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第41話

 儀式が急遽明日に決まった村は、あっという間にその対応に追われることになった。族長カレブは人々の動員を指示すると、備品等の配置はヨーダの弟子たちの指示を仰ぐことを皆に申し渡し、夕方近くに様子を見に来るまでその場を離れることにした。儀式関連の件については祈祷所が取り仕切る慣わしとなっており、族長や長老が前面に出るのは良しとされない。牢小屋の周囲もあわただしく動き始めた。

 ネデルはまだ帰宅していないが、カレブはマーシャの身が心配だった。

 今日と明日の昼までを乗り切れば、彼女の身はおそらく無事だ。帰宅したネデルもそのまま式の準備に入って多忙を極め、俺の家に寄り付くことはあまりないはずだ。

 彼女さえ外に顔を出さなければ、村中が忙しくしている今、見つかる可能性はとても低かった。

 ――今夜はずっと家で待機して、彼女の側で見張っていよう。


 寝室に戻ってきたカレブは、そこで退屈そうに足を投げ出して座っているマーシャを見つけた。

 せっかく外に出ていられたのにまた室内に逆戻りだ。かわいそうに。

「・・・・・・どうしたの?」

 入口につっ立って彼女を見つめているカレブを見て、彼女が言った。

『今、知らせが来た』

『来た? 誰?』

 もう少しの辛抱だ、マーシャ。

 彼は上唇を舐め、彼女に近づくと床にひざまずいた。彼女の手を取って自分の額に当て、彼は目を閉じる。

 ――明日の午後になれば、おまえは自由だ。

『カレブ、何?』

『やはり、おまえは俺の女神だ。おまえの名の意味するとおりにな』

 再び唇を舐め、カレブは顔をあげて誇らしそうな笑顔を見せた。

『明日、儀式だ。雨が明日降るとあの嘘つきな老婆が言ってきやがった』

 後半は何を言っているか理解できなかったが、彼女はカレブの言う事にはっとなって体の向きをかえた。

『明日? 本当? 明日、儀式?』

 カレブが満面の笑みを見せた。

『そうだ、おまえが正しいという証だ。おまえはもう一日だけ、ここで待てばいい。わかるか? あと一日だ』

 彼の立てる人差し指に、彼女は何回も大きく首を縦に動かした。

 あと一日、ここに身を隠していればいい。そうすれば、外に出られる身となる!

 彼女が興奮した瞳をカレブに向けると、気持ちを察した彼も嬉しそうに顔をゆがめていた。マーシャが彼の首に腕をのばしてその体を抱きしめると、彼も無言で彼女を抱き返した。

『明日の朝、俺は外出する。ここの者も全員いなくなるが、俺がここへ戻るまではずっとこの部屋にいろ。俺が帰った時、おまえは自由になれる。これは大事なことだ、俺の言葉をちゃんと理解したか?』

『みんな、いなくなる。私は、ここにいる』

『そうだ。俺が戻るまで、絶対にここから出るな』

 カレブはマーシャの笑顔を見ると胸がつかえた。

『カレブが戻る。私、ここを出る。私、外に出る』

 賢い女だ。

 マーシャを見つめ、彼はゆっくりと頷いた。『そうだ』 

 ――ああ、この女が俺の妻ならば、どんなによいか。 


 生け贄の慣習ができたのは、祈祷師が若く美しかったヨーダに交代してからの約三十年前だ。カレブの生まれる前からこの蛮習は始まっており、ヨーダの予知能力をあがめた一族の男たちは自らの危険も顧みずにこぞって人狩りへと繰り出し、一族とヨーダからの賞賛と注目を得ようとした。

 当初は一人だった生け贄の人数は、年を追うごとに徐々に増えていった。一族の蛮習が周囲の部族に知れ渡ってからは付近に住む人々がどんどん別の地域へ逃亡していき、人狩りをするのに、村の男たちは数日間もかけて遠隔地へ行かなければ成果があがらなくなっていた。

 族長の座に就く数年前までは、カレブも何の疑いもなく男たちのグループに合流し、遠くの村まで出かけては逃げまどう人々を無理やりに連行してきていた。狩り班に加えられる事は一族の男としての名誉でもあった。


 村の南のはずれにある式場では、明日の儀式が間に合うようにと着々と支度が整えられていた。 石のピラミッドがきれいに清掃され、貢ぎ物を載せる白い祭壇がピラミッドと人々の席を区切るように並べられていた。周囲をめぐる柵のあちこちには邪気を祓う魔除けの飾りが掛けられ、明日まで焚き続けられるかがり火が式場の四方向で燃えていた。細長い祭壇とピラミッドの間には長方形の重い石台が置かれる予定だったが、今のところは運びこまれてはいない。

 神への貢ぎ物である動物たちは当日朝にその命を絶たれ、別の場所から祭壇の上に運び込まれてくる。だが、生け贄である人間はその最も新鮮な血と肉を神に捧げられるべく、一族全員が見守る中、式場で命を奪われることになっている。最初の生贄は、祈祷師ヨーダが直接手を下す。特別に作られた石台は、ヨーダによって名誉ある死を与えられる者が横たえられる死のベッドだ。その上に体を拘束され、彼女が生け贄の喉元にめがけてナイフを突き立てる。

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