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笑顔を教えてください

ドアを開け、靴を脱いで部屋に上がって一番最初に目に入ったのはキッチンだった。

取り敢えず部屋の中を見て回るのと、届いているはずの荷物がどこにあるのか探すために散策を始める。

すぐ左には二つドアがあり、手前は風呂場、奥はトイレだった。

入口から真っ直ぐの所にはスライド式のドアがある。

恐らくあちらが寝室だろう。荷物もそっちに置かれているかもしれない。


「取り敢えずアインはここで待っていて欲しい」


「了解。マスターの意に沿い、待機します」


アインに待機を頼んだ理由は簡単だ。

自分がいいように部屋の整理をするには、アインがいない方が楽だったから。


彼女が床に座るのを見届けた俺は、スライドドアを何故か遠慮気味に、少しゆっくり開ける。

案の定そこは寝室で、二人部屋のため左手前と左奥の角にベッドが一つずつ。丁寧にカーテンまで付いている。ベッドの隣にはクローゼットがあり、その中にタンスが収納されていた。

荷物はベッドの脇に置かれている。


部屋の開いたスペースには背の低い木製の四角テーブルと、壁際にはテレビ。


そしてそのテーブルの上に荷物を広げて整理していた男が一人。

目も髪も黒色の彼は、俺をじいっと見つめてパチパチと瞬きをした後に小さく首をかしげた。


「えぇっと、ルームメイトさん?」


「ああ、そうみたいだけど」


「そっかぁ俺一年の滝本リュウ!よろしくな!」


滝本リュウと名乗った彼は、ぱっと笑顔になると俺の所に来て手を差し出した。


宵詠(よいよみ)ルウト。同じく一年。よろしく」


俺が差し出された手を握り返しながら簡潔に自己紹介したところで、リュウは明るい調子のまま、


「女の子が来たのかと思ってビックリした」


と、とんでもないことを口にした。

今まで、女の子みたいだとか童顔だとか言われることは何度もあった。

というのも、確かに童顔なのも加えて、俺の髪色が黒、ワインレッド、ピンクと毛先に行くにつれて薄くなるグラデーションで可愛いということだった。

ちなみに、目は紫とピンクを混ぜたような色だ。


「女の子みたいって、よく言われるよ」


俺はため息を吐き出しながらそう言い、自分の荷物のところへと向かった。ダンボールが二つと、手提げ袋が一つ。


ダンボールの一つ目に入っていたのは、最低限の衣食住に必要なもの。実家は王都の下町にあり、徒歩でも向かえるため多くのものを運んでくる必要は無いのだ。

二つ目には、本が入っている。昔から読書、特に神話を読むのが好きだった。しかし、本をダンボール一個丸々使って持ってきた理由はそれだけではない。


俺の魔法は、本に由来していた。


複数の本の中に、一つだけ明らかに雰囲気の違う本が混ざっている。表紙と背表紙が紫色の固い素材で、縦は二十五センチ、横は二十センチくらい。複雑な魔法陣が描かれたそれは、一言で言うと魔導書だった。持ち上げると、ずっしりとした重みが伝わってくる。


「なんだ、それ?」


いつの間にか後ろから俺の手元を覗いていたらしいリュウに問われる。

ただの本に見えるならそんなことは聞かないだろうし、やはり魔法使いの素質がある人が見ると普通の本とは何かが違って見えるのか。


「俺も詳しくは知らない。でも大事なものなんだ」


「へぇ」


詳しくは知らない。

早くもルームメイトに嘘をついた。


――本当のことは、誰にも言ってはいけないよ。


リュウが納得してくれたようなので、作業を再開する。

手提げ袋を開けると、学園から支給された新品の制服と、携帯型端末が入っていた。

制服は女も男も赤と緑のチェック柄ネクタイで、白色のワイシャツ、赤のラインが入った黒色のジャケット。ズボンは藍色。冬は更に黒色のローブを着る。ローブの裏地は赤色だ。


タブレット端末には説明書が付いていた。

それを読むと、生徒への事務的な連絡や講義連絡、教師と連絡を取るためのメール、友達とIDを交換しての電話やチャット、クエスト一覧の閲覧と受諾など便利機能が揃っているようである。


「クエストって何のことだろう」


思わず呟くと、俺と同じように荷物の整理を再開していたリュウからまた声をかけられる。


「知らないのか?」


「ああ、知らない」


「ここの生徒は、クエストっていう人間からの依頼を受けて達成しなきゃいけないんだ。内容は全部魔物討伐だけどな」


「この端末でクエストの受諾をするってことは、受けるタイミングとか回数は自由なのか?」


「タイミングは自由だけどノルマは決まってる。達成したクエストの数じゃなくて、どれだけ難しいクエストを達成したかっていうポイント制らしい。魔法使いの能力によって違うからそれも端末で確認できるぜ」


