第13話
カレブと落ち合う小屋は、牢小屋から北へいった、人間の背丈ほどもある大岩の裏手に建っている。カレブの助言に従って行動を起こしたネデルは今、異形の女とともに“生娘の間”へと歩いているのが信じられなかった。女は、彼のつき出した水に駆け寄って無我夢中でそれを飲み、彼の出したカレブの名前に従順についてきた。上半身に縄をかけられてはいるものの、逃げようと思えばできそうな環境下で彼女は黙ってネデルの横にいた。
彼女を連れたネデルが牢小屋の出入口を通過しても、守番たちは何も言いとがめず、むしろ、彼女から目を背けているくらいだった。彼が秘密裏に彼女を処理するとでも思っているのかもしれない。
目印の大岩まで来たネデルは風に漂うかすかなキリルの残り香に気づいた。主人カレブは既に到着し、個室の鍵を開け放っているのだ。繰り返される計略に馴れてきた自分をネデルは恥じたが、もうここまで来てしまっている。
乾燥土と石で建てられた黄土色の建物が彼らを迎え、並んだ3部屋に行くために石の階段を6段ほどあがる。階段を上がりきり、人が中でざわめく大部屋の扉の前を通り過ぎて、二人は左端の部屋に入る扉の前で止まった。扉の枠は木製で、真ん中はいくつもの木板が張り合わせられて塞いであるが、格子となった上下10cmほどがそれぞれ空いている。
『入れ』
開き直ったネデルが彼女の身を拘束する縄を引っ張った。彼は外側に扉を引き、マーシャを室内に押し入れた。
室内は、彼女がいた牢よりもかなり清潔な部屋だった。室内の空気は澄んでいて、し尿の臭いもしない。細長い部屋の奥には部屋と同じ幅の石台があり、赤やオレンジ色のぶ厚い織物の布が何枚も重ねられてあった。屋根にほど近いところに両手のひらを広げた大きさぐらいの横長の穴がある。扉を入って右手の壁には、植物の繊維でできた細長く小さな棚があり、石彫りの丸い人形や鮮やかな色使いの装飾品が無造作に置かれている。マーシャを引っ張ってきた男は、一緒に持ってきた水のカメをその棚の横にゴトッと音をさせて置いた。
「・・・こっちに移れってこと?」
マーシャの声にびくっとした男だったが、それに答えることはない。彼女の後ろにまわった男は、彼女の上半身の自由を奪っていた丈夫な縄をほどき始めた。牢を移動させられた理由は知らないが、衛生的な環境に居られることにマーシャはひと時安心し、喜んだ。縄を全部ほどき終わった彼は部屋の奥に行くように彼女に手で示し、自分は部屋をそそくさと出て行った。
外に出た彼は鍵をかけていない。だが、彼が扉のすぐ横に居残っているのは扉の下の隙間からも見えた。監視されるようだとわかったが彼女は逃げる気も失っていたので、ベッドらしき奥の台にのぼった。寝具らしき織物は見た目よりも柔らかい。壁の上方にある穴から夜空の一部が見えた。
なんて1日だったんだろう。これから、どうしよう・・・。彼女は膝を抱え、大きなため息を吐いた。
ネデルが部屋から出てくるのを見計らい、カレブは隠れていた小屋の裏側から正面へ移動した。部屋の前でそわそわと主人を待っていたネデルは階段を上がってくるカレブを見つけ、ぱっと顔を輝かせる。さっき来たときに覗いて目ぼしい娘がいないのを確認した大部屋の前を通り、彼は部屋の中と自分とを交互に見るネデルの所まで行った。
『カレブ様!』
ネデルは囁くようにカレブを呼んで近づき、カレブが持っていた鍵を受け取った。長い時間を待たずにネデルと再会したことに満足し、カレブはにやりとした笑みをネデルに向けた。
『苦労はなかったようだな』
『ええ。カレブ様の言うとおりでした』
カレブとネデルは役目交代をし、主人を通したネデルは外側から扉に鍵をかけるために引き下がった。そして、前回隠れたのと同じ、隣の部屋へとそっと入った。主人に危害がおよんだらすぐに駆けつけるために。