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笑顔は概念に過ぎません

「人間として生きろ」


狭く、暗い空間に俺の声が響き渡った。

目の前には女の子が一人。この薄暗さでも分かるほどの美しい銀髪。癖っ毛なのか、垂れた猫耳のように飛び出ている部分がある。後ろ髪は肩にかかる程度だが、横髪に一部長いところがあり、そこを三つ編みにしていた。目の色は……この暗さでは分からない。

ワンピースを着ているようだが、上半身部分はやけに身体にぴったりしている。


彼女は、たった今生まれた俺の機械人形だった。

俺の命令を聞いて、口を開いたかと思えば淡々と喋り出す。


「命令の完遂可能性を計算。結果、零パーセント。その命令は完遂不可能」


「契約者からの命令は絶対だ」


機械人形とは、俺達人間が血を分け与えて造り出すものだ。血を与えた人間は、機械人形を造り出した時点で契約をしたということになり、契約者と呼ばれる。

機械人形は契約者の命令には絶対に逆らえない。

そもそも、機械なのだから逆らおうという意思さえも持ち合わせていない。

勿論、感情も、表情も、道徳も、人間らしいものは全て備わっていないし、これから備わることもない。


''人間として生きろ''。

これは、それを分かった上での命令だった。


「俺が生涯をかけてお前に与える命令は、この一つだけだ」


「自機は機械である。人間として生きることは不可能」


「自機じゃない。''私''だろ?」


「……わたし。自機と同じ意味を指す言葉。自機で問題無い」


「問題ある。お前への命令は、人間として生きることだ」


なんだかこの機械人形はめんどうだ。

命令なら何でも聞くんじゃなかったのか?


「兎に角、外へ出よう」


「了解」


さっきまで俺に反抗していた機械人形は、俺の提案に簡単に頷いた。

そのまま外へ出ようとドアノブに手をかけたところで重要なことを思い出す。


「ああ、そうだ」


振り返ると、三歩ほど離れて彼女が付いてきていた。

……普通の女の子に嫌われて距離を置かれている気分になる。


「お前の名前は、アインだ。アイン・ハクアリンジェ」




そもそも、何故機械人形なんてものと契約する必要があるのか。

それは、この世界に魔物がいるからである。数年前までは、人間だけで魔物から身を守ることが出来た。けれど、最近は魔物が凶暴化し、レベル4と総称される強力な魔物が暴れるようになった。それらは人間の手に負えず、幾多の村が壊滅させられ、生き残ったのはこの王都と、王都に移り住むのが間に合った人々のみとなった。


魔物の強さは、レベル一からレベル四までの数字で表されている。

レベル一の魔物は銃やナイフで簡単に倒すことが出来る。ほとんどが動物系の魔物で、肉が結構美味く、食用としても利用される。


レベル二の魔物には、銃やナイフが効かない訳では無いが、魔法が有効とされている。といっても、魔法を使えるのは適性のある人間のみであり、適性は生まれつき付与されるものだ。だから、魔法が使えない人間には魔法道具が給付される。魔法道具の種類は様々で、例としては赤い液体の入ったビンを魔物に投げつけると爆発するものや、地面に叩きつけると閃光を発して目くらましになるようなものが挙げられる。


レベル三の魔物になると、人の二倍以上の大きさのものばかりで、本物の魔法しか効かなくなる。けれど、魔法使いが寄って集ればどうということはない。


レベル四は更にそれよりも強いということで、魔法を使える人間が、一体のレベル四に何十人もやられたという話を聞いたことがある。そこで登場したのが、人間の魔法使いよりも遥かに性能を上回る機械人形だった。機械人形と契約できるのは力のある魔法使いのみで、その人の適性に合ったものが造り出されるらしい。強い魔法使いが従える機械人形も強い。

