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笑顔の定義を見直します

「ネオ、どこに行くんだ?!」


俺はネオについて走りながら声を張り上げた。

アインとラピスは後ろをついてきており、追いかけてくる魔物を処理してくれている。


「この先に崖があって、その下は海になっている。そこに行くんだ!……くそっ、アースブレイヴッ!」


地面が隆起や断裂を起こして、前方に出現した魔物の足元を掬わせる。隆起や断裂は小さいものであるが、この魔物には効果抜群のようだ。

後ろはアインとラピスが守ってくれるが、前は自分たちで何とかするしかない。


「この魔物は、一般的にウルフと呼ばれている。集団行動を取るレベル二の魔物だ。敵を見つけると、今みたいに殺すまで追いかけてくる習性がある。陸を頼りに生きていて、少しでも陸、つまり地面がよくないと混乱する。そして勿論泳げない」


流石というべきか、魔物について詳しいネオが説明する。


「でも、こいつらは普通のウルフじゃない。亜種だ。なにか特性を持っている魔物を亜種と言う。亜種はどの魔物にも存在し得る。普通の魔物か亜種かは、見た目では判別出来ない。実際に戦って判別するしかない」


「このウルフが亜種なら、どんな特性を持っているんだ?」


「ステルス特性、姿を消すんだよ。亜種は、その特性を発揮する時、必ず微量の魔力を生み出す。機械人形でも、正確に検知出来ないほど微量な魔力だ」


だから、アインやラピスでも魔力反応を見逃したり、気づいた時には攻撃が間に合わなかったりするということか。


「ルウちゃん、君は魔力系防御型なんだよね?」


「ああ、そうだけど」


「前から来る魔物をどうにか出来ないかな。ちょっと自分の魔力を温存しておきたい理由があるんだ」


この説明をする間に、ネオはもう何匹もの魔物を倒している。崖はまだ見えて来ない。


「わかった、やってみる」


相手が攻撃的なら固有魔法は使える。

俺は、片手で持っていた魔導書を両手で持ち直した。

表紙を開くと、勝手にパラパラとページがめくれていく。

開かれたページは、またしても白紙だった。そのページをなぞると、光を発しながら古代文字が刻まれていく。

走りながらの詠唱となるため、声が揺れないよう、息をいっぱいに吸い込む。


「主よ、我が呼び声に応え、その身を我に捧げよ。今こそその力を持ちて目覚め給え。我が名はルウト・ドゥ・レイ。我こそが新たなる世界神、御身を支配する者なり。ディオース・ヘルト・トゥテラリィ・レジュレクシオン・オーディン」


詠唱が終わると、俺を中心とした突風が吹き抜ける。その風に乗って、逞しい男の姿が見えた気がした。

そして、ちょうど俺とネオの前に飛び込んできた魔物が、呆気なく数メートルも弾き返されて絶命する。


「これは……っ」


感嘆か驚きか、ネオが小さく言葉を漏らした。

俺たちに攻撃しようと襲いかかってきた魔物が、ことごとく弾き返されていく。

俺の固有魔法は防御にしか使えない仕様のため、召喚されたオーディンが自ら魔物を倒しに行くことは無い。


正直、この場面で召喚する神霊は、戦えるなら誰でもよかった。

しかし、俺が知っている神霊の中で一番機動力に優れていて、見えない相手に対応できるのはオーディンだった。


「ルウちゃん、見えて来たよ!」


その声に促され、前方を見ると、森が開けてそこから光が差し込んでいた。必死になってその光へと駆け込むと、そこはもう崖だった。俺達は立ち止まって後ろを振り向く。


「うわ……」


声を漏らしたのは俺だったが、きっとネオも同じ気持ちだろう。

そこには、姿を現した無数のウルフ亜種が、半円形になって俺達を囲んでいた。

まるで、俺達が崖まで追い詰められたかのようだ。


「ネオ、どうするんだ?」


「オレが三秒カウントしたら、崖から''飛ぶ''んだ」


「そんなことしたら海に落ちるだろ!」


漂流するつもりか!

