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第35話

 その日の夕方になって、義弟たちを含む二つの狩り班が戦利品を手に戻ってきた。まだ戻ってこない残りの班が、生娘も含めて三、四人を連れてくれば必要人数に足りる。一般の捕虜たちの入る牢小屋には見張りの人数が増やされ、少女たちは頑丈な扉に交換された“生娘の間”に隔離された。一連の事件で動揺しているヨーダの弟子たちにはネデルから経過を報告しに行き、残りの狩り班が戻れば準備が完了する見通しを伝えた。状況を知った長老一同も安心していた。

 ネデルが多忙だった過去二日間、ヨーダは一度ずつ弟子たちに顔を見せたようだが、儀式の予定日についてはわからない、との一点張りだったそうだ。良からぬ出来事が続いているせいかもしれない、と弟子の一人が怖がってもらしていた。

 水神の気を静めるために特別な何かを贈呈することも思案している、と、第一弟子からヨーダの考えを伝えられた時、ネデルは即座にマーシャの事を思い浮かべた。大部屋の娘たちと共に逃げてしまった、異形の女。

 あの女がいれば何の問題もないのに。あの、変わった瞳を持つ女。

 娘たちを逃がしてしまった何者かを憎らしく思いながら、ネデルは弟子たちの話を聞いた。そうこうしているうちに日が暮れたので、ネデルは族長への相談を明日に持ち越すことにし、自宅に帰った。


 日課の訪問時間より早かったが、ネデルは“妊婦の家”に行く前に族長宅に寄って、昨夜聞いたヨーダの考えを伝えておくことにした。彼の家が近づいてくると、召使女たちは家事部屋の中で作業をしているらしく、族長の家の庭には見かけなかった。朝と夜だけ玄関の前にいる護り番の姿だけがあった。

『おはようございます、ネデル様!』

 彼が玄関に近づいていくと、護り番の男が大声を響かせて挨拶をした。ネデルは思わず体をブルッと震わせてしまい、いつにない威勢の良さにちょっと面食らった。

『あっ、ああ?』

 ネデルは立ち止まって姿勢を正し、またすぐに歩き出した。

『ネデル様、今日はいつもよりお早いですね! 何かよくない事でも?』

 護り番の声はあいかわらず大きく、ネデルは顔をしかめた。昨夜はいろいろと考えていて、実は、彼は寝不足だったのだ。男の声は彼の頭に不快にこだましている。

『・・・・・・カレブ様は? ご在宅か?』

『族長ですか! ええ、いらっしゃいますよ、どうぞお入りください!』

 この男、耳でも遠くなったのか? 朝からうっとうしい・・・・・・。

 ネデルは男に見せつけるように自分の耳をふさぎ、不可解な顔をして玄関を通り過ぎた。


 居室にはひと気がなく、ネデルはひょいと入口から顔を入れてみた。すると、通路の奥から、眠そうに顔を手でこすりながら歩いてくるカレブがいた。ネデルは主人に挨拶をし、居室に足を踏み入れた。

『・・・・・・今日は早いな、おまえ』

 まだ眠り足らないとでもいうように、カレブは大あくびをした。ネデルが失礼を詫びて、二人は席につく。

『お疲れのご様子ですね?』

『よく眠れなかっただけだ』

『何か心配事でもあるのですか?』

『そりゃあ、族長としてはいろいろな』

 カレブは頬をパンパンと両手でたたいて、目を覚まそうとしていた。それから家事部屋の召使にレモン飲料を持ってくるように怒鳴り、それが出てくるまでの間、ネデルは座って無言で待っていた。飲み物が運ばれてくると、カレブはそれを一気にゴクゴクと喉を鳴らして飲み干した。

『ああ!』

 カレブが息を吐き、長いすの背にもたれて足を投げ出した。

『おまえが朝早く来るということは・・・・・・』

『はい?』

『よくない知らせか、儀式の日程が決まったか、どちらかだな』

 ネデルは主人の疲れた顔を見つめる。自分も同じように疲れた表情をしているとは思うが。

『さあ、どうでしょうか。日程はまだ決まっていません。私は、ヨーダ様のご意向を聞き、カレブ様と長老に相談していただく必要があると伝えに来たのです』

 ヨーダの名前を耳にしたカレブの目がすっと冷めた。ネデルは、主人の彼女に対する非礼や横暴な態度がみえても一切を無視することに決めた。

『あの女、次はどんな我がままをきいてくれと?』

『ヨーダ様がおっしゃるには、一連の不吉な出来事のため、水神様が不安定になられているとのことです。新たに特別な贈り物をし、水神様に静まっていただく必要があるそうにございます。贈り物の指定は特にございません。ですから、それを族長と長老方とでご相談いただきたいと思いまして』

『あの女、何をまた・・・・・・ばかばかしい! 捕虜たちは単に自分を哀れんで死に、娘たちは誰かが逃がしただけだ。どちらも有り得そうな出来事だろうが。そんな事で神が不安定になどなるものか!』

『ですがカレブ様、村の民はそう考えません。悪い事が起きる前兆だと怖れています。不吉な事がふりかかる前に水神様に貢物をし、気を治めていただきたいと考えるのは当然なことですよ!』

『民が迷信深いのは俺もよく知っている。だが、これ以上何が必要だって? 毎回、俺たちはやっとのことで贈り物をかき集めているじゃないか!』

『それは・・・・・・それを長老方と相談せねばなりません』

 カレブは不機嫌な様子を隠しもせず、ヨーダの名を出して罵った。ネデルは聞こえない振りを決め込んだ。

『ともかく、長老方にもお知らせしてきますので、あちらの都合のよい時間に集まって相談をいたしましょう。時間についてはまた知らせに戻ってきます。よろしいですか、カレブ様?』

 カレブは返事をしなかった。だが、ネデルは彼が反対できないのを知っている。ネデルはそのまま、すぐに居室から退去した。

 玄関をくぐると、ネデルに気づいた護り番は彼をちらっと見て目礼しただけだった。彼に声さえかけない。さっきの愛想の良さが嘘のように、素っ気無い態度だ。どうにも釈然としなかったが気にかけるのはやめ、ネデルは大長老宅へと急いで歩いていった。

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