第15話
マーシャは、彼女の背に胸を押し付け、彼女の肩越しに腕をのばして自分を抱きしめるカレブに振り返った。その唇には笑みがいすわり、彼を見上げるマーシャを見て、さらに笑みは顔中に広がった。
「わたし、あなたが好きみたい」
彼女の肩に口づけるカレブが顔をあげた。鼻にしわをよせて、彼女に問う。
『何だって?』
「わたし、あなたが、好き」
彼女が自分の唇を見たので、カレブは顔を寄せて唇をつけた。
「ワタシ、アナタガ、スキ?」
花が開くように彼女が口元をほころばせ、カレブは思わずその笑顔に見惚れた。彼は、その耳慣れない音が訴える意味をすぐに悟った。
彼女が彼の方へ体をよじらせたため、カレブは彼女の体が正面を向けるように腕を緩めた。扉の隙間から差し込んでくる月光が彼と彼女の腕を白く照らす。彼女の肌は断然白く、彼に向きなおった彼女のあごを両手ではさんだ彼は、彼女を見て笑顔を見せた。
『俺も、おまえが、好きだ』
彼はそう言い、彼女を胸に抱きしめるとその言葉を繰り返した。
『俺も、おまえが、好き』
『オレモ、オマエガ、スキ』
彼女の唇が彼の喉にあたり、彼の発した音を彼女が真似した。彼女は、男の腕にぎゅっと抱きしめられた。
カレブはいつまでも出てこなかった。ネデルははやる気持ちを抑えきれずに何度も室内を行ったり来たりし、何度も扉越しに隣の室内の物音に耳をすまし、その度にがっかりして戻ってきた。何かしらの音がしたりしなかったりだったが、彼を呼ぶカレブの声は空気を伝って聞こえはしなかった。
こんなに長く何をしているのだ、朝になってしまうではないか!
暗闇に全てを隠して危険な試みを早く終わらせてしまいたい彼は、のんきな主人に心の中で毒づいた。
異人の女の魔力に魂でもからめとられてしまったのか?
しかし、今できる事は何も見つからず、彼は仕方なくベッドに戻り、両足を投げ出してそこへ座った。窓から差し込む月光が彼の膝のあたりを四角く照らす。ただ待っていると悪い考えばかりが頭に浮かんでくる。
まさか、あの女に食われてしまったのでは・・・?
ネデルはカレブが残忍に殺されてしまう恐ろしい光景を想像してしまって、ぶんぶんと激しく頭を振った。
あのカレブ様だ、そう簡単にやられるわけはない。それに、悲鳴さえ聞こえてこないではないか。
彼は窓から見える、マーシャの目のような深い色の夜空を見つめた。
足の下のサンダルが不用意な音をたてないよう、ネデルは周囲をはばかりながら、二人のいる部屋の扉の前に近づいた。村中が寝静まっていて、室内からの音も止まっている。彼は息をとめ、ゆっくりとしゃがんで、扉の下部の空間からそっと中をのぞいた。二人のどちらも見えなかったが、カレブの茶色いチュニックが床に丸まって転がっているのを見つけた。彼は息をそっとついて、自分の背後に再び目をやった。誰もいない。
それから、しゃがんだのと同じスピードでゆっくりと立ち上がった。今度はつま先だちとなり、扉の上部にある隙間から室内をのぞいた。女の体は見えなかったが、カレブの右足がオレンジ色の織物の上に立てられているのが見えた。左足は織物の中につっこまれていた。彼の左足の太腿あたりに茶色の織物の塊が続き、カレブの左手がそれを支えるように添えられていて、ネデルにもそのふくらみの中身が彼女だとわかった。主人が眠ってしまっているのかと思ったが、カレブの手は、大事な宝物を撫でるように動いていた。それを見たネデルはがっくりとうな垂れ、仕方なく、部屋へと引き上げた。
ベッドの上に戻ったネデルは、明日にでもあの女の存在をヨーダに報告しようと考えていた。カレブはヨーダの力をまるっきり信じていないがネデルは違う。ヨーダに過去の“主人の”過ちを打ち明けはしなかったが、彼女は既に全てを知っていて、族長の名誉の為に黙ってくれているのだとネデルは信じていた。祈祷結果が変わらなかったのは、彼女が人一倍、心を砕いた賜物で、それこそが彼女の力の証だ。
カレブ様が明日もあの異人を引き止めようと言い出す前に、ヨーダ様の手にあの女をさっさと渡してしまおう。
ネデルは喉の奥からこみ上げるあくびを無理に飲み込んだ。夜はすっかり更け、遠出の疲れが彼の手足ににじみはじめていた。