第22話
同じ棟に監禁されているらしい“仲間たち”に日に二度の食事が支給されているのがわかり、ネデルが運ぶ自分用の食事も同じ頻度でもらえるだろう、とマーシャは漠然と思った。ネデルはカレブと違って彼女を恐れ、その恐怖からつっけんどんな態度をとる。彼女の近くに来ることさえ拒む彼だから、危害を与えられることはないだろう。
部屋の隅に転がっていた白い石の破片を床や壁につけると白く線が付くとわかり、マーシャは小窓の下に短い線を縦に一本引いた。映画などでよく目にする、監獄に閉じ込められた受刑者が日数を数える、あれだ。
――まさか、そんなドラマみたいな行為を自分がすることになるなんて。
事故を知った学校側が、その線の本数がなるべく少ないうちに彼女を救出してくれることを期待し、彼女は恐怖に体が支配されそうになるのを必死に耐えた。絶望するのは、まだ早い。
彼女は、複数の大学合同研究会の発足パーティーで、助教授フレッドマンが教員たちに見せた、自信たっぷりの目をなぜか思い出した。プライベートな面は知らないが、とびきり優秀な人だ。事故を知れば、きっと対策を講じてくれる。
涼しい夜の空気の中に、マリファナに似た匂いが混じっていた。石の床をひたひたと進む、かすかな音が近づいてくる。彼女は脈が速くなるのを感じた。
扉が外側にゆっくり開く。
ベッドの上に立つマーシャを、部屋に体を素早く入れたカレブが不思議そうに見上げた。マーシャには初めて上から見るカレブが子どもっぽく見えて、彼女は小さく笑った。
『そこで何をしている?』
彼とは、会ったばかりとはとても思えない!
マーシャがベッドを蹴って彼に飛びつくと、カレブは驚きながらも彼女の背中を支えて抱きとめた。首に両腕をまわし、彼の肩に頭を置いた彼女は、カレブの腰を両足ではさむ。カレブは彼女の背中から腕をずらし、彼女の太腿を抱えるようにして彼女の体重を支えた。
『何だ。どうした?』
彼女の頭の上で声がする。風の中で感じたマリファナの匂いがカレブの首から香ってきた。マーシャが鼻をその首にくっつけるようにして香りを感じると、彼が喉を低く鳴らした。匂いで神経が酔いそうだった。
『・・・・・・何かしゃべれ。おまえの声が聞きたい』
振り絞るように言うと、カレブは自分にしがみつく彼女の体を引きはがす。
「1日に二度もあなたに会えるとは思わなかった」
カレブはマーシャを上目使いに見て、にやりと笑った。
『わかったぞ。今日は二度来たからな、俺にまた会えて嬉しいと言っただろう?』
彼女がくすぐったそうに笑った。
カレブはマーシャの足を一本ずつ自分の腰から降ろし、自分の前に立たせた。一族の女たちはカレブの肩にも届かない背丈だというのに、彼女の頭は彼の目線にまで届いている。最初こそ彼女の大きさに面食らったものの、今では彼の体にあたる彼女の体の各位置が気に入っている。
「カレブ? ここがどこで、今が何世紀かわからないけど、私があなたに出会えたのは本当に幸運だと思ってる」
彼女がしゃべるのをカレブが真顔で聞いている。そうしていると全文を理解しているかのようだ。
「私とあなたはどこかで繋がっていて、だから私がここに引き寄せられたのかな?」
マーシャは自分の手をかざし、そこからカレブに繋がる、見えない糸をつまむような仕草をして、彼の方へ糸を伸ばした。彼は不安そうに彼女の手を見たが、はっと息をのんで目を見開いた。彼も、彼女に手をかざす。
『おまえも、そうなのか? おまえも、俺たちが縁で繋がっていると思っているのか?』
カレブの伸ばした糸と彼女の透明な糸の先端が空中で出会う。彼女の中指が、彼が親指と人差し指で作る円を自分の方へ引いた。彼女が目を細めてカレブを見つめ、彼の唇は思わず震える。
「不思議。私の言っていること、わかっているのね」
マーシャは彼の指を手の中に握った。