第14話
自分の膝の上で寝かかっていたマーシャは、名を呼ばれたような気がして顔をあげた。
「・・・マーシャ?」
彼女の膝の前で、ベッドに横向きに座ったカレブが彼女の膝をたたいて彼女を起こしていた。
それほど驚きはしなかった。彼女が連れ出されるとき、男が“カレブ”と何度も言ったのだ。この移動はカレブがやってくれたんだろうと思った。
「カレブ?」
彼の黒い大きな目が揺れて笑顔になった。
「このきれいな部屋に入れてくれたのは、あなたでしょ?ありがとう」
彼が理解できるとは思わなかったが、礼を言いたい気持ちだったので構わず彼女はしゃべった。彼は困ったように眉根をひそめたが、彼女が好意的な態度をくずさなかったので、それが悪いことではないと察したらしい。再び、大きな口を横に伸ばすようにして笑った。
カレブの目の前にいる異人の女は、自分たちとは違いすぎる人種ではあったが、まったく同じとも思える親愛の情を持っているように思えた。
彼女は初対面のカレブを怖がるどころか親しみを感じているらしく、彼自身も妙な温かい感情が胸の底から湧き上がってくるのを実感していた。急に、この女とは昔から繋がっているのだとカレブは感じた。彼女の意思を無視した勝手な思いつきから連行したというのに。ただの好奇心からの行動が、実は運命に定められていて必然的に起きた出来事のように思えて、カレブは混乱した。
彼が何も話さずに驚いたようにじっと自分を見つめているので、マーシャは居心地が悪そうに膝を動かした。はっとしたカレブは彼女の膝から手を離し、彼女から視線を外したが、すぐに彼女を見つめ返した。自分で彼女をこの部屋に追い込んだくせに、彼は行動に移すのをめずらしく躊躇していた。
言葉が通じればいいんだけど。マーシャは困惑するカレブを見返した。彼の瞳には勢いがあり、その深い目で見られると彼女は胸がつまり、途方に暮れそうになる。
『言葉がわかればな』
彼女と全く同じ思いをしているのを気づかず、彼がそう漏らす。
何度か視線を交わしては外した後、マーシャはついに苦笑して膝を伸ばした。
「ねえ?」
気をまぎらわそうとしてパンツの腿部分を伸ばしていたマーシャの手を、浅黒い大きな手が掴まえた。マーシャが目をあげると、カレブが上半身を近づけて彼女を見ている。重ねられた手に視線を戻した彼女は、自分をつかむ彼の左腕を右手でつかんだ。小さく身震いし、彼は彼女の首の後ろに手を伸ばした。
彼女と触れた彼の唇からは異国的な香辛料の香りがつたわってきた。
ネデルが扉に鍵をかけてから結構な時間が流れている。二人の居る隣室で声をひそめて主人を待っていたネデルの耳に、主人の苦しそうな吐息が時折聞こえてきた。彼が苦しい思いをしているのではないことくらい、ネデルにもよくわかっていたが、信じられなかった。自分がいる部屋の扉前まで行って隣室の様子に耳を傾けたネデルは、くすくすと小さく笑いあう声まで聞いて耳を疑った。異形に手を出そうなどと思いつく主人を到底信じられない彼だったが、どうやら主人と女は密室で“我々と何ら変わらず”普通に楽しんでいるように思えた。
そのうちに、扉にぶつかったような音が近くで聞こえ、びっくりした彼はあわてて扉の前から奥に逃げる。主人の身を彼が心配して戻ったのもつかの間、カレブのかすれた声が混じった大きな息が聞こえはじめて、扉を振動させるような音が繰り返し響く。
扉を背に行為におよんでいるとわかり、ネデルは頭にきて、鍵を放りなげて帰りたくなった。反対側の大部屋に納められている女たちからは何の物音も聞こえないが、彼女たちにはこの興味深い物音がはっきり聞こえているだろう。