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第18話

 めまぐるしく色々な出来事が起こった昨日を思い返し、マーシャは心地よい寝具の上でぼんやりとしていた。ここがどこでいつなのか、想像すらつかない。だけど、あまり悲観的に考えたくはない。わかっていることは、彼女は何らかの原因で時空移動機から一人放り出され、未知の世界で生きているということだ。

 もしかしてこの体験も、学生には事前に知らせず、危機脱出能力を測る目的の試験の一部なのかも。

 彼女は視線を移動させて、窓から見える昼間の青い空を見た。雲ひとつ見えない。彼女の口からため息がもれた。

 この体験が試験の一部なんて事は考えられなかった。

 ――だって、私は戻る方法を知らない。


 衣服は既に身につけていた。彼女の服を、下着にいたるまで、カレブはもの珍しそうにつまみあげては、細部までよく観察していた。昨夜に自分がしたことが脳裏に浮かび、マーシャの動悸が早まった。こんな体験は初めてだ。初対面で、言葉が通じない男相手と。しかも、私たちは信じられないくらいに気が合った。

 外の明るさから判断すると、昼頃だ。昨日の夕方に出された食事以降、胃に何も入れておらず、空腹にお腹があえぐ。生存の危機に瀕しているかもしれないというのに、体は通常どおりに機能している。昨夜のことがあるから、よけいにお腹が空いているのかもしれない。

 ・・・あの人とはまた会えるのだろうか?

 そのとき、彼女は扉の前に誰かが現れた気はいを察し、そちらを見た。扉の上部の隙間から、今はもうよく見知った男の黒い瞳が覗いていた。

「マーシャ?」

 彼女はベッドを降り立ち、扉まで走り寄った。扉の鍵が開けられ、男が昼間の光の中に姿を現す。彼女が安堵した顔を見せると男は微笑み、部屋に踏み入った。左脇に食物のつまった袋を抱えていた。

「カレブ!」

『腹が減っただろう?食物を持ってきた。一緒に食おう』

 茹でジャガイモ、固パン、山羊肉の煮込み、蒸しイモ、塩茹でコーン、山羊のミルク。彼女が大喜びで袋の中をのぞくのを、彼は満足そうに眺めた。彼女がはじけるような笑顔で自分を見上げ、カレブは、太陽の光の下で初めて目にした彼女の瞳にしばし、意識を奪われた。

「ありがとう!」

 彼女に肘をつかまれ、カレブは現実に引き戻される。

 こんなに表情が変わる女も、こんな想いも初めてだ。


 彼は彼女の肩を抱き、ベッドの上の織物を払いのけて、そこへ持参した食物を拡げた。空腹だったはずの彼女は食べ物を見て目を輝かせて嬉しそうだ。だが、自分を見る彼女の目はもっと嬉しそうだ、とカレブは思った。

 彼がマーシャの服を全て手にとって確認したように、彼女はカレブの用意した食事を一つ一つ、珍しそうに見ていた。匂いをかいでは笑顔を見せる。彼女の動き全てが新鮮で魅力的だ。口に食料を入れるたびに彼女は驚き、嬉しがり、満足していた。言葉はわからなかったが、彼女がとる反応や行動は、彼女の内側の感情を手に取るようにわかりやすく語っていた。

 食事をした後、床に座ってベッドの台に寄りかかっていると、マーシャがカレブの腕に腕をからませてきた。彼女の二の腕は柔らかく、脇にはさむと温かかった。

 それからカレブが彼女を床にやわらかく押し倒すと、彼女は軽やかな笑い声をあげ、彼は彼女の伸びてきた両腕に頭を抱かれた。日はまだ空高かったが、部屋には真夜中が落ちてきて、カレブは彼女の瞳の中にある紫色の闇にいた。幸せなのにもどかしく、力強いのに切ない感情が、カレブの心を溺れさせた。

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