第1話
☆「あなたと私をつなげる空間」の番外編☆
学生マーシャが事故で行方不明になっていた期間のお話です
本編の第1〜12話も参考にしてね♪
アメリカのどの都市かは見当がつかないが、視界が開けた直後に「ブルーライン記念塔」がマーシャの目に飛び込んできた。
通常移動モードに切り替え、自動運転で機体をそこまで近づける。
この記念塔の周囲は公共管理区域だろうか、人の姿は全く見られない。遠くに青い高層ビル群が見えたが、塔の近くには何の建物もない。
彼女の乗る政府認定の移動機は、この区域への侵入にもあらかじめ許可を受けているのだろう、上空で飛び回っている防衛センサーが移動機に攻撃をしかけてくることはなかった。
灰色のオベリスクのような記念塔には黒く太い文字で何かが書いてある。
彼らの功績は後世にまで語り継がれる、とかそんな類だ。
彼女は塔に刻み込まれている文章をメモリーに入力した。たった数秒で、期末試験の課題は完了。
あまりにもあっけなく短い冒険の終了に、彼女はせっかくの貴重な機会を使って別の場所へ移動したい誘惑にかられた。
でも、そんな危険を冒しはしない。
塔の前に着いてきっかり4分後、彼女は自動運転で移動機を到着した地点に帰った。通常移動から時空移動にモードを戻す。
それから彼女は、出発までの残り時間が表示されているディスプレイを確認した。滞在時間の残りは、5分をもう切っている。
移動器も外からも何の音も聞こえず、彼女は来週に控える試験の残りと試験後の冬休みの予定について、ぼんやりと考えていた。
そうこうするうちにピーッと電子音が鳴って、残り1分を知らされた。
本当に静かに、機体はワープ・モードの準備をはじめ、それに伴ってメーターの数値が上昇していく。
彼女は記念塔への単純往復という通常運転しか操作を行っていない。ワープ準備も手動操作できるように技術訓練をしているが、実地が彼女に認められるのはまだ先だ。まずは初めての個人時空移動体験をしてこのコースの単位を修了し、次の技術課程のコースをとって初めて、手動操作の許可がおりることになっている。
彼女の耳にクラシック音楽が流され、久しぶりの家族の揃う年末に思いをはせているうちに、移動機は既に出発していた。振動も音もなく、出発は非常にスムーズだった。
彼女はつい、うとうとしてしまっていた。
高音のソプラノ歌手が耳元で思い切り歌い上げている。
彼女は眠りから戻りつつある意識の中で、女性歌手の声がだんだんと低くなって男たちの合唱に変わっていくのに気づいていた。男たちは3人からもっと多くなり、合唱のハーモニーが耳障りな雑談に移りかわっていくような錯覚に陥った。
不快そうに顔をしかめて目を開けた彼女は、自分が乾いた土の上に座っていることを知って驚いた。
そこは、大学の試験室などではなく、黄色い岩や乾燥でひびわれた土が延々とひろがった、開けた自然の中だった。
「・・・え?」
夢かと思い、彼女は目をこすった後に自分の手を試しにたたいてみた。
痛かった。
・・・夢ではない。
「・・・何なの、ここ?」
彼女が体を固定されていたはずの移動機も見当たらない。頭のヘルメットも消えている。
彼女の周りには誰もおらず、自然の造作以外に何も、ない。
待って、待ってよ、えっと・・・
彼女はパニックにおそわれ、ブルーライン記念塔からの自分の行動を思い起こした。通常の自動運転モードの切り替えを操作したが、他には何も触っていない。機体が自動的にワープ・モードを起動したのも目で確認している。
何のミスもしていないし、異常もなかった。
ええと・・・いったい、これはどういうこと?
この場所を何とか特定できないかと、彼女は荒廃した周囲を見まわした。
乾燥地帯にはびこる低木が点在しているが、視界のずっと先まで黄色い岩肌と乾燥土の地面が続いている。天気はよく、空はどこまでも青くて高い。空気は乾き切っていて、埃っぽい。
ここには、何もない。
だが、彼女は自分の見解を撤回した。
・・・いえ、そうじゃない。