第26話
ヨーダとはタイミングが合わず、ネデルはマーシャの存在を未だに報告できていなかった。彼女の弟子たちに伝言を依頼して内容を知った彼らに不要な不安を抱かせたくなかったので、彼は彼女と直接会った時に話そうと決めていた。マーシャを監禁してから6日も過ぎていたが、ヨーダは依然、独立棟で沈黙を守っており、ネデルもマーシャの件で緊急性を感じなかったので、彼は報告していない事について深く気にしてはいなかった。
用事があって義弟宅にいた昼前、大声で自分の名を呼びながら妻が彼らの前に駆け込んできた。ネデルと義弟がびっくりしている前で彼女は激しく肩を上下させ、玄関の方を指差して大きく息をついた。
『ネデル! 今、知らせの者が来て!』
『まさか、族長に何か!?』
『そうじゃないわ、牢小屋からよ! 捕虜の半分以上が朝になったら死んでいたって、皆、大騒ぎよ!』
彼女は息切れしてそこで言葉を切った。ネデルと義弟は顔を見合わせる。
『それは本当か? なんでまた急に?』
『最初は疫病じゃないかって疑ったらしいのよ。だけどよく調べたら、死んだ者たちは全て自害したんだって! 自分たちがゆくゆく殺されるとわかって自分の身を悲観したのよ。ああ、なんて恐ろしいったら! そんなことだから、男たちはまた狩りの準備をしているわ。ヨーダ様から儀式の日のお告げはまだ出ていないけど、今のままじゃ人数が全然足りないもの! 儀式がいつになっても間に合うように、生け贄を急いで集めなきゃならないわ。この間よりももっと遠くまで出かけなきゃいけないって、大急ぎで皆が準備をしているの!』
ネデルはさっと立ち上がった。
『わかった。俺もすぐに出かける』
『私もすぐに準備をして一緒に行きます、ネデル様』
帰り支度を始めたネデルに義弟も神妙な顔をして声をかける。
『ああ、そうだな。支度が済んだら家に来い』
ネデルは妻を引き連れて、急いで自宅に舞い戻る。途中にある家々でも、事情を知らされた男たちが慌しく支度をしている姿があった。
家に着くと、彼の先回りをした母親が水と携帯食を既に用意してくれていた。ネデルは妻が持ってきた狩猟用の衣装を頭からかぶった。妻が、部族の色である白・赤・黒の顔料で夫の目の下に化粧をほどこす用意をする。
『カレブ様にも連絡は行ったんだな?』
『ここに来た者が、伝えると言っていたわ』
妻が、指につけた顔料で彼の顔を横になぞっていく。
『死んだのは牢小屋の者だけか? ・・・・・・“生娘の間”の者たちは?』
『そこの娘たちは全員生きているそうよ』
彼は胸をなでおろした。あそこに拘束してある異人の女も見つかってはいないようだ。彼は二重に安堵した。
夫に化粧をし終わった彼女は発奮剤キリルを取り出し、彼の鼻の下と手首、膝の裏にその固形の香料をこすりつけた。体温と混じって、すぐに独特の匂いが蒸発してのぼってくる。妻が夫の無事を願って祈りを捧げた。
義弟が家にやって来てすぐ、二人は今季二度目の人狩りに出発した。同じ服装をした男たちが7人で1グループとなって、村の正門から外の世界に向かって飛び出して行く。彼らの前には、低木と岩、乾いた大地が延々と続いている。次に村の門を目にするのは三日後だろうとよみ、ネデルは仲間たちと馬を急がせた。
狩猟用衣装に身を包んだ村の男たちが次々に村の出入口に向かうのを目にし、カレブは複雑な思いを胸に交差させていた。誰かの子ども・親・恋人・配偶者が新しい捕虜として、どこかからこの村へ連れて来られる。この一族に恵みをもたらす儀式の為だけに。一族の悪習は周囲から恐れられていて、家族を奪われた人々は二度と戻らない者の為に一生嘆き悲しむことになる。
今では当事者の気持ちが想像できるようになっていたカレブは、そんな事がいきなり身の上に起きたら、自分は狂ってしまうと確信に近い思いを抱いていた。
狩りに出た男たちは数日間、村を留守にすることになる。人の目が少なくなることでカレブは動きやすくなり、マーシャをたやすく自宅に入れられる。彼女を自宅に迎え入れたのを知ればネデルは激怒するだろうが、あの男を丸め込むのはそれほど難しくない。けれど、あの目立つ風貌の彼女を自分のもとでどうやって守る? ヨーダに嗅ぎつかれたら、あの女は適当な、もっともらしい理由をつけて彼女を貢ぎ台の上に送り込むに決まっている。一族の者はヨーダに服従的で、族長であろうと俺の言うことになど耳は貸さない。
あのいんちきな女がいなければいいのに。
そして、この悪しき蛮習さえなければ。