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第24話

 ネデルがマーシャを閉じ込めてから5日が経過した。彼女には疲労の色が見えてきたが、支給される食事は残さずたいらげていた。ネデルが食事を差し入れる時はほとんど、彼女はベッドの上に座っていて彼に注意を向けなかった。

 主人カレブの口からそれ以降に異人の話が出ることはなかった。彼は普段どおりに長槍や弓の練習をしたり、長老たちの相手をしたり、ネデルと共に村をまわったりして過ごしていた。護り番たちが、自宅をこっそりと抜け出る主人を目撃することもなかった。食事もきちんと1日2食とり、何かに悩んでいる素振りもなく、健康そのものだった。ネデルは、主人の頭から異人のことがすっかり忘れ去られてしまったのだと思った。過去二度の時と同じだ。


 その日もカレブは東の岩棚で子どもたちを相手に槍投げを教えていた。途中で母親に呼びつけられ、練習を抜けるはめになった少年が、怒りながら母親に頼まれた家事を手伝っている時に何人かにしゃべったのだ。

 カレブが直々に子どもの面倒を見ることは過去になかったが、ここ数日になって彼は熱心に指導しているらしかった。それを知った長老の一人は、初めての実子が誕生するにあたり、族長に子どもへの愛情が芽生えたのだろうと嬉しい変化を喜んでいた。ネデルは何となく腑に落ちなかったが、カレブの指導の様子には子どもに対する情が確かに含まれていて、長老の言葉を全面的には否定できなかった。それに、年長者が年少者に技術を伝承するのは昔から推奨され、カレブの行いに嫌な顔をする理由もない。

 カレブの妻は変わりなく順調で、出産が始まる前兆もなかった。彼女はあいかわらず退屈していて、毎日訪ねてくるネデルに余興を期待し、それが叶わないとなると彼女の不満をぶちまける形で一方的に話し続けて、最後には結局満足して一方的に彼をさがらせた。

 ネデルの妻もおしゃべりだが、前族長のひとり娘としてかなり甘やかされて育った彼女と違い、もう少し人間的な思いやりがある。彼女に出産まで仕える女たち全員が彼女の身勝手ぶりに辟易していて、毎日足を運ぶネデルの役割に同情し、彼に親切してくれていた。


 日没近くなり、カレブが子どもたちに囲まれて自宅に帰ってきた。ネデルがふと見ると、少年たちはそれぞれに自分の背にあった長さの槍を持っている。カレブが職人に指示をし、子どもたちの為に造らせたものらしい。主人の変貌ぶりには目をみはる。

 去っていく子どもたちに片手をあげ、カレブは玄関前の地面に足を投げ出して座った。

『お帰りなさいませ』

 口を開けて天を仰いだカレブに召使の女が寄っていく。

『ああ、喉が渇いた! 麦酒を持ってきてくれ』

『まあ、ここで飲まれるのですか? 中にお入りになって』

『外の方が気持ちがいい。ここで少し休みたい』

 やんちゃな子どもに目を細める母親のように女は笑い、彼にやる酒を取りに家の中に入っていった。

 彼は汗に濡れた髪を乾かそうとでもするように、吹いてくる風の中で頭を何回か振り、暮れていくオレンジ色の空を眺めた。風は髪の中をぬい、服をはだけた上半身をさわやかに吹きぬけていく。


 ネデルが近づいていくと、目を閉じて心地よい疲れに身を任せている主人の横顔が見えた。汗に濡れた背中が夕日に照らされて光っていた。

『お帰りなさいませ、カレブ様』

『ああ』

 声の主がわかっているカレブは目を閉じたままだ。

『今日も子どもたちの指導をされたのですね。良い行いだと長老たちが褒めておりましたよ』

『ふん、何を今ごろ』

 悪態をつくが、カレブの声はうわずり、唇の端が上がっていて嬉しい様子だ。

『それで? 今日は何か変わったことでもあったか?』

『いいえ、特には。ヨーダ様もまだ篭りきりで、儀式の日取りはわからないようです』

 カレブが真顔になり、目をすっと開けた。

『あの妖婆、一生そこから出てこなければいい』

『カレブ様!』

『冗談だ』

 カレブはやんわり否定し、また目を閉じた。

 ネデルに、カレブの暗い怒りが伝わってくる気がした。

『奥様の様子を見て参りましたが、お変わりなく、大変お元気でした』

『あの女は、そうだろう』

 彼が自嘲気味に笑い、ネデルは話を続けるのが難しくなった。彼は目を開けず、ネデルは困ったように彼の体を眺める。

 ふと、カレブの右肩甲骨のあたりに斜めに走る二本の引っ掻き傷がネデルの目に入った。傷は深くはないが、まだ新しい。

『・・・・・・その背中の傷はどうされたのです?そこの、右肩の少し下』

『傷?』

 カレブが目を開け、右肩越しに振り返って見ようとしたが、彼からは死角の箇所だった。彼は左手を背中に伸ばして傷に触れてみようとしたが、ほんのちょっと届かなかった。

 いつそれがつけられたか思い出そうとし、視界に見える人家に焦点をあてて考えていたがわからなかったらしく、彼は頭を振った。

『傷などあったか? 知らなかった』

『ほんの引っ掻き傷ですからね。何かの時に気づかず、つけてしまったのでしょう』

 カレブが曖昧に頷いた。

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