言われて見てみると、確かにノルマと書かれたタブがある。そこをタップすると、''0''と記載された画面になった。


「一年生は、魔法法律概論っていう授業が全部終わるまでクエストを受けられないんだ」


「だからゼロなのか」


「おう。あと、クエストは魔法使い二人以上で受けないと駄目。レベル四の魔物を相手にするクエストなら、魔法使い二人以上と機械人形二機以上」


「なるほど」


単純に考えて、安全確保のためだろう。


「まあ、俺らにはしばらく関係ないけどな」


「そうだな」


俺とリュウは少し笑い合って作業に戻った。



しばらくして部屋が片付いたところで、リュウがトイレに行くと言って部屋を出た。

しかしすぐに部屋を出たリュウの悲鳴が聞こえる。


「どうした?」


何があったのかと俺もリビングの方に出てみると、そこには驚きと焦りの混ざった顔でこちらの壁に背中を張り付かせているリュウと、無表情でリビングの真ん中に座るアインがいた。


……そういえばアインのことすっかり忘れてたな。


「お、おん、女の子?! 何で?!」


「待機要請に応答中」


「え、は、はぐれ機械人形?! 何でここに?!」


はぐれ機械人形……腕輪をしていないのだからそう思われても仕方ない。


俺がため息をつくと、助けを求めるように涙目をしたリュウと目が合った。


「まあ、落ち着けよ。こいつはお前のことを食ったりしないぞ」


俺は取り敢えずリュウを落ち着かせるところから始め、アインの紹介をすることにした。




夕方。


空がオレンジ色になるまでリュウと部屋で過ごしていたが、俺はリュウの機械人形については聞かなかった。学園に入学できる条件は魔法使いの才能があるということだけで、契約者としての素質の有無は関係ない。だから契約者でない魔法使いもいるのだ。そして一般的に、力のある魔法使いが契約者としての素質を持つ。機械人形を従えていない魔法使いの中で、自分の弱さに悩んでいる者も少なくはない。だから自分から聞けるはずがなかった。


それでもリュウと大分打ち解けた俺は、夕飯を食べようと三人で一緒に寮の外に出ていた。勿論魔導書は携帯している。

これから毎日使うことになるであろう学食ではなく街のレストランに行きたいという意見が一致し、城下町の方へと進んでいく。


魔物に侵食されてしまった現在、残っている大きな街はこの王都だけになってしまった。そのため、寮なんて言ってはいるが俺の実家はすぐそこの城下町にあり、日帰りは余裕。街だって馴染みの風景で、新鮮味はほとんどない。


ここが落ちれば人類は終わる。


王都は数年前から対魔物用の巨大な壁と門を造り始めたが、正門と西門、そしてその周りの壁以外は未だ建設途中だった。


「何かオススメの店とかある?」


本格的に城下町のレストラン街に入ってからリュウに訊いてみる。


「俺そういうセンスないからルウトに任せるわー」


「じゃあこっち」


適当に近いお店を頭の中に浮かべた俺は、巨大なイタリアンレストランを右に曲がった。


「マスター」


そこで後ろから付いてきていたアインに呼ばれる。振り返ると、彼女は三メートルほど後ろで立ち止まっていた。

彼女はいつも俺の後ろをついてくる。


「どうした?」


「緊急報告。人間と機械人形以外の生命反応を付近に確認」


「え……」


思わずリュウと目を合わせる。


「解析完了。数は一。飛行型、レベル四と断定」


飛行型でレベル四。

これが何の話なのか、説明するまでもないだろう。


アインの言葉を聞いて一呼吸後。

リュウは俺の腕をがっしりと掴んで、騒ぎにならないくらいの小さな声で力強く言った。


「逃げよう」


「え」


予想外の言葉に、思わず間抜けな声と驚きの表情を返してしまう。


「まだ魔法使いとしての正式な免許を持っていない俺たちに出来ることは無い、そうだろ」


まるで俺の同意を求め縋るような声音。

確かにその通りだった。魔法使いには、一般人に自分が魔法使いだと認めてもらう為の免許がある。学園からはいつ支給されるのか分からないが、依頼が受けられるようになるまでは渡されないだろう。

その免許を持っていない俺たちが、ここで今周りにいる人たちに避難を呼びかけても無駄に終わるだけだ。

それに、まだ一度も訓練を受けていない俺たちの力などとっくに知れている。


でも、


本当に……?


「すぐに手練の魔法使いが来るはずだ。寮に戻るんだ」


ここで逃げていいのか。

この城下町には、俺の全てが――。


「マスター」


相変わらず声の抑揚も表情も変わらないアイン。

彼女の冷たさと言葉は、俺の迷いを吹き飛ばすのに充分だった。


「マスター、命令を」


「……リュウ」


「何だ?」


ああ、その顔。俺の決断なんて、聞かなくてももう分かっていただろう。


「お前は逃げろ」


そう言われると分かっていたとしても、リュウにとっては簡単に呑み込めるものではないらしく、震えた声が返ってくる。


「お前は、どうするんだ」


それも言わなくたって分かっているだろう?


俺は無言で微笑み、腕から一向に離れる気配のないリュウの手をそっと離した。


「アイン」


「はい」


「お願いがあるんだ」


――本当のことを言ってはいけないよ。


「その魔物を、殺してほしい」


――その魔導書は、お前が最上級魔法を使うための媒体だ。

こんにちは、数学が苦手な作者です。

テストの点数はいつもギリギリです。

前回もやっと半分が取れました。

八時間も勉強したのに。八時間も。勉強。したのに。

何を隠そう、作者は工学系の大学に通っています。

はい、数学苦手なのにこんな所まで来ちゃったアホです。

今回も読んでくださってありがとうございましたm(_ _)m

もしよかったら次の話も楽しみにしてくれると嬉しいです!

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