ちなみに、適性は血から判断されるため、機械人形の製造には必ず血が必要なんだとか。


レベル三と四の魔物を討伐するのは、その為に育成されたウィチェリー魔法学園の生徒達の役目だった。

学園は、訪れた人達に魔法使いの適性があるかどうかの検査や、力のある魔法使いに機械人形との契約の場を提供する役目も担っている。


そしてまた、俺がこの春から入学することになった場所でもあった。



「無事に契約を終えたようですね」


外へ出ると、そこで待っていた女性がにこにこと笑顔を貼り付けて言った。


「お陰様で」


そっと後ろを振り返ると、アインと目が合った。

アインの目はオレンジ色だった。人間のものとは違って、その目は見ている景色を映したりしない。瞳孔もない。ただ日光でキラキラ輝く美しいオレンジ色。

俺は何故かその目を見ていられなくなって視線を外した。

すると、ぴったりした服のせいで予想以上にくっきりと見える上半身のラインが目に入って、気まずくなり更に下に視線を落とす。

スカートも通り越して靴を見ると、少しだけかかとの上がったブーツを履いていた。


「では、寮までご案内します」


女性の言葉にアインから視線を外して頷く。

学園は全寮制だ。


「学園校舎の西にあるのが男子寮です」


女性は歩きながら説明を始めた。


「反対側の東にあるのは女子寮なので、間違っても近付かないように」


「近付くのもダメなのか?」


「禁止されてはいませんが、勘違いされたくなければ近づかない方がいいですよ、ということです」


ああ、女って怖い。


「部屋は二人部屋です。ルームメイトを選ぶことは出来ませんが、ちゃんとこちらで調査して気が合いそうな人を組ませているので恐らく大丈夫です」


どんな調査をすればそんなことが分かるのだろうか。

けれど、魔法を扱っている学園のためやろうと思えば出来るのだろう。


「部屋には一つだけキッチンがあります。水と電気は好きに使ってください。トイレとお風呂も部屋の中にあります。自動販売機は廊下の至るところに設置されています」


と、ここまで説明されたところで、俺達はレンガ造りの建物の門へとたどり着いた。校舎と同じくらいの幅があるくせに、高さは何倍もある巨大な建物だ。

ここが寮だろうか。


「これが男子寮です。部屋までご案内します。普段は女である私も入れないのですが、新入生の選抜をするこの時期だけは案内のために許可されています」


「ち、ちょっと待ってくれ」


にこやかに俺に説明し、早速門を開けようとする女性を慌てて引き止める。

女性は立ち止まって振り向くと首を傾げた。


「機械人形は、女でも入れるのか?」


その質問で、場が静まり返った。

女性はきょとんとして目をぱちくりさせる。

まるで俺が変なことを言ったみたいだ。


たっぷり十秒ほども時間をかけて俺の質問を理解したらしい女性が発した言葉に、次は俺が驚愕する番だった。


「面白いことを言う人ですね。機械人形に性別は有りませんよ」


「……え?」


じゃあ、ここにいるアインは。

無性別らしいアインの格好とこの体型は?


「機械人形は、契約する時人間に望まれた姿でこの世に生まれます。つまり、その姿は貴方が望んだものです。人によっては、性癖がそのまま形になることもあります」


俺が驚きに何も言えないでいると、アインが俺の横に並んで無表情に告げる。


「それは事実。機械人形は契約者からの嫌悪や虐待を防止するため、契約者の好みに適合する容姿を構築する。自機も同様」


知らなかった。

では、俺が望んだ見た目の女の子がアインだというわけだ。

それを知ると急激に恥ずかしくなってきて、誤魔化すために小さくため息を吐き出す。


「……分かった。じゃあ、部屋まで案内してくれ」




「ここが貴方の部屋です」


俺達はとある部屋の前で立ち止まった。

場所は三階の真ん中あたり。


「同室者は既に案内されているようですね」


それなら、中にルームメイトがいるかもしれないということか。

どんな人なのだろう。調査では俺と気が合うと判断された人らしいが。


「鍵はオートロックです。開ける際は学生証を使ってください」


女性はそう言って俺に学生証の入ったケースを差し出した。青色の紐がついており、首にかけられるようになっている。

受け取って首に通し、紐の長さを調節する。


「紐の色は学年を表しています。青は一年、緑は二年、赤は三年、教員は黄色です」


確かに、この女性も黄色い紐がついたカードをぶら下げていた。

名前は佐久原と書いてある。名前の上には、検査官という肩書きらしいものが記載してあった。魔法や機械人形との適性を検査する人のことだろうか。


「また、学園を卒業してもここに残り、更に腕を磨く生徒は四年となります。色は紫です」


そこで、女性――佐久原先生は一旦言葉を切るとバッグの中から簡素な白色の腕輪を取り出した。ゴムで出来ているようだ。


「それは?」


「機械人形に付ける物です。契約者を失った機械人形は普通、私達に保護され、その後の処置を決められるというのは知っていますか?」


「ああ。処置は管理や新しい契約者への譲渡、破壊まで様々だと聞いたことがある」


それは、人間が機械人形を文字通り機械の人形だとしか思っていないことの象徴だった。

契約者を失った機械人形は目的を喪失し、そこに存在するだけの物となる。その場で長年の眠りにつくものもいるし、永遠とさまよい続けるものもいる。意思のない彼らが、自ら意味のある行動をとることはない。


「この腕輪に貴方が魔力を流すと色が水色へと変化し、貴方と機械人形の名前が刻まれます。水色のうちは貴方が生きている証拠です。死ねば白色に戻ります」


そこまで聞いて、少しだけ嫌な予感がした。

佐久原先生は、俺の内心なんて気にせずに話を続ける。


「だからこれは、私達が契約者を亡くした機械人形を判別する際に使います。また同時に、機械人形が貴方の所有物であるということを万人に知らせる役目を持ちます。腕輪をしている自分の機械人形が何者かによって破壊された時、貴方は優位に立てます。逆に腕輪をしていなかった場合は悪戯で破壊されても仕方が無いということです」


