第38話
カレブとネデルは、大長老宅の前の道を西にまっすぐ行った、村を南北に縦断する道との交差点でそっけなく別れた。カレブは半日以上の行動を共にしたネデルと一緒にいるのはもうウンザリだと思っており、ネデルはネデルで、長老たちとの話し合いの場での主人の言動に辟易していて彼とできるだけ離れていたいと思っていた。相談の場は明日にも持ち越されており、どのみち、今日これからで用事が発生することもないだろう。
自宅へ帰っていくカレブは道沿いの家に住む人々に挨拶されている。主人に挨拶もせずに別れてしまったのを後悔し、ネデルが道を西に行くカレブを見ると、彼は普段と全くかわらない態度で住民たちに返事をしていた。
ふん、まあいい。どうせ明日も会う。
大長老の家の玄関を出た後に、明日はここで直接落ち合あおう、とカレブから言い渡されたのを思い出し、彼は自宅へと続く道に歩みを戻した。
自宅では、弟夫妻の子どもたち二人とネデルの娘が一緒にはしゃいで遊んでいた。甥たちは女の子がかわいいのか、年少の彼女を大事にしてよく遊んでくれる。彼女も甥たちになついている。
結婚後三年間も子どもに恵まれず、周囲から妻との離縁を勧められていた矢先にできたこの娘に、ネデルは並々ならぬ愛情を注いでいた。娘が生まれてから七年間、ネデル夫婦に次の子どもが授かることはなかった。だからこそ、一人娘のことが余計に愛しいと思うのかもしれない。
娘の小さな手足やクルクルとよく動く小さな目を見れば見るほど、ネデルは大長老宅でのやり取りを思い出して、胸が怒りで掻きむしられた。
村の子どもを差し出せとは、カレブ様もよく言ったものだ!
走りまわっていた娘がつまずいて転び、甥たちが助け起こす微笑ましい光景を見て、ネデルはさらにカレブへの反発心を煽られた。冗談じゃない、とネデルは心の中で毒づいた。
この地に利をもたらすのだから、この地の者であることが特別だと? そんなこと、誰ができるものか!
ネデルは昨日、つい腹が立って口答えのような形で主人の提案にその場で反論してしまったが、カレブは、自分の子が儀式前に生まれたのならば喜んで捧げてやる、と言い放った。
なんとおぞましい考えだ。
怒りで熱くなった頭を手で押さえ、ネデルはブルブルと頭を振った。
実際に手元に子どもを持たないカレブ様には、親の気持ちなどわからないのだ。そんな事をすれば奥方が狂ってしまわれるのがわからないのか?
それなのに、長老たちは族長の忠誠心を称え、村の子どもを捧げるのも一案だと言う始末だ。四人の長老のうち、大長老を含めた二人が族長の案が最適だと考えており、残りは、気がすすまないが他に案がないなら族長に同意する心づもりのようだ。
村の誰かの子どもを出すようにと人々に告げる役目を負うのはネデルだ。俺に反対なら代案を考えろ、ともカレブは言った。その傲慢な口調を思い出し、ネデルは顔を覆った両手を震わせた。
数々の候補をことごとく否決したくせに、たった一日で他にどんな案を準備できるというのだ!
次の日の昼近く、ネデルが約束の時間ぴったりに集会場所である大長老宅を訪ねると、族長カレブはひと足早くに既に到着していた。ネデルは彼に挨拶した。彼はネデルの赤い目に気づいたはずだが何も言わず、他の人たちに対するのと同じようにネデルに素っ気なく接した。ネデルは、カレブのばかげた提案にねじ伏せられないようにと夜通しかけて代案を考えていた。
『皆さん、一日たって、何か良き候補は見つかりましたか?』
態度を保留している長老の一人が出席者を見渡して言った。カレブは腕組みをして黙っており、彼に賛成する二人は首を横に振って残りの者たちを見やる。すると、残った一人の長老がおずおずと皆に言った。
『あれからわしも考えたのだが、白土はどうかね? あれは肥沃な肥料であって、栄養価が高い食物でもある、貴重な土だ。あれならばヨーダ様も文句は言うまい。まあ、白土を掘るには非常に手間はかかるところだがね』
『たしかに貴重な物でいいですな。で、埋蔵場所はもうわかっているのかね?』
『いや・・・・・・それは今から探さねばならんが』
『何ですと? それでは話にならんではないか! 白土を掘るより、見つける方が数倍も大変なのを、よくご存知であろう?』
『そ、そうでしたな・・・・・・』
カレブは長老たちのやり取りを興味なさそうに聞いていた。彼はもともと儀式自体に関心がなく、身も入っていないのだ。
長老たちがあきらめ顔でぼそぼそと意味のない話をはじめようとし、相談の場が族長の案で決まりそうな流れになっている。カレブは退屈そうに壁の飾りを見ているだけだ。ネデルはむっとして、元の話題へと押し戻した。
『あの、長老方? 私も考えてみたのですが・・・・・・ラズリではいかがです?』
カレブが振り返った。族長の注意も引いたことでネデルは満足そうに鼻をならした。
『ラズリを探すのは手間ですが、白土ほどではありません。埋蔵場所もわかっておりますし、往復一日半もあれば事足りましょう。それに、あの宝石は鮮明な青い色をしています。水の色・・・・・・ぴったりではございませんか?』
『おお! よいではないか!』
『そうじゃ、水の青! 貴重な神聖な石でもある』
『そうですな、それならば、村の民でなくてもよさそうですな。よう思いついた!』
『よいのではないかな。・・・・・・族長は、どう思われる?』大長老が言った。
全員の視線が、黙って事の成り行きを見守っていたカレブに集中する。
思いがけずに良案を挙げて長老たちの賛成をとりつけた自分に面白くない感情を抱いているかとネデルは思ったが、カレブは反感のこもった彼の視線を受けても何の感情も見せなかった。だが、ネデルは主人の口から何かしらの反論めいた反応を予期していた。
『名案だな。それにしよう』
カレブは満足そうに微笑んだ。ネデルに代案を思いつかせようという彼の思惑も知らず、彼の嬉しそうな表情を見て、ネデルはちょっと拍子抜けした。