脇腹を刺してやるつもりでいた。ネデルは身構えることもなくぼんやりと地面を見て、ただ足が動く方向に進んでいるだけのようだ。

『おまえは儀式が終わるまで、ずっと俺の隣だ』

『・・・・・・はい』

 ネデルは機械的に返事をした。

『少しでも誰かに俺の事をしゃべろうとしてみろ、その場でおまえを刺すからな』

『・・・・・・はい』

 カレブはネデルの表情をじっくりと探るように見て、彼の手や足にいたるまで細かく観察した。

 少し猫背になって、精気のない瞳は地面を見つめ、とぼとぼと老人のように歩いている。


 大長老宅が見えてくると、朝の早い老人たちである長老たちは既に全員集まっているのがわかった。長老の一人がカレブたちに気づいて二人に片手を上げる。

『カレブ様・・・・・・』

 今日になって初めての言葉らしい言葉を発したネデルを睨みつけ、カレブは周囲に視線をめぐらせた。

『・・・・・・何だ?』

『あの・・・・・・あの女と会話をしているように聞こえたのですが・・・・・・』

『おまえは!』

 カレブはネデルの腕をねじりあげ、歩みを止めさせた。顔をあげたネデルが、焦点の合わない目でぼんやりと主人を見た。

『おまえ、殺されたいのか! そんな事を口にするのなら、今ここでその首を切ってやってもいいぞ!』

『はあ。いえ、私はただ・・・・・・お二人が話す、というのがどうにも不思議で・・・・・・』

 ネデルがため息をついてうな垂れたが、カレブは彼から手を放さなかった。

 ネデルがもう一度深いため息をつき、力なく目を閉じる。それを見て、カレブはにこりともせずに低い声で囁いた。

『彼女は言葉を覚えた。一度教えればすぐに覚え、他の知識も豊富にある、賢い女だ』

 ネデルは曖昧に頷き、目を開いた。

『――あれは、今日も雨が降ると知っていた。ヨーダがお告げを出す、前の話だ。ヨーダでなくても雨の降る時がわかるんだ。おまえも、誰もが信じないだろうが、次に雨が降る時はヨーダの代わりに俺が“予言”してやる。そうすれば、俺の話が正しいこともヨーダが預言者などでない事も納得できるだろう』

 ネデルが顔を上げ、いぶかしげにカレブを見た。

『・・・・・・はあ?』

『雨を降らせるのに贈り物は必要ない。今日がヨーダの最後の儀式になるはずだ、よく見ておけ』

 カレブは低い声でそう言い、不可解な顔をしているネデルの手を自由にした。

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