第19話
昼過ぎにネデルが族長宅をもう一度訪ねると、彼が朝出会った同じ召使に、族長が死んだように眠りこけていて起きてこない、と長いため息をつかれた。彼女の不満や懸念ももっともだが、カレブが在宅しているのが何よりだと思っていたネデルとしては嬉しかった。主人の疲労度合から想像すれば昼まで起きてこなくても無理はない。
そこで、夕方にまた立ち寄る旨を彼女に伝えると、ネデルは安心しきって自宅へ戻った。あの異人の部屋の鍵は自分が持ち帰っているし、夕方には大部屋の食事を運ぶ者の目があって、主人の自由がきかない。
夕方までの時間に昨夜取り損ねた睡眠をとろうと、ネデルは自宅の柔らかい寝具の上で思い切り伸びをした。
夕方、その日三度目の訪問をしたネデルの前で族長の召使たちが慌てふためいていた。護り番と召使の女が玄関前で言い争いをしている。その緊張感の漂う光景に、ネデルは一番年下の召使の女を呼びとめて何事かときいた。
『カレブ様が、いつのまにかいないのです!』
『いない?』
ネデルはさっと青ざめた。
『昼過ぎに俺が来た時にはいたはずだ。いつからいないのだ!?』
『私はよく知りません!私たちはカレブ様が寝室にずっといると思っていたのですが・・・護り番が昼前に、族長が裏庭にいるのを見たと・・・』
『何だと!?』
やられた!!ネデルは自分の認識の甘さに悲鳴をあげた。
してやられた!あの異人のもとへ行ったのだ。こうなることを予測しておくべきだった!
召使たちはオロオロし、護り番たちは族長を探しに出かけようとしていた。
『ああ、どうしましょう?カレブ様の身に何かあったら、ああ!どうしましょう!?』
『おまえたち、カレブ様の寝ている姿を確認しなかったのか?』
『えっ?ええ、したそうですわ!でもよく見たら、服を丸めて置いてあっただけとかで・・・』
『愚か者!カレブ様の失踪はおまえたちの怠慢のせいだ!族長に何かあればタダでは済まないぞ、よく心に刻んでおくのだな!』
『はっ、はい!申し訳ございません!』
頼りにならない召使の女を追いやり、ネデルは走り出そうとした護り番を大声で呼び止めた。焦っている男はものすごい形相で振り向き、相手がネデルと知るやいなや、任務の怠慢を責められることを想定してうろたえた。ネデルはもう一度、男を呼びつけた。
『ネ、ネデル様?その・・・今から族長を探しに行くところでして』
『わかっている。だが、その必要はない』
『は?』
男が面食らってネデルを見た。召使たちもネデルに注目した。
『カレブ様を探す必要はない。居場所に心当たりがある』
そして、同行しようとする護り番たちを切り捨て、ネデルは苦々しい顔をして、村の北へと歩いていく。
牢小屋を経由して族長宅へ戻ったネデルは、どうにも腑に落ちなくて首をひねった。主人を連れ戻そうと訪ねた“生娘の間”にはカレブはおらず、ネデルがいきなり開けた扉の向こうで異人の女がびっくりしていた。室内に主人のいた形跡はなく、不必要に異人の恐怖と不審をあおっただけだった。いみじくも自分の姿をあの女の視線にさらしてしまったことで、彼は不吉な出来事が自分の身にふりかかってしまうのではないかと恐ろしかった。
しかも、念のために牢小屋も確認しようと向かった道の途中で、大部屋の娘たちに食事を運んでくる途中のヨーダの助手に出くわしてしまった。女に、うさんくさい顔でにらまれてしまった。“生娘の間”と牢小屋がある一帯は人家がなく、一般の人々に遭遇する確率が低いので、そこをうろついていたネデルは助手に怪しまれたのだ。
助手は口に障害があってしゃべれず、そのためにヨーダの庇護を受けているのだが、卑しい噂話をしたくてもできない彼女はヨーダの良い助け手になっている。この一帯でまるっきり用事がないともいえないネデルとの遭遇について、精神統一を実践している女主人の邪魔をしてまで助手がわざわざ教えることはないと思うが、油断は禁物だ。牢小屋を訪ねて牢番や守番といつになく言葉を交わし、自分が彼らを懸案していると印象づけることにネデルは努めた。
牢小屋にもカレブは寄っていなかった。