第4話
マーシャを連行してきた男が牢番と話を終えて、彼女に鋭い視線を向けた。彼の目の下の化粧は汗ではげかかっており、素顔がわかるほどになっていた。そんなに年がいった男ではなく、たぶん、20代後半から30代前半だ。
彼女に思いがけず見つめられた男は視線を外して少しうろたえ、牢番に彼女を早く連れていくように命じた。
マーシャは男の手に引きずられるようにして格子の内側に入った。屋外の乾燥した空気とは一転し、湿った空気には汚水とし尿の臭いが混じっていた。2つあるうちの手前にある牢の前で彼女は縄をほどかれた。そこは、小さな子どもや女たちばかりが集められた牢だった。奥の牢には3人の男たちがいて、ぐったりとした様子で地面に座りこんでいた。そこにいる誰もかれもが疲労し、あきらめ、恐怖に支配された表情をしていた。
彼女が格子扉についた小さな正方形の入口から男に押し込まれるように牢に入ると、それまで手前にいた女・子供たちが全員、あわてふためいて牢の奥へと逃げていった。そして、決して彼女の側に寄ってくることはなかった。
マーシャを牢へと託した男が牢小屋から出てくると、彼の戻りを今や遅しと待っていた人々が一斉に群がってきた。彼らは口々に、彼がどこかから連れてきたらしい、一風変わった人間についての質問を次々に浴びせてきた。人間なのか、という者さえいた。彼は面倒そうに眉をあげたが、彼らがひるむ様子はない。
尚も彼は人々を無視してやり過ごそうとしたが、彼らはぞろぞろと後をついてきた。
『ネデル様、ねえ、お待ちくださいよ、ネデル様!あの者はどこで見つけたのですか?なんと白い肌、それに満月の夜のような瞳の色!』
特別しつこいのは、彼の義理の弟だ。
彼の妻によく似て、口がよく立ち、おしゃべりだ。話をさせたらうまいのに義弟が信用されないのは、その口が軽く、口と同じくらいに身持ちも軽いからだ。
自分の横にひっついてくる義弟に腹が立った彼は、むっとして足を止めた。
『ねえ、ネデル様?あのような珍しい者を得られるなど、一家の誉れですよ!ヨーダ様もカレブ様も、ことのほかお喜びに・・・』
『きさま、あの者の存在を声高に言いふらしてみろ。おまえの舌を引っこ抜くぞ!』
彼にまとわりついていた人々の足が止まり、義兄がまじめな顔をして怒っているのを見た男は、さっと口をつぐんだ。
ネデルは周囲の者を威圧するようににらみつけ、いらいらした口調で続ける。
『お二人には私の口から報告する!人々が浮き足だった状態で儀式に臨むのを、お二人が好まないのはおまえも知っているな?この件をむやみに口にのぼらせた者は、それが誰であろうと見つけ次第、厳罰に処する!皆も、よく覚えておけ!』
全身を怒りでみなぎらせて彼がその場の人々に怒鳴ると、辺り一帯が冷たい緊張感に包まれた。義弟も目をしろくろさせて、ばかみたいにつっ立っている。
それを確認した彼は満足そうに鼻をならすと、大きな足音をさせて人々の前から立ち去っていった。
怒鳴ってはみたものの、彼らの口に戸を立てられないことなど、ネデルは承知していた。
噂をたてるなとは言っても、めずらしい者の存在は水面下で皆の間にすぐに広まるはずだ。だとしても、表立って噂されなければそれでいい。
儀式に先立って一族より隔離されているヨーダ様には、近いうちに、あの者の存在をお耳にいれよう。あの目の色は気味が悪いが、青色を収集されているヨーダ様のお気に召すはず。
彼の自宅が見えてきて、母親と妻が入口の前で立ち話をしている姿が見えた。両名とも、ものすごくおしゃべりだ。
義弟の口からこの件を知った彼女たちから、噂は村人たちにあっという間に伝わるにちがいない。その光景が彼の目にも見えるようだ。
いずれ、カレブ様の使用人たちの耳にも入るだろう。彼らから主人に噂が告げられることはないと思うが・・・。
自分の仕える族長カレブを思って、彼は苦々しげに口をゆがめた。
・・・カレブ様は、当日、お知りになればいい。