と抗議する俺を見て、ネオは余裕の笑みを浮かべて言う。


「ルウちゃんにはアインがいるじゃん」


即ち、空を飛べるアインに抱えてもらえばいいだろう、と。


「でも、それだとネオは?」


「大丈夫。オレを誰だと思ってるの」


……変人生徒会長。

とは言わないでおく。

ネオの表情には、相変わらず余裕の二文字しか見えない。

俺が魔物に視線を戻し、抗議しなくなると、ネオはカウントを始めた。


「一、二……」


ウルフ亜種達は、こちらが動かないのを見てじりじりとにじり寄ってくる。


「……三!」


その掛け声で、俺とネオ、それにアインとラピスは魔物に背を向け、海へと一直線に走り始めた。

勿論、ウルフ亜種達も走って追いかけてくる。

姿が見えていると、明らかに自分たちより魔物の方が足が速い。


「フリーゲン・ボラール・リチエーチ」


ネオは飛ぶ瞬間に何かの魔法を発動させる。

俺はアインに手を差し出す。


「アイン、頼む!」


「了解」


俺達が崖を飛んだ時には、魔物に追いつかれる一歩手前というところだった。


アインにお姫様抱っこをするように抱えられて空を飛びながら、すぐにネオの無事を確認しようとそちらを向く。

ネオとラピスは、何か緑色のオーラのようなものに包まれて飛んでいた。飛ぶ直前に発動させた魔法の効果だろうか。

そして更に、ネオは真剣な面持ちで眼下の崖へと手を伸ばした。


崖を見ると、俺達を追いかけていた魔物の大部分が崖の手前で止まりきれずに、海へと落ちていく真っ最中だった。


「ファンタズム・コンティネンテ。ウブリアカシル・アッバーレ・ハルーシネイション」


「っ……?!」


ネオが二つの魔法を連続して詠唱した直後。

突然、崖が物凄いスピードで崩れ始めた。その崩壊は一部分だけでは止まらず、森の真ん中辺りまで地面を崩壊させてしまう。

魔物は一匹残らず海の底へと落ちていっただろう。


俺はその現象を驚きと共に凝視した。


「リ・インヴォーク」


再びの詠唱。

すると、先程呆気なく崩れた森や崖が再生を始めた。

俺達は、あっという間に元通りになった地上に再び降り立ったが、一つだけ元通りではないものがあった。

魔物の姿だけが、綺麗さっぱり消えているのだ。


「ネオ、今何をしたんだ……?」


アインに降ろしてもらった俺は、地面の感触を足の裏で確かめながら問う。


「帰りながら話そうか」


ネオは少し疲労した様子で笑って言った。

四人で来た道を戻り始めるが、やはり先程崩れたはずの森には何の異変もない。魔物に襲われることもなかった。


「まずね、オレは頭脳系幻惑型なんだ」


頭脳系と言われると、ネオの性格から考えて驚くほどしっくりくる。系統は生まれつきの能力で決まると佐久原先生が言っていたのを思い出す。


「今日使った魔法は、一つを除いて、ルウちゃんも授業で習う魔法だよ」


「一つを除いて?」


「そう。ウブリアカシル・アッバーレ・ハルーシネイションは、オレの固有魔法。幻惑を本物にする魔法なんだ」


ネオが言った魔法の説明をまとめると、こうだ。

アイシクルは、氷塊を生み出す初級の攻撃魔法。

アースブレイヴは、地形をほんの少しだけ変化させる初級魔法。

リ・インヴォークは、最後に発動した魔法をもう一度発動させる中級魔法。上級以上の同じ魔法を連続して発動させる場合、中級であるこの魔法を利用した方が消費魔力が少なくて済むという、大きな利点を持つ魔法だ。

