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第33話

 少女たちの獲得を義弟の班に頼み、ネデルは先に村へ一人で戻った。自宅での休憩もそこそこに“生娘の間”の現場に行ってから、族長の家へと直行した。

『カレブ様はおいでか?』

 庭で食料の野菜をこん棒でたたいていた召使の女が手を休めた。

『まあ、ネデル様? お早いお帰りでございました』

 のんびりと腰を上げ、のん気に笑う女に彼はいらついた。

『私だけ先に戻ったのだ。カレブ様は?』

 彼はせっかちに吐き捨てるように女に言い、別の召使女がアロエの盛られた深い皿を手に、家事部屋へと入っていくのにちらりと視線をやった。

『いらっしゃいますよ。私はさっき居室でお見かけしましたが、ですが、もしかしたら・・・・・・』

『いい。わかった』

 彼女が話を続けようとするのを遮り、ネデルは玄関へと向かう。女はネデルの後ろ姿を見やり、仲間の召使が入っていった家事部屋の扉にきびしい視線を走らせた。


 ネデルが居室の入口に立つと、長いすに座るカレブのサンダルを履いた足が見えた。

『カレブ様、ネデルです』

 ぶらぶらと揺れていたカレブの脚が止まる。

『入れ』

 ネデルが入口をくぐると、長いすに座っていた主人が彼を見上げた。煎り豆をつまみに発酵ビールを飲んでいたらしく、顔が少し赤くなっていた。彼の表情に焦りや緊張がないかと素早く探ったが、ネデルには普段どおりに見えた。

『思ったより早かったな』

『もう少し遅い方がよろしかったので?』

 ネデルの棘を含んだ言い方に、カレブは片方の眉をあげる。

『そうは言っていない。村から生娘の件で知らせが行ったはずだ、おまえたちが代わりの娘たちを捕獲するのに、もう少し時間がかかると思っていただけだ』

『そうですか。いえ、まだ必要な人数は揃っておりません。娘たちの捕獲は他の者たちに任せ、私だけ先に帰ってまいったのです』

 心なしか表情が硬いネデルをカレブが不思議そうに見つめた。

『おまえだけ急用でもできたか?』

『・・・・・・はい』


 それまで立っていたネデルが長いすの反対側の椅子に腰をおろした。空気が微妙な緊張感を帯びてくるのに気づき、カレブは脇のテーブルからコップを取って、酒を少し舐めた。

『ネデル、俺に用事があるのか?』

『ええ。カレブ様? 私は先ほど“生娘の間”を見てきました』

『へえ。それで?』

『全ての部屋の鍵が壊れておりました』

 報告に来た牢小屋の者がそう勘違いしていたので、カレブは次の日に鍵を全て壊しておいた。

『そうらしいな、報告に来た者が言っていた』 

 ネデルは、まったく態度の変わらない主人を煮え切らない思いで見つめ、どう切り出そうかと迷っていた。言い方を間違えると煙に巻かれてしまう。少女たちを脱出させたとは信じがたいが、あの小屋に近づこうという者は主人カレブしか思い浮かばない。

『それで、俺に何の用事だ?』

『・・・・・・それはですね』

 主人の機嫌が悪くなったことを見てとり、ネデルはあわてて言った。

『カレブ様、その、あの小屋には異人の女もおりました。鍵を壊した犯人はさぞ、怖い思いをしたことでしょうね?』

 カレブが鼻の頭に皺をよせて、対面の彼をうさんくさそうに見返す。

『それとも、異人の女を怖いとは思わなかったか・・・・・・』

『ネデル、何が言いたい?』

『当日、カレブ様はあの小屋に近づきませんでしたか?』

 カレブの荒げた声に負けずにネデルがそう尋ねると、主人は唖然として彼を穴が開くほど見つめた。そして、失笑した。

『おまえ、俺が娘たちを逃がしたと思っているのか? そんな事をしてどうする? ばかか、おまえ!』

 それから彼は声を大きくして笑った。

『それを俺に訊くために戻ってきたのか!』

『カレブ様、本当に何も?』

『何も、って何を? 俺が娘を欲しければ、わざわざそんな手荒なマネをしなくても、自分の鍵を使って気に入った娘を部屋から出せる。忘れたか、ネデル? 大部屋の鍵は俺がまだ持っているのだぞ!』

『ええ、ええ! ですが、大部屋だけでなく異人の部屋の鍵まで壊し、中の女もいなくなっておりまして・・・・・・』

『まったく、荒っぽい手口だな。その女も今はどこへ行ったのやら。だが、異形の者がいない方が、何かと問題がなくていいじゃないか』

『はあ、まあ。・・・・・・それはそうですが』

『村に男手が少なくなって守りが薄く、娘たちの一族の誰かが侵入した可能性もある、とも牢小屋の者は言っていたが、それは聞いたか?』

『え? いえ・・・・・・』

カレブが再び、あきれたように笑った。

『ネデル、あそこに何かある度に俺を疑うのはやめろ。俺にだって多少の分別はある。おまえにいちいち問いただされるのは、俺だっていい迷惑だ!』

『はあ、その、そうですね・・・・・・申し訳ございません』

 最初にいきりたっていた迫力もどこへやら、ネデルは意気消沈して椅子の上で身を縮めた。


 そのあと、カレブに追い払われる形で長老の元へ送られたネデルは、不安と愚痴を長々と垂れ流す長老たちにつきあうはめになった。ネデルが留守にしていた数日間、カレブがこの苦痛の犠牲になっていたようだ。

 主人カレブは早々にうまく切り上げて長時間を彼らと共に過ごしていなかったはずだったが、ネデルが何かと理由をつけて長老たちから離れようとする度、彼らは機嫌を悪くし、族長はしっかり聞いてくれたと散々に嘆かれた。さらに、捕虜を追う仲間を見捨てて自分だけ先に切り上げてきたと責められ、彼はますます何も言えなくなった。

 まったく、踏んだり蹴ったりな日だった。

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