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第17話

 自宅へ帰る道すがら、カレブはネデルの言うことなど何一つ聞いていなかった。というよりは、異人の魔力だとか、ヨーダの目利きとか、妊婦の妻がいるとか、ネデルがくどくどと並べ立てて何を言おうとしているのか、さっぱり理解できなかった。カレブには、マーシャの存在が唯一そこにある事実だった。彼女を1人残してきたことに罪悪感を抱き、後悔していた。

 あの部屋は清潔で安全だが、隣にいるべき俺が欠けている。彼は、今にでも彼女の元に戻りたかった。

 二人が夜明け前に家に戻ると、心配していた召使たちが喜んで主人の帰宅を迎えた。主人を自宅へ無事に送り届けたネデルだったが、彼の様子がおかしいことを目の当たりにして、抱いていた不安は倍増されていた。過去二度の場合には自分の身体的欲求さえ満たせば、それで終わりだった。ところが、今夜の族長は心ここにあらずで女に魂を溶かされてしまったようだった。

 いや、それとも、異人特有の手管にでもやられたか?ああ、一刻も早くヨーダ様にお伝えし、あの身をカレブ様の手の届かないところにやってしまいたい。

 召使の用意した寝酒をカレブは取らなかった。眠ったら、全てが夢に消えそうな気がしていた。彼は、彼女を記憶している自分の手のひらや腕に感慨深げに触り、しばらく思案していた。


 ネデルも眠れないままに夜明けを迎え、村が朝を迎える準備で動き出し、様々な音を立て始めるのを聞いていた。母と妻は夜明けを少し過ぎた頃に起き出し、外で朝食の下ごしらえを始めていた。朝の明るい光が小窓からふりそそぎ、室内の気温がゆるやかに上昇していた。

 そのうちにさすがに眠くなってきた彼がうとうとすると、今度は7歳になる1人娘がもぞもぞと起きてきて、父親である彼の脇にやってきた。彼女の母親や祖母が忙しい早朝は、父であるネデルと遊ぶのが彼女は大好きなのだ。彼は娘を大事に思い、一緒に遊ぶのも楽しんでいたが、主人への不安と寝不足に悩むこの時ばかりは、幼い娘の無邪気な元気さを鬱陶しく思った。

 同居する弟家族、母、妻と娘と一緒に朝食をとり、その後は「妊婦の家」に寄ってから族長宅に訪問するのを日課としているが、この日、ネデルは別の場へ行った。祈祷所の独立棟にこもっている祈祷師ヨーダに謁見し、異人の件を報告しようと思っていたからだ。収穫祈願の儀式を前に精神を集中する目的で棟にこもってはいるが、日が悪くなければ、心に迷いのある者たちが彼女を頼って行くと、扉越しに話を聞いて、必要であれば彼らに助言を与えてくれる。その日の良し悪しは村人たちにはわからず、当日になって彼女が弟子たちに伝える。

 結婚後、妻との間になかなか子どもが授からなかった時期にネデルは彼女の助けを請い、祈祷所に家畜やアロエ等の贈り物をし、1年後にひとり娘を得た。娘はとてもかわいい。彼は、ヨーダには多いに感謝していた。


 祈祷所の門を越えると、祈祷師見習いである弟子たちが庭で作業をしていた。ネデルに気づいた一人が目を閉じて頭を軽く下げる。祈祷師たち特有の挨拶だ。

『おまえたち、ヨーダ様に面会したいが今日はできるか?』

 三人を順番に見て、ネデルは尋ねた。残念ながら、全員が首を横に振った。

『今日はいつにも増して悪いめぐりの日だそうで、ヨーダ様は誰ともお話になれません』

半分予想していたことだ。

『・・・そうか。仕方ない、それでは、また明日来ることにする』

『ご足労さまです』

 三人の弟子に礼を言い、ネデルは歩いてきた道を引き返した。主人をどうやってあの異人から遠ざけようと考えながら。


 祈祷所の次に、彼は数時間前に後にしたばかりの族長宅に行った。家の前で木の皮をなめしていた召使の女がネデルを見つけ、声をかけてきた。

『ネデル様、族長はまだお休みになっていますよ』

 夜明け近くまで戻らなかったことを考えれば眠っていて当然だ。彼は納得し、言った。

『それなら、また昼過ぎに戻ってくる』

 夕方まで待ってしまえば、自分の訪問より先に起きたカレブが何か行動を起こしてしまう怖れがある。聞き分けのない子どもに分別をつけさせるように主人をうまく説き伏せよう、と彼は考えた。

『そういえば、ネデル様?長老たちが先ほど訪ねてこられたのですが、族長がまだお休みだったのでお帰りいただきました。何かご依頼があるとか・・・。ネデル様でもいいとおっしゃっていましたが、お伺いになりますか?』

『長老のご依頼か。・・・いいだろう、どなたの家へ行けばよい?』

 ネデルは、召使が名を挙げた長老の家へ足を向けた。

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