ファンタズム・コンティネンテは、巨大な地形操作に関する上級の幻惑魔法。

そしてフリーゲン・ボラール・リチエーチは、飛行魔法であり、最上級魔法であるという。

ちなみに、ネオの固有魔法も最上級魔法に値するらしい。


「つまりオレは、崖を超えて森まで崩れるほど巨大な地形操作の幻惑を見せた。次に固有魔法でその幻惑を本物にして、魔物を海へと落とす。その後、リ・インヴォークでもう一度固有魔法を発動させた。固有魔法は、まだ効果が続いているファンタズム・コンティネンテでの幻惑を本物にする」


ファンタズム・コンティネンテは、巨大な地形操作に関する魔法。関する、のであれば、地面を崩すということに限った話ではない。地形の再生や創造の幻惑だって、この魔法一つで可能なのだ。


「どう?分かったかな?」


ネオは一通りの説明を終えると、俺の顔を覗き込むようにして訊いてくる。


「まあ、なんとなく」


「何となくでいいよ。それにしても、レベル二だとしてもあの数の亜種を相手するのは流石に疲れるね」


そう言いながら背伸びをして、ついでに欠伸まで漏らすネオ。

先程大量の魔物を葬った本人だとは、到底見えそうになかった。



王都に帰り着くと、空は綺麗なオレンジ色だった。もうすぐで日が完全に沈みそうだ。

結局、帰り道で魔物に遭遇することは無かった。


「さて、濡羽先生へのクエスト報告はオレがやっておくから、ルウちゃんはもう寮に戻っていいよ」


「分かった、ありがとう。……ちょっとだけ、ネオのこと見直した」


出会いはいいものでは無かったし、何を考えているのか分かりにくいし、変なあだ名を付けるし、きっとこれからも俺はネオにからかわれ続けるけれど。


「……ルウちゃん、熱でもあるの?」


「素直に言ってあげたのにその反応?!」


「ふふ、冗談だよ。じゃあ、また次のクエストの時にね」


ネオは楽しそうに笑って俺に背を向け、学園内の校舎へと歩いて行った。勿論、ラピスもその後を追いかけて行く。

取り残された俺は、アインに笑いかける。


「アイン、腕は修復できそうか?」


「可能。既に修復作業の八十パーセントが完了」


機械人形は、基本的に傷を自分で修復する。傷が大きいものになればなるほど時間はかかるし、大きすぎると修復不可能になる場合もある。そうなると、学園の裏にある機械人形整備所で直してもらうことが出来るらしい。


「治せそうならよかった。じゃあ帰ろうか」


「マスター」


「どうした?」


「お疲れ様?」


「え……今、何て……」


俺はアインの顔を見たまま硬直した。そんな言葉をいつ覚えたのか。

お疲れ様、という労いの言葉自体、機械人形の中には存在しないはずだ。情報としてその言葉を知っていたとしても、自ら使うことは有り得ない。

いや、それ以上に。


アインの言葉が流暢過ぎた。


普段の淡々とした抑揚のない声からは想像もつかない。

これは偶然なのかもしれないが、言葉の語尾をあげることで疑問を表現したようにしか思えなかった。


俺がいつまでも驚きから立ち直ることが出来ずにアインを見つめ続けていると、更にアインは"首を傾げ"、"瞬きをした"。


「あ、アイン……?」


俺はやはり驚愕から抜けられない。

一体この一日で何があったというのだ。


「マスターの反応から分析。結果、お疲れ様という言葉の用途を誤認識した可能性有り。更に、首を傾げる行為の意味にも誤解の可能性有り。命令遂行の為、学習を続けます」


「あ、いや、ちょっと待って、アインは間違ってないから、ビックリしただけだから」


「疑問。命令を執行するとマスターが驚く理由」


「え、えっと……」


また面倒なことになった。

俺は必死にアインの誤解を解きながら寮へと歩いた。



「アイン、命令の完遂確率は?」


「完遂可能性を計算。結果、一パーセント。命令の完遂は困難と報告」


不可能ではない。


もう零パーセントではないのだ。


アインは俺に笑顔を向ける。

6話から10話までは、1日に1回投稿する、連続投稿期間となっております。

そのため、あとがきを10話の時にまとめて書かせていただきます。

お読みくださり、ありがとうございました。

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