表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/62

第27話

 狩りに行かず残った男たちは、牢で死んだ捕虜たちの搬送に借り出されていた。村の敷地内に埋めるのは縁起が悪いとされ、死んだ人々は村から離れた石の谷に投げ捨てられた。谷底に落ちた死体は鷹や自然の生物の貴重な餌となり、跡形も残らずに処理され、自然界にも害になることはない。村の女たちはヨーダの弟子たちと一緒に、儀式前の捕虜の死によって村に不吉な事が起こらないようにと祈りに忙しくしているようだ。死んだ捕虜の化身は村を浮遊すると恐れられ、母親たちはその悪霊にさらわれないようにと子どもたちを家の中に閉じ込めていた。村は死んだようにひっそりとしており、カレブは気分転換に東の岩棚に行くのも中止した。

『カレブ様、どこかに行かれるのですか?』

 太陽が真上に来た頃、玄関に向かおうと姿を現した主人を護り番がみとがめた。カレブは重い息をついて言った。

『その辺を廻ってくる。大丈夫だ、夕方には戻ってくる』

『今日は、外出されるのをやめたほうがいいのでは?』

『家にいると気が滅入る』

 彼がそう答えると護り番は何も言わなかった。


 村は、信じられないぐらいに人の姿がなかった。天気はよく、乾いた風が村を西にゆるやかに流れていた。カレブが牢小屋の見える場所に立つと、二人いる守番は一人に減っていた。周囲にひと気はなく、カレブは方向転換をして、村の北へ向かった。

 何度通ったかわからない石の階段を踏みしめ、カレブはマーシャのいる小屋の通路にあがった。ふと視線を感じて大部屋の扉の方を見ると、上部の隙間から二組の目がカレブに注がれていた。彼と目が合って両方とも驚いていたが、その目からは恐怖が消え、必死に何かを懇願する目に変わった。カレブは視線が外せずにいたが、そのうちにどうにも切ない気持ちになって下を向いた。

 彼は最終目的地に足を進めようとした。だが、扉の上部に女の手が出て、彼は視線を戻さずにいられなかった。さっきとは違う目が無言でカレブに恐怖を訴えていた。彼は同情して彼女に一瞥を与えたが、すぐにその場を後にした。彼の後ろでは複数の女のささやき声が飛び交った。


 目に見えない無数の腕が彼の両腕にからみつき、引き止める感触がして、カレブはためていた息を短く吐いて空を見上げた。雲ひとつない青空だ。それから、くるりと向きを変えた。

 彼が戻ってくるのに気づいた女がひっ迫した声を出し、何人かが扉に体を寄せているようにカレブは思った。

 俺は、何をやっているんだ?

 彼は腰に隠していた鍵を取り出した。

『早く行け! 塀に沿って東に崖まで歩けば、そこにおまえたちでも何とか登って外に出られる部分がある。さあ、早く出ろ!』

 まだ年端も行かない三人の少女たちは救世主カレブに礼を言い、足早に階段を駆け下りていった。そのうちの二人は彼に振り返り、感謝するように組んだ両手を彼に向けた。彼は笑いもせず、ただ、彼女たちに急ぐように、と繰り返した。彼女たちが塀をつたって走って逃げていってその姿がやがて見えなくなると、カレブの気分はすっきりとした。


 マーシャのいる扉に行くと、さっきの少女たちのように彼女が扉の隙間からカレブを見つめていた。どうやら、カレブが彼女たちを逃がしているのを見ていたらしい。彼と目があった彼女は嬉しそうに、瞳までをも微笑ませた。

 彼が扉を開けようとすると、彼女が一歩退いた。扉が開き、彼女から抱きつかれると期待していたカレブは、彼女がその場から動かないでにこにこしているだけなのを少しだけ落胆して見つめた。

「ねえ。あなた、彼女たちを逃がしてあげたのね」

 カレブは叱られた子どものように扉の外につっ立っている。

「あなたが逃がしたってわかったら、怒られちゃうんじゃない?」

『マーシャ』

 カレブがよろよろと手を彼女に差し出した。彼は寂しそうに微笑み、彼女の手が載せられるのを待っている。マーシャは、様子がいつもと違う彼に気づいた。

「どうしたの? 何かあった?」

 彼は笑うだけだ。

 彼女は一歩近づき、伸ばされた彼の手首をつかんで引き寄せた。前につんのめるような形で彼はマーシャの体に受け止められる。

「ねえ、どうしたの?」

 彼女がカレブの頭を抱くと、彼は長い息をついて彼女の背に手をやった。彼の湿った吐息が彼女の肩にかかった。

『カレブ。イチバン、エライ?』

 彼女がそう言うと、彼女に触れるカレブの体が小刻みに揺れた。

『エライ、カレブ』

 彼は笑い、笑い皺のできた瞳を彼女の顔の前に寄せた。彼女が、満足そうに笑う。

『俺が偉いって? 偉いのはおまえの方だ、俺にこんな事までさせたのだから』

 マーシャがカレブの唇をついばむようなキスをした。

『俺は偉くない。まだ、おまえを逃がしていない。俺には、おまえを助けられる力がないっていうのに』

 彼の瞳からいつまでも哀しみの色が消えないのを怪訝に思ったマーシャが、彼の耳元でダイジョウブと囁いた。耳にキスもした。彼は彼女の背を抱きながら、胸に沸きおこってくる怒りのような熱い感情を抑えようとしていた。

 事態は変わっていない、何にもダイジョウブなんかじゃない。それでもこの女は、変わらずに笑顔でいる。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