「つまり、それは、」


首輪。飼い犬や飼い猫だという証。


出来るのか?そんなことが、俺に。


所有物だなんて。


人間は誰にも首輪をつけられたりしない。


人間は誰の所有物でもない。


機械人形であるアインは、人間なんだ。


「どうかしましたか?」


佐久原先生は俺の様子を見て不思議そうに首を傾げた。

俺は慌てて笑顔を作る。


「あ、いや、何でもない。分かった、受け取っておく」


俺が腕輪を受け取ると、佐久原先生はまたにっこりと笑みを浮かべた。

ここまでくるとその完璧なまでの笑みも怖くなってくる。


「最後に、生徒と機械人形には魔法の''系統''と''得意''があります。系統は魔力、攻撃、体力、頭脳、防御の五種類、得意は攻撃、防御、強化、治癒、援護、幻惑の六種類です。貴方は魔力系防御型ですね。機械人形の方は検査が終了次第知らせます」


俺の系統は魔力で、得意は防御ということか。


「系統は、元々の身体能力に依存します。得意は、魔法の得意分野に大きく関係してきます。私達教員は、自分の力を生かした戦い方をお薦めしています」


そこで佐久原先生は何故か笑みを消すと、一歩俺に近づいた。

急激な変化と行動についていけない俺は反射的に一歩下がろうとするが、服をつかまれて阻止される。


「魔力系の人間は、歴史上貴方が二人目です」


先程までとは打って変わった真面目な表情と、落とした声量で話が再開された。


「……え?」


「世界で、二人目なのです」


驚きで声が出なかった。

そんな珍しいものに、何故俺が。


「検査ミスじゃないのか?」


「私達もそう思って何度も検査しました。でも、結果は同じです」


世界で二人目の魔力系。

そう言われると一人目が誰なのか少し気になる。


佐久原さんは更に俺に近付いて声量を落とすと、早口でまくしたてた。


「魔力系は機械人形だと普通にあります。ですが人間はとても珍しいのです。この意味がわかりますか?貴方の力は、様々な機関の人間が手に入れたいものとなります。貴方は自分が魔力系だということを隠すべきで、このことを知っているのは学園の教員のみです。公では貴方は防御系防御型とされています。なのでそう名乗ってください。偽ってください」


その勢いと緊張感に、俺は無言で頷くしかなかった。


「……あと、一人目の魔力系は十五年前の第二次侵攻で死にました」




佐久原先生が次の新入生を案内するからと別れの言葉を告げてその場を去った後、俺は早く部屋の中を見てみたい気持ちを抑えてアインに視線を向けた。思えば、寮に入ってから彼女はずっと黙っていた。


「さっきまでの説明でわからなかったところはあるか?」


機械人形は人間が独自に作った言葉や隠語に疎い。理解が追いつかなかった場所は俺が補填しておくべきだろう。


「皆無。心配無用」


「それならいいんだ」


俺は、相変わらず無表情のアインに少し笑いかけ、学生証をドアノブにかざそうとした。

しかし。


「マスター」


後ろからかけられたアインの声に、俺の手は止まる。

マスターというのは恐らく俺のことだ。

驚きと疑問が入り交じった気持ちで振り向く。


「入室前に自機への腕輪の装着を提案。理由、室内に同室者の存在可能性有。腕輪は所有物の証」


なるほど、誰かに会う前に、アインが俺の機械人形だと分かるようにしておいた方がいいということか。

確かにその通りだ。その通りだったが、俺は即答する。


「その提案は却下。それに自機じゃなくて私だ。もう命令を忘れたのか?」


「否定。機械人形は忘却しない」


「人間は自分のことを自機なんて言わないし、誰かの所有物でもないんだ」


「命令の完遂可能性を再計算。結果、零パーセント。無謀」


きっと、アインが命令の正当性を計算するのは機械人形としての機能なのだろう。それがあまりにも無謀な命令や策戦だと、契約者に別のものを考えるよう要請する。

しかし、俺はいくら考え直しを要請されようとも、この命令を取り消す気はなかった。


「理論の構築と計算の繰り返しが得意な機械人形だとは思えない発言だな。確率に絶対はない。零は有り得ない」


アインは何も言わない。その造られた目は、俺の真意を図ろうとしているようだった。


「俺は諦めないぞ。命令は絶対に取り下げない。お前は人間だ」


その言葉を聞いた後のアインの行動は、今までの命令否定とは大きく異なるものだった。


「……マスター、命令を執行します。佐久原とマスターの言動を分析、結果から命令遂行に必要な部分を自機に追加」


何がきっかけなのかは分からないが、やっと命令を聞いてくれる気になったらしい。まあ、きっかけというか、俺の諦めないという言葉を聞いて、アインの方が諦めたのかもしれない。

結局、命令には逆らえないのだから。


命令に従うことを静かに宣言し、解析を始める。


「一人称を私に変更。笑顔という表情を記録。この表情の用途、使用時が不明。更なる学習が必要」


そう言って、他の人間との接触による学習を求めてきたアインは、''笑っていた''。


機械人形が笑った。

多分、表情はただの点と線の集まりで、再現する事はそれほど難しくないのだろう。

それでも俺は、これが一歩になるのだという満足感に満たされた。


嬉しくて、思わず笑い返す。


「佐久原じゃなくて、佐久原先生、だろ」


そしてもう、俺が学生証を使って部屋の鍵を開けようとしても、アインは腕輪の装着を要求してこなかった。

説明ばっかりですみません(´・ω・`;)

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